World's Most Dangerous Places 連載第?回

「国際」人諸君、これを読んで「リスク」を学びたまえ

――およびクレア・デーンズ in 「My So-Called Life」。
(『CUT』 1997年4月発売号)

山形浩生



 クレア・デーンズの話から始めようか。前号の本誌にも出ていたが、映画『ロメオとジュリエット』でレオナルド・ディカプリオと共演してる子。オバハン映画感想文屋どもが「ディカプリオくんのほうがずっときれい」とかくだんねーこと書いてんの。どこ見てるんだよ。クレア・デーンズって、きれいで売ってる子じゃないのよ。超正当実力派。すごく抑えたいい演技するんだ。全米にそれを知らしめたクレア・デーンズの最大の出世作が、大傑作テレビドラマ「My So-Called Life」。これはすごかった。何か言うなら、これ見てからにしてくれって感じ。

 クレア・デーンズは主人公の、美人でもブスでもない、ホントに普通の(ドラマにありがちな、わざとらしい「普通」とはちがう)、敏感さと繊細さと鈍感さが平気で同居する高校生の女の子を演じていた。彼女に限らず、失業中の父親、家業をついだ母親、おさななじみの優等生、親友の母子家庭でデッドヘッドの若年アル中娘、友達のゲイの黒人同級生、みんな名優ぞろい。とまどい、ためらい、なんと言っていいかわからない時のうろたえなど、間の演じ方が絶妙でねー。テーマも、恋愛からストリートチルドレンから、ドラッグから失業と重いけれど、暗くならずに、しかも安易に解決させず、長々と説明くさいモノローグやギョロ目の絶叫でごまかさずに、真摯に取り組んでいて最高だった。一発でファンになったね。この子は大物だよ。日本でもやらないかな。

 さて、ペルーの人質事件はもう三カ月がたった。こんな事件が起こったのも驚きだが、日本政府はおろおろする以外能がないのか、というのも世界共通の認識だろう。まともに交渉してるのって、フジモリ大統領とあの司教さんだけじゃん! で、この一件の前後から「リスク管理が云々」という議論をあちこちで目にするようになった。でも、どうもみんな付け焼き刃。一口にリスクと言っても自然科学系と事故災害系とファイナンスとでは、意味が全然ちがうのに、往々にしてそれがごっちゃにされて、阪神地震の話とペルーの話と住友の銅先物の話がいっしょくたに出てくる。そしてその「リスク管理」の舌の根も乾かないうちに、同じ雑誌でミャンマー投資の勧めなんてやってる。「イギリス式の法制度が整ってるから云々」って、バカじゃないの? 法制度がどうだろうと、あれだけ政治的に不安要因抱えている軍事国家に投資をする/奨めるヤツは、あらゆる意味で「リスク」なんかわかっちゃいないのだ。

 リマがやばいところなのは、行けばすぐわかる。ペルーでは個人旅行者が三人よればリマの罵倒が始まる。すりだの追い剥ぎだのいう話はざら。排気ガスで建物は薄汚れ、空はいつもどんよりくもって陰気だ。街角に自動小銃を持って立ち並ぶ兵士。空港付近の、ゴミの山の上にできた絶望的なスラム。何もしないでこっちを見ている無数の人々。こわい。リスク云々って、このこわさを触知できるかという一点にかかっている。頭で感じるものじゃない。みぞおちで感じるのだ。

 Fielding's The World's Most Dangerous Places (Fieldings Worldwide) はこのみぞおちの感覚を十分すぎるくらいおさえた、比類のない名著だ。かろうじて近いのが恵谷治の『世界紛争危険地帯マップ』(小学館)で、これもすごい本だが(マクロな動きと北朝鮮関連は無敵)、現場での有用性では、本書が圧倒的なリードを保つ。

 対象地域がすごい。ルワンダ。ボスニア=ヘルツェゴビナ。レバノン南部。アンゴラ。カンボジア。イラク。リビア。アメリカ合州国。それぞれ、各国への行き方、入り方、現地でのめぼしい危険物や危険地域、そして一部は、逃げ方まで書いてある(フィリピンでやばくなったら、シタンカイからマレーシアまで密航できる。ただし海賊がうようよ)。リベリアの武闘団は、襲撃の際にカツラなんかで仮装するそうな。魔除け/弾よけのおまじないなんだって。だから、リベリアで仮装行列を見たら「一目散に逃げろ」!

 この本で、ペルーは一つ星。ボリビア、エチオピア、アゼルバイジャン、グルジアあたりと同格。その中でもリマは「危険な場所」としてしっかりマークされている。爆弾事件やテロの統計データで「リスク」の客観的な裏付けも行われ、さらにその歴史的背景も簡潔に説明。あの日、官邸に集まった人々は、こういう話を理解していたのかしら。とてもそうは思えないのだ。

 本書にはイデオロギーがない。どう生き延びるか、危険をどう避けるか。それが唯一の尺度である。そこから生まれる冷徹な認識とは:「一番安全なのは専制国家、次が確立した民主主義国、一番危険なのは新興民主主義国」。民主主義ほど多数の人命を奪い、紛争とトラブルを引き起こしたイデオロギーはない。ミャンマーも、いずれ軍事政権が倒れて、スー・チーかその後継者が「民主主義」政権を樹立した瞬間に、血みどろの内戦に突入するだろう。第三世界の紛争は超大国の代理戦争だという議論に説得力があったのは遥か昔だ。本当にくだらない理由――遺恨や何の資源もない不毛の土地、国民が屠殺され尽くした無価値な国の権力の座やどうでもいい見解の相違――が民主主義でいっちょ前の顔をして自己主張するに至り、それをめぐって、人々はいとも簡単に殺しあう。それを、本書はあっさり片づける。「くだらない理由で延々と流血を続けるキXXイ集団」と。

 だから本書初版に取りあげられた多くの国の政府は怒り狂ったという。今出ている第2版には、その経緯も載っていて笑える。笑えるといえば、本書はすべて、ブラックユーモアというにはあまりに真面目で明るい、冗談めかした文で書かれている。大量虐殺の描写を読みながら笑えてしまうというのは、なかなかない体験だ。

 読者のみなさんには、特殊な地域情報より一般情報のほうが役に立つだろう。病気はもちろん、誘拐された時の心得や、地雷や銃の扱い(戦場では絶対に銃を手にするな!)、そして賄賂の正しい使い方! 誘拐保険(救出部隊の費用も出ます)のかけかたと相場。リマの状況をごらん。いつ何時、どういう事態にあうかわからない(そして国なんか何の頼りにもならない)ことを理解すること。なるべくあらゆる場合の想定をしておくこと。これがリスク管理の第一歩だ。その役にたつ文献は、こいつくらいしかない。

 本書には「今後の有望地域」と称する項があって、中国と香港と北朝鮮、それに台湾もあがっている。北朝鮮は、イカれてはいるけど、荒っぽい内戦に、難民の大量流出くらいが関の山だ。一方の台湾は、第三次世界大戦の潜在的火種。日本にも波及は必至だ。どう思う。あなたはこのリスクをどう評価して何をする? 本書を読んで考えてみるといい。この一冊への投資が、あなたの命を救うことだってあるかもしれない。気取りじゃない本当の「国際」人は必読。



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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)