Valid HTML 4.0! Dust to Death 連載第?回

死体になったらどうなるの?

――決定版:ぼくらの死体完全マニュアル本!

(『CUT』1999 年 4 月)

山形浩生



 これを書いているのは四月だ。四月はいちばん残酷な月、とT・S・エリオットは書いている。かれは別に、日本の四月をイメージしていたわけではないはず。でもあのつらかった年度末の三月を終えていきなり空白のような四月に投げ出された人々は、なにもかもが新しくなったかのように浮かれた日々の中で、あまりに過剰に演出される生のイメージのさなかで、ふと虚無感に襲われることはないのだろうか。見るがいい、花見に興じ、つい先日までの徹夜続きの修羅場など忘れ去ったかのような人々を。桜が美しいのは、その根っこに死体が埋まっているからだという。死あってこその美なのだ、と。こうして美しく降り注ぐ花びらに包まれて浮かれている人たちは、その花に宿る死の影を感じることはないのだろうか。

 いやぁ、たぶんないだろうねえ。ぼくだってないもん。たぶん「生」「死」なんていうデジタルな区切りはずいぶん抽象化されていて、だから切実でなくてうそ臭いんだと思う。実際にいろんな動物を殺してみても、絞めたりするといっしょうけんめい抵抗して死んだかな、死んだかな、と様子をみるうちにはっきりした境界もなく「なんか死んだみたい」という感じで死ぬんだけれど、それは「死ぬ」というずるずる続くプロセスだ。人が死ぬのを怖がるのは、自分が自分でなくなるプロセスが怖いんだと思う。「死」というモノを発明し、文学的に処理することで、そのプロセスから目をそむけているんだと思う。こないだ初めての脳死の臓器移植があったけれど、その前のプロセスで脳死談義ってのがあって、脳死が日本人の死生観と適合するか議論したんだって。くだらない、議論してどうする。「死生観」なんて、まさに目をそむけるために文学的にでっちあげたお話なんだから、議論しようがない。それを変えたければ、まず目をそむけないことだ。死ぬプロセスをもっと知ることだ。そしてそのプロセスでどうしても出てくる死体と、それが物理的、医学的、社会的にどうなるのか、という具体的な話を、もっともっと報せると、意味のある「議論」もできるだろう。

 この Kenneth V. Iserson Death to Dust: What Happens to Dead Bodies?(Galen Press, 1994)は、まさにそのための本だ。質疑応答形式になっているんだけれど、この本でカバーされていない死体がらみの話はほとんどない。たとえばこんなことがことごとく、こと細かにわかってしまうのだ:

 なぜ人は死ぬの? 死ぬってどういうことなの? 脳死ってなに? 脳死ってどうやって判定するの? 植物人間と脳死ってちがうの? 死亡宣告をできる人ってだれ? 死亡証明ってなに? いくらするの? ぼくがほんとうに死んだってどうしてわかるの? 死亡宣告でまちがいってないの? 生きたまま埋葬って実例がある? 埋められてから生き返ったらどうすればいい?(そんなときのための棺桶内通報装置というのがいっぱい商品化されている。いまなら携帯持たせとくんだろうね) 死んだらぼくのからだはどうなるの? 死んで新聞に載るにはどうしたらいいの? 臓器移植ってなに? どうやるの? なぜ解剖するの? 解剖されるにはどうすればいいの? 献体するには? 死体置き場ってどういうところ? 死体の防腐処置と火葬のちがいは? 火葬のメリットは?(欧米では単に「安上がり」ってこと) 死体の化粧ってどうやるの? 死体の処置係と検死解剖医って仲が悪いってホント? そもそも死体の防腐処置ってなぜやるの? 火葬したあとの灰って有害なの? 海にまいていいの? 空からまくときの注意は? 死体をもって国境を越えるにはどうしたらいいの? 冷凍睡眠ってなに? 科学的に見てどうなの?(まったくナンセンスです) 冷凍睡眠から生き返った人はいるの? いくらかかるの?(最低でも1千万円だって) 水葬ってできるの?(アメリカには業者がいるそうです) 考古学的な価値のある死体になるには?(酸欠気味の沼地で死ぬか氷河にでも埋まること) 放っておくと死体ってどのくらいで白骨化するの? 死体泥棒っているの? なんで死体を盗むの? 人肉食ってなに? 人間の肉っておいしいの?(好みしだいだそうです) 南米の干し首の作り方は?  屍姦ってなに? 気持ちいいの?(あのなあ……) 人身御供って? なぜ葬式なんかするの? 葬式っていくら? 高い棺桶買う意味は? 喪とか通夜ってどういうの? いくらかかるの? 死体テーマの有名な詩ってなに? 宗教別の儀式ってどういうの?

 この本を読むと、こういうことがみんなわかるのである。どうだ、とってもためになる本だろう。著者はお医者さんで、ちゃんと目的があってこの本を書いている。みんなもっと臓器提供をしよう、ということだ。死体にまつわる偏見や妄想や無知のおかげで、みんな臓器提供にしりごみする。葬儀屋さんやお墓屋さんの一部は、その偏見や無知にたかってみんなを脅すような商売をしている。だから死体について知るべきことをすべて明らかにして、みんなを啓蒙しよう! すごい。

 内容的にはアメリカ中心。欧米では、死体は防腐処理して棺桶で埋めるのがふつう。それだからホラー映画では死体がよみがえれるのだ。葬儀屋はその防腐処理で儲けているので、火葬を目の敵にしているんだって。そういう経済的・ビジネス的な記述もこの本はカバーする。医者だから医学的な話はばっちりで、文化的な相違点についてもちゃんと触れる。別冊宝島系のきわもの趣味の話じゃないし、妙に深刻ぶって死者への敬意がどうこうなんてことも言わない。しかもなんとジョーク満載。そもそも死体の前で人は昔からうろたえて変なことばかりしているので、各地の風習を見るのも楽しいし、駄洒落や死体ネタの(悪趣味な)戯れ歌もたくさん紹介されているし、医者が死体を解剖したら、いきなり生き返って医者にとびついて、あわれな医者のほうがショック死した、とかいうくだらないエピソードもてんこもりだ。3 ページに一度は爆笑できる驚異的な死体本。さらに「宇宙を漂う死体はどうなるの?」とか「野ざらしの死体はどういう順番で喰われるの?」とか、質問のほうも発狂してて笑える。すごいよ、これは。あとは「どうして死体がかっぽれを踊るとこわいのか」というのさえわかれば……

 なかでもぼくがいちばん好きな、きわめつけのおバカな質問:死体は地球にやさしいの?

 いいなあ。地球にやさしい死体! 映画『東京少年』に出てきたみたいに、「電池はぬいて、残りは生ゴミの日に出してね」ってか? エコマークのタトゥー入ってますとか。さしものグリーンピースやエコロおたくどもも、さすがにここまでは頭がまわるめえよ。だがこの本は、ちゃんとそういう項目をたてて、1 ページにわたって死体の環境インパクトのアセスをしてくれるのだ。すげー。「未来のために、あなたも地球にやさしい死に方を!」 さあ、もうこれで死体について知るべきことはすべてわかっちゃったので、みなさん安心して死ねだろう。忘れてるかもしれないけれど、ぼくも、そしてあなたも、いずれは死んで死体になるのですからね。その日のために是非ご一読を。では。

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