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『中央公論』 書評 2008 年 1-4月

 

『中央公論』 2008/01号 p.258中央公論 2008/01
『中央公論』 2008/01号

政治的配慮一切なし! 快刀乱麻を断つ必読の経済書

スティグリッツ『スティグリッツ教授の経済教室』(ダイヤモンド)



 泣く子も黙る天下の大経済学者スティグリッツの、長大な書き下ろしを加えた雑誌連載エッセイ集。かれのよさは、その理論家としての鋭さと同時に、政治的・人間関係的な配慮が一切ないところだ。おかげで世界銀行の主任エコノミスト時代には、内外の力関係を完全無視。根回しとか調整とか駆け引きとかいう配慮のかけらもなしに身内同然のIMFをボロクソにけなして関係者蒼白。世間知らずの学者教授めと、早々に蹴り出されたのだが……

 それをきっかけにかれは明らかに変わった。象牙の塔の理論経済学者から、現実の問題に対する鋭い切り込みを次々に行うようになる。本書はその集大成だ。そしてまったく政治的配慮をしない人物であればこそ、その発言は説得力を持つ。かれの言うことすべて明確な理論的帰結でしかなく、変な利害関係で歪んでいないからだ。

 もちろんそのすべてが正しいとは言わない。特に地球温暖化の話は、まだ未知の部分が多い話にあまりに硬直的な形で対処しようとしていて疑問ではある。だが正しいグローバリズムのあり方、年金問題、各種自由化、そして旬のサブプライムローン問題まで、純粋経済問題では快刀乱麻を切る明快さ。

 そしてわれわれにとって重要なのは、日本についての部分だ。日本のいまの不景気はすべて日銀の失策によるものだということ、日銀の主張する中央銀行の独立性なんてのはどうでもいいこと、デフレ解消がきわめて重要なのにまともな対応がなされていないこと――いわゆるリフレ派の主張そのもの。これが理論的で政治的偏向のない見解である以上、それを否定する各種見解は、理論的な無知か、政治的思惑で歪んでいるんだということを、一人でも多くの人が本書で理解してくれれば、日本経済の夜明けも近づくはず。ちょっとでも現実の経済に関心のある人、必読の一冊。ついでに本書をきっかけにかれの教科書まで制覇してくれれば――が、そこまで行かずとも、この手加減を知らない熱い筆致を読むだけでも元気が出ます。是非是非!

 それと蛇足だが、この題名とこの表紙のデザイン、どっかで見覚えがあるんだが……

コメント:なおこの号は、斉藤貴男の「禁煙ファシズムにもの申す」(pp.226-233) が限りなく痛い。ここで指摘した話が、何も調べることなくすべて蒸し返されているだけ。


『中央公論』 2008/02号中央公論 2008/02
『中央公論』 2008/02号

アメリカの世界経済介入

テイラー『テロマネーを封鎖せよ 米国の国際金融戦略の内幕を描く』(日経BP)



 アメリカが世界の警察官を気取るのは、時にうっとうしい。が、かれらが世界のために優れた力を発揮することが多いのも事実だ。本書は、国際金融の分野でのアメリカの介入を赤裸々に述べた驚異の一冊だ。著者はあのテイラールールのテイラー、と言ってわかる人はわかるだろう。理論家としても優れた業績を示したかれが、爆撃後のアフガンニスタンやイラク復興、トルコ、世銀やIMF、そして日本で、実務家として金融の安定化に八面六臂の活躍を見せる。財政援助を各国からとりつけ、債務救済を推進し……。

 それぞれの活動は、一応筋が通っているし、著者たちが真摯なのもまちがいない。が、本書を読んで人は複雑な思いにかられるだろう。そもそもアフガンもイラクも、アメリカが無意味な爆撃しなきゃこんな面倒にはならなかった、というのは言わぬが花にしても、世銀やIMF「改革」については、援助の現場にいる評者としては疑問。また前回ご紹介したスティグリッツなどは、IMFなどによる途上国等への金融介入についてきわめて批判的なので、かれが本書を読んで何というか、是非きいてみたいものだ。

 そのスティグリッツも、本書の第八章には拍手喝采だろう。日銀の失策による失われた十年からの脱出のため、著者は日本の財務省に細かく指示を出して、為替介入を通じた大規模な金融緩和を実施する。日本のマクロ経済がここまでアメリカに細かくコントロールされているとは唖然。日銀が中央銀行の独立性を騒ぎ立てる尻ぬぐいのために、国の経済政策の独立性が失われているわけだ。そのおかげでここ数年の、日本の景気回復らしきものが見事に実現したので、文句を言える立場でもないが……

 理論面でも実務面でも、国際マクロ経済政策に関心ある人は必読。翻訳は生硬だが、もとの文がシンプルなので実害はあまりないのが救い。また、邦題は売れ線を狙ったつもりだろうが本書の内容を示すものとしてはあまりに部分的で、本来の想定読者層をかえって遠ざけている。願わくば、著者のネームバリューがそれを補いますように。


『中央公論』 2008/03号中央公論 2008/03
『中央公論』 2008/03号

著作権延長論争の原点

山田『〈海賊版〉の思想』(みすず書房)



 著作権は、一定の期間がくると切れることになっている。その後は、万人が自由にそれを使ってかまわない。いまシェイクスピアや夏目漱石を出版しようが翻案しようが映画化しようが、何のあいさつも支払いも不要だ。だが、こうした仕組みは勝手に空から降ってきたわけではない。だれかがそうした仕組みを決めた。本書はその発端となったイギリスでの裁判を中心に、著作権をめぐる種々の考え方をきれいに描き出してくれる。

