激変の後 (After the Cataclysm)

Noam Chomsky + Edward S. Herman、山形浩生訳

訳者口上

 以下は、Noam Chomsky + Edward S. Herman After the Cataclysm: Postwar Indochina & The Reconstruction of Imperialist Ideology (The Political Economy of Human Rights: Volume II) (Boston Community School/Southend Press, Boston, 1979) の第六章「カンボジア」の翻訳である。この部分は、チョムスキーがポルポト政権を擁護し、大虐殺を否定した、という議論の証拠としてよく使われる。その一方で、チョムスキーを擁護する人々は、ここでかれがやったのは単なるメディアの比較であり、検証を経ないで一方にだけ都合よく垂れ流されていた報道姿勢の問題を指摘したのであり、ポルポトを擁護したりなんかしておらず、虐殺も十分に認めているのだ、と主張している。本翻訳は、この両者の見解についてどちらが正しいかを、読者が自分で判断できるように提供されたものである。

以下、翻訳はいくつかに分けてある。以下でつけている小見出しのようなものは、訳者が便宜的につけているだけ。原文にはない。

第 6 章 カンボジア

 なお、本稿を読んでどんな見解に達した場合でも、そこから「チョムスキーは(この主張のせいで)ジャーナリズムから抹殺された」といった主張をするのは注意が必要である。それを確認するためには別の検証作業が必要となる。だいたいチョムスキーはこの本の刊行後も、各種のメディアに登場し、政治がらみの本もたくさん出している。ジャーナリズムや政治評論の分野は広いので、その一部から疎まれるようになっても抹殺にはほど遠い。これは残念なことではあるけれど、でも遠いものは遠いのだ。


翻訳に関する付記

 自分なりに判断してもらうという主旨から、もともとは文中に置かれていた各種の訳者コメントの中で、訳に直接関わるもの以外は分離することにした。ただし、一応訳者のバイアスをあらかじめ理解してもらうために述べると、ぼくはチョムスキーが本書でやっているのは、イメージ操作によってポルポトは(言われているほど)悪くない、という印象を作り出すことだったと考えている。厳密にいえば、擁護派は正しい。でも実際の文としての効用は、批判派の言っていることが、留保つきで正しい。その一方で、「チョムスキーはポルポトを擁護して大虐殺を否定した」と批判派が主張するとき、そこまで断言していいかというのは疑問が残る。ぼくはそれはチョムスキーのずるさだと思うけれど。翻訳はフェアにやっているつもりだけれど、ぼくがそういう見解を持っているが故に、この翻訳自体を信用できないと言う人もいるかもしれない。が、それはしゃあない。

  また、これによって、実物を読みもせずにどこぞの書評の孫引きだけで「歴史的な事実」などときいたふうな口をきき、結局議論にまともに資する材料を何一つ提供しないような物言いが淘汰されることも祈りたい(期待はしてないが)。

 なお、翻訳に関していうと、この本で使われている英語は実にわかりにくく、たちが悪い。たとえば以下のような文章だ:

It is, surely, not in doubt that it was U. S. intervention that inflamed a simmering civil struggle and brought the horrors of modern warfare to relatively peaceful Cambodia, at the same time arousing violent hatreds and a thirst for revenge in the demolished villages where the Khmer Rouge was recruited by the bombardment of the U. S. and its local clients.

 関係代名詞 that が立て続けに使われ、さらに同格でat the same timeがきて、最後のby the bombardmentは、recruited にかかるのか、それとも demolished villages にかかるのかはっきりしない。うっかりすると、アメリカとその友軍がクメールルージュを雇ったとさえ読んでしまいかねないひどい文。(付記:その後、"arousing violent hatreds and a thirst for revenge" にかかるのでは、という意見ももらった。はいはい、確かにそれも文法的には可能。) 全編、こんなののオンパレードだ。以下の翻訳がそういうのをもとにしている、ということは理解しておくれ。

 あと、本書のタイトルについて付記。After the Cataclysm: Postwar Indochina & The Reconstruction of Imperialist Ideologyは副題であり、The Political Economy of Human Rights: Volume IIがメインのタイトルで、だからこれのVolume Iを無視してこれだけ論じるのはダメ云々という議論がある。しかしながら、そのメインのタイトルであるはずの The Political Economy of Human Rights: Volume II というのは、背表紙にすら出てこない。表紙の下の部分にちょっと出ているだけだ。したがって、本書のタイトルとして After the Cataclysm を挙げるのは、それだけで事実誤認である、というような批判は揚げ足取りであり、実物の本における表記を無視した物言いだと思う。さらに以下の内容が Volume I を見ないと評価できないかどうかについても、自分の目で確かめておくれ。


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