連載第?回
(『CUT』2004 年 10 月号 p.145)
山形浩生
要約: 現在の株価理論であるテクニカル分析もファンダメンタルズ分析も捨てて、その折衷みたいなマルチフラクタルにしたがう株価変動という理論を、ランダムウォーク理論の開祖でもあるマンデルブロが解説。なぜそうなるか、という説明はないけれど。
株式市場の予測は、語る人によって言うことがいろいろちがうのだが、基本的な流派はふたつある。ひとつは、テクニカル分析という人たち。株式市場は常にあるパターンにしたがって変動する、したがってそのパターンさえつきとめれば、株価の変動もだいたい予想できるにちがいない、という人。街の本屋さんにいくと、エリオット理論とかギャン理論とかいうのがたくさんある。この人たちは、たとえば株価はフィボナッチ数列にしたがって上下を繰り返すとか、黄金分割にしたがって変動を繰り返す等々と主張する。5日上がれば3日下がって、とかね。
もう一方の人たちは、そんなパターンはない、と主張する。だって、そんなパタンがあるなら絶対にこれまでの数世紀で見つかっているはずだもの。そして、それが何らかの経験則としてすでに確立しているはずだ。でも、もしそんなものができていたら、みんなそれの先回りをしようとするだろう。株価が三日で下げ止まると思ったら、一部の人は少し早めにたくさん買っておく。そうなると、3日より手前の2日でたくさんの人が買うようになって、結局2日で下げ止まることになる。いや、3日後に確実に上がることがわかっているなら、みんなそもそもその株を手放そうとはするまい。すると株価はその時点で下がるのをやめる。だからそんなパターンは、すぐに崩壊するはずだ。
じゃあ株価は何で変わるのか? ファイナンス理論によれば、あらゆる資産の価値は、それが将来生み出す収益で決まる。だから株価も、すべてその企業の将来の予想収益で決まってくるのだ、というのがその主張だ。企業の業績の根本のところで株価が決まるので、これはファンダメンタルズ分析と呼ばれる。さて、企業の集積に影響するような事件というのは、何か規則性を持って起こると考えるべき理由は? 特にない。新製品の開発に成功したり、販売店が不祥事を起こしたり、新しい大口受注をしたり、そして突然オイルショックが起きたり――こんなのはすべて偶然だ。もちろん、一時的に悪いニュースが重なったりすることはある。また、三菱自動車みたいに、それが偶然でなく、一つダメなことが起きて調べるうちに次から次へと、ということもあるだろう。でも1年とか数年で見れば、まったくランダムなはずだ。それを少し早めにつきとめることならできるかもしれない。また、他人には気がつかない関連を見いだせる人もいるだろう。そういう人たちは証券アナリストと呼ばれる。でも、総体としてはパターンなんかない、完全にランダムな変動をするはずだ、という。この人たちは、だから株価はランダムウォークなのだ、と言う。そして実際の動きを見てやると、確かにまあランダムだ。パターンみたいなものが出てきても、確かにすぐに崩壊している。もちろん、完全にランダムでないケースというのはいくつか指摘されていた。でも、総体としてランダムウォークが正しいんじゃないか、というのが、まあ業界の合意ではある。
本書は、この両方ともちがうんじゃないか、と主張する。テクニカル分析はもちろん完全なヨタだ。ランダムな事象にだって、短期的にはパターンらしきものはいくらでもあらわれるんだから。でも、完全なランダムウォークでもないんじゃないか?
この本を書いたベノワ・マンデルブロという人の名前に聞き覚えがある人もいるだろう。かつてフラクタル幾何学で一世を風靡したあのマンデルブロだ。かれは実は、このランダムウォークを前提にした合理的市場仮説を確立した人物だ。でも、実際の市場での価格変動を細かく分析しなおして、かれはそれがランダムウォークになっていない、と主張する。かれの言う、マルチフラクタルな変動になっているのだ、と。そしてそれは、現在の証券理論での想定とかなりちがう。現在の理論だと、株価の変動は正規分布にしたがうんだけれど、かれの分析だと、それはもっと裾野が浅く広い分布になる。つまり、現在の理論ほどは平均からずれない。でも、いったん平均からずれたら、そのズレ方はいま予想されているものよりかなり大幅になる、ということだ。
実は――確かにそれに近い現象はある。証券市場はしばしば、予想外の大変動にあう。たとえばブラック・マンデーとか。今、株価分析をするときには、そういうのを入れると理論とまったくあわなくなるので、そううのは異常値として除いてしまうことが多い。計算に入れないから理論には出てこない。でも、実際の世の中に大きな影響を当たるのは、そういう予想外の大変動なわけだ。
これは実は、結構すごい話だ。これが本当なら、現在の証券市場とかその予測とかは大幅な変動を余儀なくされる。そして、ランダムウォークと正規分布を前提に築いてきた各種理論は崩れ去る。これはすごい話なんだけど……。
この理論の弱さは、なぜ株価がそんなマルチフラクタルな変動をするのか、というのが説明できないことではある。だって、そうなってるんだもん、としか言えない。ついでに、自然界の変動というのはすべてそうなっているのだ、というわけ。でもそれを言うなら、現代のランダムウォーク説だって、なぜかは説明できない。パターンがあるわけないから正規分布だろ、と言ってるわけだ。
というわけで、いちはやく本書を読んでおくことは、株で一儲けしようというあなたにとっても大いに有益……ではない。それは本書にも明記されている。本書を読んでも金持ちにはなれない、と。っできればこの本は、「株で儲ける方法」とかいう本の棚ではなくて、自然科学啓蒙書の棚においてくれ、というのが著者の願いだけれど、それはかないますまいよ。日本の翻訳権もすでに取られているそうだけれど、まあまちがいなく日経か東洋経済かその手の会社が取っているだろうし。ただ本書は、ホントにそういう株だけの本じゃない。ほとんどの部分はむしろ、確率理論の歴史とフラクタルの解説につながっている。それが最後にいきなり株価分析に直結するあたりの驚きを、翻訳がでたときでもいいから是非一読して味わって頂きたいなと思うのだ。
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