Valid XHTML 1.1! なぜお金で失敗するのか 連載第?回

オンライン株式なんかよりも確実なハイリターン本です。

(『CUT』2000 年 11 月)

山形浩生



 ぼくが素人のオンライン株取引にあんまりいい感情を持っていないのは周知の事実で、これまでこの欄でも、あるいはほかのいろんなところでも、それについてはさんざんバカにしてきた。いや、なにか自分の資産を増やそうと考えること自体は、別に悪くない。そのために株への投資を使うのだって、手だてとしては当然あり得る。

 ぼくが嫌いなのは、それを勧める人々の使う、本当に古くさいペテンの手口なのだ。

 だいたいよくあるストーリーを挙げてみようか。まず、低金利時代で資産が増えなくて、さらに将来が不安で云々、というような話で不安をあおる。それから、株がいかにもうかるか、という話をいろいろする。この株はこれだけあがった、とかなんとか。「あなたがこの株をあのとき買っていれば!」そして、自分の見識がこんな多額の儲けにつながったらなんとうれしいことか、さらに株をやることで社会経済に対する関心も高まり云々、というような話をする。笑顔の写真入り体験談なんかも満載。そして、そこでさりげなく、「でも損することもあるし、リスクは自己責任で」という、たぶん読んでいる人にはあまり意味がわからない逃げ口上があって、あとは「初心者でも絶対儲かるお奨め銘柄紹介」(そんなもんがあったら苦労しねーよ)だの、一見してインチキだとわかる代物と、各種の「株式投資のセオリー」だ。その「セオリー」と称するものはたとえば「手持ちの株の値段が20%上がったら、深追いせずに売って利ざやを確保!」なんて代物だったりするのだ。

 ……あなた、どう思う?  そもそも20%も上がる株をホイホイ見つけられたら苦労しないのよ。銘柄一つか二つでそういうことがあったら、あなたは本当にラッキーだったんだ。すぐに手持ちを売って、利益確定させて、それでやめとき!

 でももちろん、その人はどんどんお金をつぎこんで、いずれどっかで後悔することになるだろう。

 いや、ぼくだって自分がもしそういうことをはじめれば、判断がどう狂うかわからない。他人だからこうやって冷静に見られるんだけれど、人は自分のお金がからむと判断が狂うから。

 ちなみに人はもう一つ、責任なしで他人の金を任されたときにも大きく判断を狂わせる。でも、これはまた別の話だ。別の話だけれど、たぶんプリンストン債にだまされた大企業の財務担当者は、この両方に影響されていたんだろうね。さて、人はなぜ自分のお金だと判断が狂うか? 「なぜ」はともかく、どういうふうに狂うんだろうか。  というわけでこの本。ベルスキー&ギロヴィッチ「賢いはずのあなたが、なぜお金で失敗するのか」(日本経済新聞社)。中身は、題名そのままの本だ。

 この本を読むと、みんな苦笑するはずだ。中に書いてある話は、たぶん株式投資じゃなくても、みんななんらかの形で身に覚えがあるはずのことばかりだから。欲が出ていると、ついつい短期のことに目がいっちゃう。最近の動きばかりに一喜一憂して、目先の変動であわくって右往左往してしまう。千円損するほうが、千円儲かるよりもずうっと精神的にはインパクトが強い。人はついつい、なくした金にこだわって、負けをとりかえそうとして事態を悪化させる。人はついつい自分のつごうのいいほうに何でも解釈して、自信過剰に陥る。人は、確信がなくなると(あるいはリスクが大きいと)付和雷同的な行動をしがちになる。

 そして、こういうよくある行動原理の一つ一つが、まちがった投資行動を人にさせてしまう。

 文章も平易だし、読みやすい。本当に軽い読み物として、通勤途中にだって読める。「行動経済学」なんて書いてあるけれど、数式は出てこない。それでいながら、書いてあることは単なる思いつきじゃない。ここで指摘されている各種の行動パターンは、ちゃんと心理学や実験経済学の世界で示されている、きちんとした裏付けのある話なんだ。そういう意味で、これはただの心構え指南書とも一線を画する。

 いっぱいクイズみたいなのがあって、それに答えながら読んでいくと、自分のやった選択がいかによくある錯覚に基づくまちがいかがよくわかるようになっている。そして読んでいくうちに、たぶん自分の投資判断力みたいなものについて、読者はかなり距離をおいた見方ができるようになるだろう。自分の判断がいかにあてにならないか、はっきりわかるようになるだろう。それは、自信をなくすというのとはちがう。身の程をわきまえる、ということだ。自分もしょせん人並みだ、というのを知ることだ。そして、それができることが、投機じゃない投資にあってはとってもだいじなのだ。

 この本を読んでも、お金に関する判断ミスをすぐに根絶させることはできない。それを一発で予防する方法もあるわけじゃない。それはこの本に明記してある。ただ、自分がどのようなまちがいをしがちかはわかる。そしてそれがわかれば、ゆっくり自分のふるまいを変えていくことはできるはずだ。おちついて、自分の行動をふりかえってみよう。この本で指摘されているような行動パターンは見られないだろうか。

 あと、そういった行動分析の面だけでなく、そこから出てくる具体的な投資のセオリーについても、この本に書いてある忠告は本当だよ。アドバイスもなかなか適格。市場の平均よりも高い儲けを自分が手にできると思うな。日経平均とかに連動するようなファンドを、ずーっと持ってるのがいちばんいいんだよ。長期で、じっくり、落ちついて。要はそういうことだ。

 だからオンライン株式をやったっていい。あまり深入りしなければ、ちょっとやけどするのも社会勉強だ。でも、そういう痛いやけどをする前に、まずこの本をじっくり読もう。投資の世界では、リスクが低いのにリターンが高い投資ってのは、ないことになっている。でも、現実の世界には、そういう投資がいくつかある。友だちへの投資、家族への投資、そして自分自身への投資。たった1500円のこの本と、これをじっくり読むためのほんの数時間は、どんな銘柄を買うよりもあなたにとってまちがいなく高いリターンをもたらしてくれる、本当の意味での優れた投資になるだろう。そしてちまたのくだらないオンライン株雑誌が、いかにゴミクズかもわかるようになるはず。がんばってね。

 と書いていて、ふと思ったこと。素人の株式投資パターンがこうやってある程度把握できるとしよう。そして現在のオンライン株式取引というのは、そういう素人を大量に集める手段になっている。とするとだよ、たとえば素人を集めつつその逆張りをするような手で儲かる手段ってありえないかなあ。なんかありそうな気がする。各種の掲示板で、素人相手にいろいろ説法して市場を動かすようなヤツはすでにいるそうだけれど(ちなみにこれは違法だよ)、そこまでいかなくてもなんかできないかな。ふーむ。

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