Valid XHTML 1.1! eight 連載第?回

才能なき秀才の悲哀。

(『CUT』2002 年 4 月)

山形浩生



 世の中には本当に天才的な物書きがいる。将棋やチェスの天才が、コンピュータが丸一年計算しても解けない次の一手を一瞬のうちに「わかって」しまうように、文の天才は、多くの人が一冊かけても表現できないようなことを、一行で表現してしまえる。何かを説明するのではなく、文それ自体がそのものとして「ある」ような文章を書ける人がいる。もっともそういう人の多くは、物書きの間では崇拝の対象になっても、あまり商業的な成功はおさめない場合が多いのだけれど。それは、やはり才能としか言いようがないものなのかもしれない。

 でもそういう才能に恵まれない人にも、やり方はある。それはいっぱい塗り重ねることだ。質で勝負できなければ、量でそれを補う他人のを借りてくる。ついでにその過程で粗も消していこう。そうすることで、なにやら天才の足元くらいには及ぶものができる、かもしれない。実際、ちょっとの才能に塗り重ねの技法があれば、人はトマス・ピンチョンくらいにはなれるんだ。前回とりあげたウンベルト・エーコは、才能もかなりあるのに、塗り重ねを多用したがる人でもある。そして、そのちょっとの才能もない人であっても、器用であればさらにその足元くらいには到達できたりする。

 キャサリン・ネヴィル「エイト)」は、そういう才能はない人による、塗り重ねでできた小説だ。そしてその出来もなかなかいい――最後のところまでは。

 この人がとっても器用な秀才であることは、経歴を見れば判る。バンカメで重役にまでのぼりつめ、一方でモデルをやり、写真家もやり、画家としても活動して、そして小説も書き――そういう人はいる。どんな分野でも、それが栄えるかどうかは、二流三流の人をどう喰わせるかで決まる。多くの人は大した才能なんかないんだから、才能がない人でもそこそこのものを作れる手法が必要なんだ。日本では、それはお免状をもとにした家元制と、だれでも指導修得が可能な「型」の概念だ。そして型は、コツさえつかめばすぐに修得できる。この人は、たぶんそのコツをつかむコツを知っているんだろう。

 本書でも、そのコツは見事に活用されている。複数のストーリーの並置と、その両者を結ぶ小道具。古代からの恐るべき秘密を秘めた、チェスの駒だ。モングラン修道院に隠されたその駒が、フランス革命にともなう乱世とともに世に放たれる。八犬伝や水滸伝と同じ手口。そしてそれをすべて手に入れたものは、宇宙をも支配するエネルギーを手にすることができるという設定。まさにドラゴンボールやポケモンの手法だ。そしてそれをねらって古代より暗躍する白の勢力と黒の勢力! 陰謀! 世の多くの動乱も、実はそのチェスの駒をねらう陰謀の一部でしかなかった。時代を変えた多くの人々、ニュートンやタレイランやマラーやロベスピエール、バッハも、すべてこのモングランの駒の秘密に気がついていた!

 そしてそれらがすべて、現代に生きる一人の女性――正しいことをしたために左遷されて腐っている女性――の冒険と絡んでくる。そこにアクションと友情と、そしてもちろんラブロマンスが絡んで、実におもしろい読み物には仕上がっている。

 数字の使い方もうまい。チェスの駒と同時に、8という数字が至る所に出てきて、それが暗合として話をつなぎあわせるというのが本書の構築手法だ。チェスのボードは8x8だし、ここの動きは8の字――これは非常に使いやすい手法だ。何か適当な数字を決めてやれば、それがもっともらしく出てくるケースなんかいくらでもある。ウィリアム・バロウズは23という数字でそれをやった。それを重ねるうちに、物語全体をもっともらしいテーマが覆い尽くし、厚みが出ておもしろさも生じる。

 さて塗り重ね型の小説は、こうして新しい材料を次々に塗り重ねていく間は楽しいのだ。風呂敷はどんどん広がり、そして器用にいろんなネタが縫い合わされて、読者はどんどん引き込まれる。

 が、問題はその先だ。

 重ねたものがどんどん広がって、さあそれをまとめる段になって、凡人やただの秀才ははたと困るのだ。凡人には、それをまとめきる新しい視点、すべてを統合する新しい見方が作り出せないからだ。この「8」でも、この宇宙を統べる力をもたらすはずだった秘密――最後に明らかとなるその正体は、実に中途半端なものだ。たとえて言うなら、ガンの特効薬みたいな。そりゃ確かにすごいけれど、宇宙なんか支配できないじゃないか。さらにすべての駒を手にするのは、もちろん現代のその主人公の女性だ。で、それを手に入れてどうする? そこで主人公の下す決断は、このチェスの駒をめぐって殺し合ってきた人々、つまりは歴史に対する、現代からのメッセージとならなきゃいけない。

 それが……この主人公は、日和って話を先送りにするだけなのだ。まあそりゃ実に現代的ではあるんだけれどねえ。そしてその貧相さを隠そうとして、作者はケチなラブロマンスでオチをつける。その他の細かい伏線がすべて忘れられて。おいおい、そりゃないだろう。でも一方でぼくにはわかる。彼女にはこれが精一杯なんだ。彼女には、本質的な答えが出せないんだ。それは、才能なき秀才の悲哀でもある。

 ぼくはこの小説、特にその最後を、とても悲しい思いで読んだ。彼女もたぶん、自分の作品について同じことを感じていたはずなのだ。ぼくには作者の気持ちがよくわかる。ぼくも彼女ほどではないにせよ、才能はそんなにない、ちょっと器用な秀才だからだ。彼女はこの「8」の後、もう一冊まったく同じ話を書いている。失われた原稿に、新ミレニアムを左右する秘密が隠されていた! そしてそれを巡る陰謀とアクションにサスペンス! でも、その作品でも彼女はこの「8」の限界を越えられていない。凡人が努力でその壁を乗り越えることはできないんだろうか。本書は他の凡人が「コツ」を学ぶ手引き書としては、きわめてわかりやすいものではあるのだけれど。作家志望者は是非読むといい。そうでない人は……最後の1/4は読まないほうが幸せかもしれない。

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