時評 2001 第 3 段になる予定だったが陽の目を見なかった仕掛かり原稿

じおぽりちっくすみたいなのと援助と国と。



山形浩生



 本誌前号で、山内昌?氏がイスラーム理解が足りない、といって論難されていたんだけれど、ぼくはあの文を読んでなんか変だ、と思ったりはしたのだ。イスラームは奇跡を説明するために因果律を重視した、という議論があったけれど、そうだっけ? アル・ガザーリー(だったかな)がそれまでイスラム科学者たちの構築してきた科学理論に対して「物理法則は、あくまで神の習慣にすぎず、そんなものはいつでも変わり得る(だから奇跡があり得るのだ)」という議論をして、それがスンナ派の正当教義になったためにムスリム圏における科学研究が衰退した、とぼくは理解しているのだけれど。奇跡を重視したがために因果律軽視が生まれたのではないの? また、イスラーム法の現行の定義をもとにして、イスラム全体を動かそうと考えているビン・ラディンの「ジハード」を云々することにどこまで意味があるのかな。でも、まあそれは山内氏が自分で反論するだろう。願わくば重箱の隅の水掛け論にならず、有意義な結果が出ますように。

 さて同じく前号の時評で、その山内氏が今後の国際関係みたいな話を書いていたんだが……ぼくはそれを読んで、結構うなってしまったのだった(悪い意味で)。21世紀の国際関係の向かうべき方向として、かれはいろいろ挙げている。グローバルな平和維持。地雷除去と環境なんとかと紛争解決と復興支援……それはそれで大変結構。かれに限らず多くの論者が、「アメリカ主導のグローバリズムではない新しい平和何とかを構築しなくては」と最近は唱えている。が、そんなことが実現可能だと、あなた本気で信じてる? 理想で目をキラキラさせるのは結構だけれど、現実を見て本気でそんなことが実現できると思う? うん、それがすばらしいものだということを否定するつもりはない。できたら最高。が、別にそういう努力は今に始まったわけじゃないんだよ。国連ってそれに近い目的を持っていたでしょう。ぼくの本業の海外援助だって、そういう考えをずっと持ってやってきている。過去数十年にわたって。でも、それは実現できていない。やりかたがまずいのだ、という人は多いけれど、じゃあ変わりにどうしろと? さらにそういう方向性を一番派手にふみにじっているのはアメリカで、いちばん押さえのきかないのもアメリカで、いちばん力のあるのもアメリカで、でもそれを抜きにして何かをやらなきゃいけないという状況を考えたとき……どこに希望があるだろうか。

 だからぼくは前回の自分のコラムの最後で、アフガニスタンは数十年たっても貧困のままで内戦続きかも、という予想を書いたのだ。それをもうちょっと考えてやろう。べき論はなし。現実的にどうなりそうか。それもアフガンだけじゃなくて、その周辺の地域まで含めて。

 まずアフガニスタン。アフガニスタンが、今回の一件以前から国としての体を成していなかったのは、現地についての直接のルポを見ればわかる。個人的に好きなのは「世界危険地帯ガイド」の記述。最新だし、とってもおもしろい。ふつうの意味での国というより、群雄割拠の戦国時代に近い状態だったみたいだね。今回の爆撃でも、タリバン支配下の町をどっかの将軍が制圧して、ここはおれのもんだから入るなと宣言した、といったニュースが何度かきかれたけど、あれは明智光秀本能寺の変みたいなもんだろう。ちなみにこのルポには、カブールにやってくる外国のNGOの連中は、女性の権利向上を唱えるばかりで、すぐそこで内戦が展開されているのに女性の権利が抑圧されているとかいう話ばかりをメディアに送っているという観察も載っている。女性の権利ねえ。どこかできいたネタのような……

 それはさておき、そんな状態のところでタリバンがいなくなって、すぐに国土統一がなされるか? 無理でしょ。北部同盟内部ももめているみたいだし。それにパキスタンや、ウズベキスタン、そしてイランなんかが暗躍しているらしい。いずれ内戦が起きて国は分裂することになるでしょう。アフガニスタンという国をまとめるような、神話も理念も武力も、どこにもないもの。

 同時に、パキスタンとインドも交戦状態。そして去年、ネパールで異様な事件があったのをご記憶だろう。あの皇太子による王族皆殺し事件。なんだったんだ、あれは。あれがあの地域の不穏さの反映でないわけがない。万が一それが不穏さの結果でないにしても、今後なんらかの原因にはまちがいなくなる。

