日本に帰ってきて驚いたのは、銀行の ATM が未だに 24 時間営業でないこと、そしていつの間にやらマッキントッシュ雑誌とインターネット雑誌がひしめくように本屋の雑誌の棚を占拠していることだった。夜中にカネをおろそうとして、シャッターのおりた銀行の前で何度悔しい思いをしたことか( 3 度)。9 時の新幹線に乗ろうと、朝 7 時半にカネをおろしに行って青くなったのはいまも忘れられない。「シティバンクは 24 時間営業のはず!」と五反田に出かけたが、ここでも富士銀行のカードは、7時では受け付けてもらえない。クレジットカードもはねられ、最後にヤケでアメリカの銀行のカードをつっこんだら、おろせちまいやがんの。日本でアメリカのカードしか使えないの? 喜んで 7 万ほど引きだそうとしたら、これは断られた。ああそうか。犯罪防止のため、アメリカの銀行カードは ATM で一日に引き出せる金額に上限がある。これが日本でも効いてしまうんだなー。500 ドル! 向こうではすっごい大金だったけれど、こっちでは5万。どうってことない金額だ。物価水準の差だよねー。
実際、日本の物価は、価格破壊とかいっても、未だに高い。特にメディア/情報系だと、同じ内容に対して値段が 3 倍強というのが相場らしい。映画はロードショー 1,800 円。ボストンでは 7.5 ドル、平日6時前に入れば 5 ドルだから平均6ドル弱。雑誌だって、 800 円も 900 円もするくせに、中身的には 4 ドル、5 ドルの雑誌の半分以下の代物ばっかだから、内容対価格の比でいけば似たようなものだ。この『CUT』なんて、おせじ抜きで例外的にコストパフォーマンスの高い雑誌だと思う。
最近のマック雑誌にインターネット雑誌の集団なんか、たぶん平均でアメリカ系の雑誌の 1/10 から 1/100 くらいのパフォーマンスだろう。なんでどいつもこいつも「初心者向け」なわけ? なんでこう、似たりよったりなの? その昔、といっても 3 年前だけど、マック雑誌は 3-4 誌しかなくて、しかも一番おもしろかった MacJapan はその後二つに分裂してから消滅。そうか、マック雑誌の市場って小さいのね、とがっかりしたのだけれど、しかし最近出た雑誌なんか、いくらあってもまるで嬉しかないぞ。何かといえば購入ガイドばっか。商品比較だって、ちゃんとした評価を行っているところはほとんどない。うわべの印象記以上のものは皆無だな。広告主との関係があるから、明確な欠点があってもそれを指摘しにくいそうだね。あと編集者が 98 系の雑誌からの異動者が多いので、つっこんだ話をする(あるいはさせる)だけの知識ベースがそもそもないんだと。
インターネット雑誌も似たような状況。まあそうだろう。2 年前には、インターネットを使っていたのなんて、大学関係者かよほど先進的な企業の従業員だけだもの。それが 1 年そこらで、他人に指図できるだけの知識や能力や見通しを持った人材が育つわけもない。初心者向けの「インターネット接続ガイド」特集ばかりになるのはむべなるかな。しかしそんな雑誌を続けて買う人がいるってのはわからん。購入ガイドだの接続法だの、一回読めば終わりじゃない。今はみんな、インターネットとかわかんないと時流に遅れるって焦ってるから、そんな中身でもまあ売れるけれど、来年まで続く話ではない。雑誌は売り上げより広告収入で決まるといっても、広告主も最終的には読者数で判断するはずなんだけど。でも広告出す側も、たぶん費用対効果なんてちゃんと考えてやしないね。考えの浅いの同士がこわごわ回りを見回しながら「こんなもんでいいっすよねぇ」とか自信なさげに顔見合わせてうなずきあって、レベルの低いところでお茶濁してるのが露骨に感じられてしまう。インターネット・カルチャー系の雑誌も苦労しているようだね。ネタがないもの。サイバーセックス、デジタルキャッシュ、ハッカーねたに、暗号化……その先がない!
結局、読むに足るコストパフォーマンスを維持している雑誌って、昔からあるストロングスタイルの技術雑誌ばかり。『bit』とか『インターフェース』とか。ちょっとソフトなところで『ソフトウェア・デザイン』。この『ソフトウェア・デザイン』に書いている岩谷宏とか、ちゃんと知識インフラがあるし、何を言うにもきっちりした見識と論拠を持っていて気持ちいい。でも、こういうのがもっとないと話になんないじゃん。
そこで出くわしたのが、この『電脳情報』『続電脳情報』だった。
すばらしい。中村正三郎の冷静でバランスのとれたインターネット論。マイクロソフト (MS) の内情まで見据えたウィンドウズ 95 へのコメント。下品な“ビジネス”雑誌やパソコン雑誌でよく見る、MS のちょうちんもちみたいな「ウィンドウズ 95 の衝撃!」記事とか、マイナーおたくユーザの「とにかく MS は嫌いじゃ!」記事とは無縁。ありがたくて涙がでてきた。秋葉原の内情をぶちまける島川言成! 秋葉原店員覆面座談会! ソフト流通の裏表! 上品も下品も、硬も軟も、思いつくままにぶちこんである。それがほとんどすべてきわめてシリアスで、役にたつかどうかはともかく、情報としての重みたっぷり。文体は羽目を外しすぎのとこもあるし、編集は八方破れで、創刊号と 2 号はレイアウトもデザインもてんで別だけれど、気にしない。もっと見るべきものはあるんだから。
広告がないから、罵倒すべき連中は遠慮なく罵倒! ゴシップっぽい話も山積み。発行元の社長が六本木のカラオケバーで日本 MS 社長と出くわしてケンカした話とか、わけのわからん(でも笑える)話も満載。かたい話では、台湾コンピュータの低価格の秘密とか、ぼくも知らなかった。人件費が低いから安いんじゃないんだって。そうだったのか。こういうきわめて示唆的なネタが何気なくはさまっているので、隅から隅まで読むしかない。そしてそれが報われる。こうでなくっちゃ!
今の日本で売れることを考えているとは思えない雑誌だ。でも、売れて欲しい。本当に価値のある情報ってのは、この雑誌に書かれているみたいな、販売や開発やサポートの現場からの正直ベースに近い話なんだよ。かれらの持っている(感じている)将来見通しとか、鋭いし、説得力あるよ。そういうのに金出さないでどうすんの? マイクロソフト世界制覇の野望だの、トレンド時流的扇情議論がいかにあてにならないか、バブル期に悟ったろうに。読む側にそういう価値判断ができない限り、メディア/情報系の内外価格差もなくならない。だったらささやかながら、おれも読者の見識向上に貢献努力くらいはしなきゃ。レビュー屋がそれやんないで、だれがやんのさ。そう思ってぼくは、この雑誌を5冊買い込んで、見込みのありそうな連中に配ってまわり、一方でこんな文を弄している。そろそろ第 3 号が出るはずだ。ウィンドウズ 95 を買うのは 1 年くらい待ってからのほうが、バグも出尽くして賢いでっせ。その間にまずはバックナンバーとあわせ、この『電脳情報』を即買いこむように。広告ないんだから、あなたたちが買い支えるしかないのよ。
『電脳情報』『続電脳情報』
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