Valid XHTML 1.1! 13th GenThe Age of Diminishing Expectations 連載第?回

世代の沙汰も金次第、ではないのかもしれない。

(『CUT』1993 年 12 月)

山形浩生



 『13th Gen』は、いまのアメリカの 10-20 代を扱った世代論だ。大量消費社会に生まれ育ち、もはや輝かしい未来を信じない世代の分析。小説『ジェネレーションX』(邦訳有)とセットで扱われ、アメリカの一部(特にオルタナティブ系ロックのファン層)ではカルト的な存在となっている。レビュー用に CD 屋でこいつを買い直したとき、レジの姐ちゃんはニルヴァーナをバックに(「In Utero」発売直後だったもんで)この本のすばらしさを力説してくれたっけ。「これって、ホントあたしたちの世代がわかってんのよね。It rules!」

 気持ちはわかる。しかしだねえ姐ちゃん、いまごろ(しかも日本語で)なんだけど、これはずいぶんあざとい本だぜ。だって殊勝に反省するふりなんかしつつ、実は自分たちのつくった泥沼を、あんたたちに負っかぶせようってんだもん。

 13th Gen は、アメリカの13番目(これもいい加減な勘定だけど)の世代グループ。ベビーブーム (BB) 世代につづく、1960-80 年生まれの世代だ。著者たちは言う。きみたちは頭も育ちも態度も悪い。でもそれは、60 年代に好き放題やらかしたわれわれ BB 世代のせいなんだ。われわれは気ままに離婚して家庭を破壊し、国債をたれ流して後の世代にツケをまわし、いい仕事を喰い潰し、教育をないがしろした。しかもきみたちが育った 70 年代は、オイルショックとかベトナム敗戦とか超インフレとか、暗い話題ばかり。だからみんな性格が暗くなって、刹那的で物質主義的でシニカルになったんだ、と。将来はまともな仕事だってないし、税負担は莫大になるし、ろくなことはない。でも自力本願のこの世代は、その現実主義と不言実行で、BB世代がズタズタにしたアメリカの基盤(家庭や財政や国家威信)を再建するだろう、と。

 つまり、われわれ BB 世代はろくでもない連中でした、すいません、でもきみたちは他人に頼らないから、自力で何とかできるよね。がんばってくれたまえよって、ちょっと待てこの野郎!

 こいつが流行るのもわからんではない。この本が描いた、いまの 10-20 代の閉塞感や欝屈、醒めた現実主義は本物だし、それはニルヴァーナ人気と無関係じゃない。日本の同世代にも共通したものだろう。それをただのわがままやシニズムや退廃と決めつけず、根拠あるものとして描いたのが本書の人気の理由だ。その根拠とは、アメリカ経済の見通しの暗さだ。不景気だし、貿易赤字も財政赤字もかさみっぱなしだし、仕事はないし、お先真っ暗。これは新聞なんかで見聞きしていることだから、なんとなく自明のこととみんな思いこんでいるし、この本でも大量の統計や引用などで、この議論はもっともらしく補強されている。

 でも、ホントにそうなのかしら。『The Age of Diminished Expectations』は、ちがうと主張するのだ。

 曰く。貿易赤字って、そんなに悪いもんじゃない。別に外国のせいでアメリカの失業が起きてるわけじゃないんだよ。財政赤字も、対 GNP 割合さえ気をつければ目クジラたてることじゃない。経済全体が成長すれば、絶対額が増えても支払いに困らないからね。失業だって、いますぐにでも電話一本で解決できるけど、インフレが嫌だからやんないだけ。雰囲気が暗いのは、生産力が停滞してて生活水準が横這いなのと、貧富の差が拡大してきて貧しい人間が一層貧しくなって、ホームレスになったりして目立ってるからなんだ。これだって、貧乏人が搾取されてるわけではない。だって、貧乏人は搾取されるほど金がないんだもの。なぜ貧富の差が拡大してるのかって、実はよくわかんないんだよね。

 じゃあ、なんでこういう話が大問題として取り上げられるのかって? ああ、それは単に、ニュースとしての見栄えがよくて、効果はさておき、政治的に何かやってる印象を与えられるからだよ。

 結局のところ、ほとんど唯一の問題は国としての生産性なんだ。BB 世代がよく見えるのは、当時の生産性が年 2.5-3% も成長してたからで、いまの暗さは、それが年 1.2% 止まりだから。じゃあ、生産力を高めろって? うん……でも生産性ってのも、どうして上下すんのかよくわかんないんだもの!

 事態はよくはない。でも我慢できないほどひどくはないし、手に負えなくなる気配もないから、だれも敢えて荒療治を提案しないんだ。それにアメリカ人は、経済停滞に対抗する必殺技を編み出した。それは「あまり期待しないこと」である!(タイトルはここから。『高望みしない時代』ってとこかな)だから、アメリカ経済は当分このままでしょう。おしまい。

 なに、これ。そうなのお? 話がぜんぜん違うじゃないか!

 恐ろしいことに、これはそこらの奇を衒ったビジネス書ではない。著者のポール・クルーグマンは、MIT の経済学の先生で、貿易が専門。アメリカで大騒ぎの NAFTA (北米自由貿易ナントカ)ではよく新聞に引っ張りだされてる。簡潔で明快だし、短いからすぐ読める。理論一辺倒にならずに、要点は具体的な数字で押さえてあって、すごく説得力がある。それと書き方が妙に投げやりで、嫌味ったらしいんだ。各種の主戦論や「世界経済戦慄のシナリオ」的な話を持ち出しては「この旗を降ってたのはウォール・ストリート・ジャーナルに巣食ってる XX だけど」と実名入りでつつきまわし、常識論であっさり粉砕してくれる。楽しいよ。話の多くは日本にも応用できるから、この一冊でたいがいの悲観論者や誇大妄想論者には太刀打ちできる。

 邦訳もあるはずだけれど、未見。見かけても無視したと思う。ダイヤモンド社刊の長谷川慶太郎訳・解説だもんねえ。邦題『予測90年代・アメリカ経済はどう変わるか』だけど、大丈夫かなあ。だって上にも書いたけど、この本はアメリカ経済が変わらないって話なんだぜ。なに、万が一訳がだめなら英語で読めばいい。最近原著は改訂版が出たことでもあるし。

 別の可能性も完全には否定されていない。楽天的なシナリオとして、変な理想論にしばられないポスト BB 世代の活躍で、アメリカの生産性が向上することも考えられなくはない、と。このシナリオは、『13th Gen』のムシのいい期待と一致している。ただしクルーグマンによれば「無根拠ながら、このシナリオはせいぜい確率 20%」だそうだけれど(ちなみに南米債務デフォルトによる破局は、確率 25% だって)。

 しかし経済じゃないなら、一体あれは何なのだろう。繰り返すけれど、この世代の閉塞感は現実のものなのだ。『13th Gen』が受け入れられる理由はあるのだ。そしてそれは、日本でも感じられているのだ。

 個人的には、社会の仕組みの話だという気がする。でも、よくわからん。まだ。

CUT 1993-1994 Index YAMAGATA Hirooトップ


Valid XHTML 1.1! YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>