 タジクスタンも戦争まみれで、その背後にはロシアマフィアがいる。一方で、アメリカが何か口実を見つけてイラクを爆撃したがっているのはもう見え見えだ。口実なんていくらでも思いつけるけれど、まあたとえばクルド共和国独立運動、なんてのが手頃じゃないか。これにはトルコを抑える必要があるけれど、これはEU加盟をエサにすればなんとかなるんじゃないか。あと、アフガニスタンの件でイランが動いていて、アメリカと手を結ぶオプションもありじゃないか、という気がする。それがかたまれば、イラクは無事ではすまないだろう。でもフセイン亡き後にいきなり民主選挙? 無理でしょ。そしてイラクがもめればサウジがどうなるか、あまり考えたくもないけれど、あそこらへん一帯に大シャッフルの可能性が高いのは確実だろう。そしておそらくは、多くの国が崩壊して、小さな国に分裂し、それぞれが小競り合いを繰り返し、という状況が展開することになるだろう。多少は文化も経済もレベルが高くて、失うものが十分にあったユーゴスラビアでさえあの惨状だ。まして失うものが何もない人々ばかりのあの地域では、それは壮絶なものになるだろう。

 そしてもしアフガニスタンとその周辺がもめそうだということになれば……アフガン復興のための援助なんて、真面目にやるだけばかばかしい、ということになる。援助して何を整備しても、軍事利用かすぐに破壊されるのは見えているもの。

 この点で、アメリカは日独に復興援助での協力を期待しているという話がAERA(要確認)に出ていた。ふーん。楽しく壊す方だけさんざんやって、作る方は他人の財布頼りか。ふざけるなというのだ。ちなみに一人当たりの海外援助の点で、アメリカは世界でどん尻のドケチ国だ。さらにかれらが、自分の思い通りにならないからといって国連の会費をもう何年も滞納し続けているのは知っているだろう。人に援助を要求する前に、手前のところをまずきっちりやっておくれよといふのだ。しかもこれは、ただでさえ長く苦しく報われない援助になるのは見えている。援助を使うための社会組織まで破壊しつくされているのに。ばかばかしくてやってられないや、とふつうの援助関係者なら考えるだろう。ただ、ODA自体が削減され気味な中で、アフガニスタン復興特別予算なんてのができるんなら、それはそれで結構なこと。ドイツのKfWとかがどう思っているか公式には知らないけれど、まあ似たようなことを考えているとは思う。そしてちまちまと分断された、非効率な何もない国々が、争いに疲れ果てた30年後くらいに、ようやく意味のある援助ができるようになるのではないかな。

 この一ヶ月でもう一つ大きな事件は、ユーロの導入だった。もう少し大きな騒動やトラブルが発生するかと思っていたら、何事もない。なさすぎて怖いくらいだ。ユーロ自体が、経済的に何か大きなインパクトを与えることはたぶんない。むしろ各国がマクロ経済政策をもてなくなって、かえって足を引っ張る可能性のほうが高い(この点はぼくは、国際為替権威でもあるクルーグマンを絶対的に信じている)でもユーロの意義はもっと政治的なもの、文化的なものだ。それは、ヨーロッパの人々の意識を、国の市民というレベルからヨーロッパ市民というレベルに移行させる一つのステップでもあった。

(つなぎ……)

 インターネット関連法の権威ローレンス・レッシグは著書「CODE」の中で、「アメリカ」という意識の醸成について書いている。もともろアメリカ国民にはアメリカ人としての意識はなかった。むしろ各州に多くの人はアイデンティティをおいていた。それがある時から次第に、いまの州の一員という意識をこえて、アメリカの一員だという意識が生まれてきた。そしていまや、インターネットを通じて世界市民という意識がうまれつつある、とかれは主張する。

 それはまったくその通りで、ユーロの導入はまさに、その前段としての国の希薄化の一環だったりする。そして日本や西洋先進国で展開される、グローバルな(でもグローバリズムじゃない)平和維持体制というのも、そういう世界市民的な意識の発露、ではあったりするのだ。でもそれがどんなインフラ、どんな環境によって可能になっているのか、多くの人は意識していないだろう。そしてそれを、そんなインフラや環境のまったくちがうところにどう当てはめるべきか。

(つなぎ……)

 国というものについて? 意識とレベルの差 文化の差、のみならず時代の差の同時共存 だがどうやって (未完)



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