 作者から買いたたいた著作権で独占商売を計る当時のロンドンの書店主たち(というのは今日的には一大メディア企業に相当する)、それに対して安価な「海賊版」を自由に出す権利を求めたスコットランドの書店主。かれらの議論は、現在進行中の知的財産権談義と見事に重なる。著作権強化を図る側は、実は作者たちに雀の涙ほどの金しか払っていなかったのに、裁判になると強化の根拠として文化を守れだの著者たちのためにだのと述べて、文化の守護者を気取ろうとする。だが本書はかれらの実態(そして決しておきれいではなかった「海賊版」書店主たちの)実態もきちんと解説し、当時の議論に明快な視座を与えてくれる。いまからふりかえって、本当に文化のためになったのはどっちの議論だったろうか。

 文化を守るために知的財産権強化を――これは日本でも世界でもいまや声高に唱えられる議論だ。文化をたてに(作者ではない)著作権業者たちが、iPod にもカーナビにもありとあらゆるものに課金しろと騒いでいる。だが十八世紀イギリスでの議論を背景に、著者はそうした議論を軽くいなす。そんなに文化がだいじで作者を大切にしたいなら、まずあなたたちが印税率を上げたらいかがか、と。本書を読めば、いまの多くの議論が、実は何世紀もまえの議論の蒸し返しであることがわかる。二十一世紀のわれわれは、それに対しどういう答えを出すのか? まさに歴史に学ぶための一冊がここにある。


『中央公論』 2008/04号中央公論 2008/04
『中央公論』 2008/04号

バイオとITはどこがちがうか?

ピサノ『サイエンス・ビジネスの挑戦』(みすず書房)



 ネットだ IT だという話は十年以上前から盛んで、そしてそれに続くのがバイオだ、というのも同じくらい昔から言われ続けていた。が、IT 業界はあれやこれやとネタが出てきてバブルとその破裂を繰り返し、何かと賑やかなのに対し、バイオ業界は……鳴かず飛ばず。ヒトゲノム解読や、クローン羊など、たまの話題はある。でも、バイオ長者は、この業界登場後 30 年たった今も出ていないし、またバイオ技術で実現するとされていた製薬革命も起きていない。なぜなんだろうか?

 この本はそれを分析した本だ。いったい IT とバイオはなにがちがうのか? その理由は、バイオ技術の持つ特殊性にあるのだ。

 はやいはなしが、IT は切り分けができる。たとえばソフトウェアとハードウェアが明確に分か、独立に研究開発できる。ところが、バイオはそれができない。ヒトゲノムは一応解読できたけれど、それがどう畳まれてタンパク質作りにどう使われるのか――つまり何がどこにどう影響するかさっぱりわからないのだ。

 それでも学問は発達し、見込みのありそうな現象が見つかる。でもおかげで調べなくてはならない範囲が広がりすぎて、個々の物質についての研究は結果としてかえって減る場合も多い。さらに、バイオは有望と思っているベンチャー資本がすぐに金を貸して学者に起業させ、おかげで学問に必須の情報共有まで阻害されるんだと。

 結果としてバイオは、IT みたいな華々しい発達はしないし、またいまのベンチャー資本のやり方ではかえって足を引っ張る。じゃあどうすればいいのか? バイオ産業向けの新しいビジネスモデルや資金提供モデルまで考えた本書は、新産業育成一般についての大きな示唆も与えてくれる。要は、柳の下に2匹目のドジョウはいないんだから、相手によってやり方は変えないと、というあたりまえの話なんだが、それをきちんと調べ、説得力を持って述べた本書は、バイオ業界に直接関わりのない人にも大きな示唆を与えてくれるはず。


『中央公論』 2008/05号中央公論 2008/05
『中央公論』 2008/05号

帰国組の企業が地域発展を生む?

サクセニアン『最新・経済地理学 グローバル経済と地域の優位性』(日経BP)



 かつて『現代の二都物語』で、ルート 128 地域に対するシリコンバレーの勝因を分析して話題をさらったサクセニアンの新作。その答えは、人材の極端な流動性からくる自由でインフォーマルな情報流通だった。本作は国レベルでの分析だ。中国、インドなどの目覚ましい発展はなぜか、というもの。

 安価な労働力と直接投資の規制緩和、というのが通常の答えだ。が、本書はそれだけじゃ不足という。それをテコに、独自の産業を興せるかが課題であり、それを実現するのは、昔欧米に留学して現地就職を経た帰国組による新興企業群なのである、と。本書はそれを豊富なインタビューで例証しており、たいへんにおもしろい。が、その応用は考えてしまうところ。

 前作は、日本の自治体や不動産開発関係者に重宝された。地域の発展には情報交換の場が重要というお題目だけが抽出されて、地域に交流施設を作ったり、オフィスビルに変な共有スペースを設けて出会い演出(おおむね閑古鳥)とかの口実とされた。ちなみに、非正規雇用形態の称揚にも使われていた。終身雇用こそ日本経済のガンで、自由に人が動ける就労形態こそ発展の原動力、というわけ。その末路はご存じの通り。

 さて、この本でそうしたお手軽な利用ができるかというと……どうだろう。頭脳流出なんか心配せず、どんどん留学させろ、とでも言おうか? でもそいつらに里心がつくまで何年かかるか。バングラデシュやマラウイで、確かにそういう人には出会ったけれど、20代で留学して帰国は50過ぎなんてざら。また、ベンチャー資本などを充実させ、帰国組の起業環境整備が重要、とも言う。でも、前回のこの欄をご記憶だろうか? ベンチャー投資による発展モデルが成立する産業は必ずしも多くはないのだ。IT以外でホントにこの話が成り立つのか? 本書の知見を真に利用するには、読者のほうにさらなる真摯な取り組みが求められる。だが論点は非常に刺激的。十年単位の長期的な地域発展を真剣に考える人には、多くのヒントを与えてくれるだろう。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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