Valid XHTML 1.1! T.N.君の伝記 連載第?回

「市場制民主主義――選挙権を売ろう!:T.N. 君に捧げる、おれの政策提言。

(『CUT』1995 年 6 月)

山形浩生



 ねえ T.N. 君。今の民主主義なんて、くだらないと思いませんか。だれもちゃんと、民主主義のあるべき姿なんか考えてないと思う。カンボジアくんだりにでかけてって、原住民に形式的に選挙させて喜んでる連中なんて脳が腐ってると思う。小学校の学級会の水準から一歩も進んでないと思う。だって一人一票とかいうけれど、あのバカの一票と、このおれの一票が同じ価値なわきゃないんだから。そう思ったことのない人間は、そもそも物を考えたことのないバカか、でなきゃよほどの聖人だ。選挙をタレント人気投票と勘違いして、今の某知事みたいな連中を選んじゃうやつらに選挙権をくれてやっていいの? 普通選挙制はまちがってると思う。安易すぎると思う。車の運転にすら、資格試験があるんだよ。なんで二十歳になったくらいで、ホイホイ気軽に選挙権をやっちゃうわけ?

 ねえ T.N. 君。そう思いませんか。きみの願った普通選挙制のなれの涯てを見て、明治期の民主主義の夢と理想と現実とを生きたきみは、どう思ってるんでしょうか。

 もちろん、今すぐに普通選挙を廃止することはできない。揚げ足団体が嬉々として騒ぎたてるからね。必要なのは、考えの浅い人たちが自主的に選挙権を譲り渡すシステムだ。しかも最小限の変更で。

 選挙権の売買を合法化するのだ。

 こんな感じだ。まずそもそも、一人一票とかいうけれど、なぜ一人十票じゃいけないの? 全員が選挙ごとに十票ずつ持てば、実質的には同じこと。そして十票あれば、そのうち三票くらい売りに出してなぜ悪い?

 でも金で買った一票と、考え抜いたおれの一票とが同じだと悔しいから、市場に流れた票は手元に残した票の 1/10 くらいの重みってことにしよう。この数字はその選挙区や自治体の人口規模に応じて変えるべきだけれど、一回決めたら動かさない。

 でもって、選挙ごとに選挙権の公開市場をつくって、取引を行う。運営のための扱い手数料と、あと当該自治体には取引高の 4% くらいがまわるようにしよう。理論的な根拠はないけど、エサがないとみんなのってこないから。で、毎日その価格を公開する。「こんどの衆院選は争点が不明確なので、みんな無関心で売りが殺到。価格が急落!」とか「こんどの県知事選は、XX導入をめぐって各候補が鋭く対立! 各陣営の必死の買いあさりで高騰!」とかなるわけだ。

 こうするとまず、選挙管理委員会の言う「一票の重み」というやつが日々明らかになる。今? 今なんて、棄権したってどうなるわけじゃなし、一票の重みなんて実質的にゼロだよ。値段をきちんとつければ、面倒で棄権してる人たちとか、単なる人気投票で投票してる人たちとかは、あっさり投票権を売り渡す。逆に政治意識の高い人たちは、何票かよけいに買って、自分の発言権を増すかもしれない。市場は日々、各政党なり候補なりの出す政策をきっちりモニターして、それの評価を選挙権価格の形で世に示す。世間の政治に対する関心も、今のような安易な代物ではなくなる。みんな、「この一票を売るべきか、それとも政策を左右すべく投票に赴くべきか」と日々まじめに考えるようになるだろう。「この政策なら来年から一人年間一万円の減税になるけど、今選挙権を売れば五千円のもうけになる。うーん、どうしようか」。有権者が真剣にそういう考察を始めたら、政治は変わるよ。今のなまくら政治じゃおさまらないよ。題して、市場制民主主義である。

 みんなが本当に己の利害に直結した問題として政治を見つめる。民主主義って、こういうのがあって初めて成立するんじゃないの? T.N. 君が、ルソーを下敷きにして考えた民主主義とはちがう。でも、民主主義理念だけが何世紀も変わらずにいるほうがおかしいと思う。ルソー的な民主主義は、もう破産していると思う。新しいシステムが必要なんだ。見てごらん、このへんてこな資本主義というヤツを。民主主義はいたるところでこいつに負けている。「資本主義成立には民主主義が必要条件」とかいうでたらめを口走るバカがいるけど、そんなのウソだよ。今の資本主義なんて、銀行と信用取引さえ機能すれば動いちゃうんだからね。新しい民主主義は、この資本主義の尻馬にのっかって、いずれこいつに一矢報いなくてはならない。金権政治をはびこらせるだけ? ちがうよ。売るのが誰で、売らないのが誰かよく考えてごらん。状況は最悪でも今と同じか、ましになるかもしれないんだよ。

 で、これをどう実現させるかだけど……どうです、唐突だけど本部長。ウチでやりませんか。ウチだけじゃ弱いですから、某親会社をたきつけましょう。この手の細かい証券とかオプションとかの取引話は、株屋さんの十八番じゃないっすか。扱い手数料 5% で大喜びでしょう。んでもって、政党と役人集めて研究会こしらえて、題して「新政治システム研究会」! 理念や方向性みたいな話から実際の導入方式検討まで全部ウチで受けて、細部もぼくの頭ん中で詰まってるから、ほとんどやらずぶったくりですわな。最終的に実現はしなくても、5 年で 10 億くらいの調査研究仕事が出るっしょ。んでもって、いざ実現となったら、これはもう世界初の画期的な代物。いまのウチのせこい「政策提言」なんかメじゃありませんぜ。さらに実現したら、各自治体ごとにトレーディングシステムが要るから、これはもうシステム部門がかっさらう! 無慮数千システム! 既存のシステムの手直しでなんとかなるっしょ。そしてすばらしいのが、これをやるためには個人レベルで、自由に気軽に取引端末にアクセスできなきゃならないでしょ。日本版インターネット導入の口実として「新しい民主主義のためです!」ってお題目以上に有効なものがありますか? だれも反対できませんぜ。

 この方式にはもう一つメリットがある。人権を必要としてない人たちが、それを売り渡す道を開くということだ。参政権なんかなくていいや、と思っている人は無数にいる。一部の人々を見ていると、この人たちは奴隷だったほうがずっと幸福なんじゃないか、と思う。この市場制民主主義は、実質的な不平等と階級制の復活なのだが、ぼくはそれが悪いことだとは思っていない。世襲さえ禁止すれば、案外そのほうがみんなシヤワセに暮らせるんじゃないか。

 ねえ、T.N. 君。昔のきみなら猛然と反対するだろうけど、現状を見てくださいよ。なだいなだの書いたあなたの伝記は、かれの一世一代の名著でした。きみが本当にあそこに書かれた通りの人だったのかはわからない。今の日本でなら、つまらない愚痴ばっかの左翼知識人に成り下がってたかもしれない。でも、一方できみは、本当に現実をどうするか考えることのできた人だと思う。きみならこいつを理解できるだけの柔軟性があったと思う。どうだろう。ねえ、いっしょに考えてみませんか。ぼくはマジです。



CUT 1995-1996 Index YAMAGATA Hirooトップ


Valid XHTML 1.1! YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>