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山形の著書訳書など

 われながらいっぱいやってるなあ。なるべく全文をアップするようにはするけれど、ゲラ段階での赤字は当然ながら反映されていない。ぼくは一発オッケーの人だから、ゲラはほとんどいじらない。だから大きな差は出ないけれど。むしろ、ゲラの段階で編集者から一部表現(および罵倒)を削除されることが多いので、ここにあるほうが「あるべき姿」っつーかなんとゆーか。

著書いろいろ      訳書さまざま


著書

『世界のカフェから』(2012)

 世界漫遊記。

山形浩生『経済のトリセツ』(亜紀書房、2021.07)
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 山形の経済雑文集。例によって、経済全般、クルーグマン、ピケティ、リフレ関連、その他各種雑文といった構成でだいたいやっております。ピケティとか、同じネタであちこちに書いているので、重複がそこそこあって苦労しました。あとネットにあげている文章も多いけれど、一応紙にしておいたほうが、いろいろ参照されやすいようなので。また、ちょっとマイナーな雑誌や本に書いたものも入れて、入手の便宜をはかった面もある。なかなかよい本になったと個人的には思うが、どうだろうね。
 個人的に特に気に入っているのは、いちばん最後の、建築と経済の話を、一応の想定読者を中学生として説明したもの。中学生は、世の中がきれいごとばかりではないのはわかりはじめた頃で、その一方でそれなりの理想もある。世の中が善と悪にきれいにわかれたりはしないし、世の中がダメなのも、どっかに悪い奴がいてそいつが奸計を企んでいるせいではなく、いろんな人の思惑のぶつかりあいと妥協の成果の部分もあるんだ、というのもわかってくると思う。建築や都市をもとに、その話と経済をからめて説明できたのは、個人的に満足。

J・Mケインズ/山形浩生『超訳 ケインズ「一般理論」』(東洋経済新報社、2021.03)
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 これは、訳書に入れるべきか自分の著書に入れるべきか迷ったが、どっちかといえばぼくの著書に近い感じになっているとは思う。ケインズ『一般理論』を思いっきり要約したうえで、そこに山形のとても長い解説をつけたもの。個人的に、ケインズの評価がなぜ時代を追ってコロコロ変わるのか、とか、あまり精緻なモデルがあるわけでもないのになぜこんな長い寿命を保つのか、といったあたりについて、それなりにフェアな、信者でもなく、全否定でもない書き方ができたのは、よかったなと思っている。本当の玄人さんから見れば、そんなに大した本ではないだろうけれど、まあ本当の玄人さんは「超訳」なんてものをそもそも必要としないはずだよね。

山形浩生『断言2 読むべき本・ダメな本―新教養主義書評集成・サイエンステクノロジー編』(Pヴァイン、2021.01)
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 山形の書評集、前のが少し売れたのでサイエンステクノロジー編です。これまた中身のほぼすべてはウェブにあるもので、それに説明をくっつけている。個人的に意外だったのが、IT本の書評があまりないこと。「フリーソフト関連で読むべき3冊」とかいう形ではいっぱいやっているんだけれど、個別の本をきちんと書評するのはあまりやっていなかったんだな。それが悪いというわけではないんだけれど、なんかいろいろ紹介したつもりになっていたので。
 こうしてまとめてみると、我ながらなかなかいいことを書いていると思える部分は多々あるし、こうしてまとめていただけるのは幸甚。

山形浩生『断言 読むべき本・ダメな本―新教養主義書評集成・経済社会編』(Pヴァイン、2020.01)
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 山形の書評集です。中身の多くはウェブにあるもので、それに説明をくっつけている。この手の本の話はときどきあったんだけれど、いろいろ整理している途中で「ウェブにあるんだからみんな本なんか読まないかも〜」と思ってなんとなく手がとまり、立ち消えというケースが多かった。最後まで尻を叩いて出すところまでやってくれた編集の大久保さんには感謝。あとから、あれも入れるべきかこれも入れるべきか、と迷うが、まあすでにかなり厚いのでとりあえず。たぶん次があれば次ので反知性主義とかムッソリーニとかトロツキーとかまとめて入れることになるでしょう。

訳者解説(バジリコ, 2009)

訳者解説表紙  読んで字のごとく訳者解説です。

要するに(河出文庫, 2008)

 『山形道場』と似た構成ではありますが一応別物とはなっております。不労所得万歳。

暴走する「地球温暖化」論―洗脳・煽動・歪曲の数々(文藝春秋, 2007)

 渡辺正との対談が出ているだけ。本来、著者として名を連ねるのはおこがましいんだが、著者の数が7人になったほうが、七人の侍みたいでかっこいいから、と言われて名を連ねております。

新教養としてのパソコン入門(アスキー新書, 2007)

How to be a Computer Nerd  かつての本の新書化。不労所得万歳。ただし最終章の著作権のところは削った。あと、文字コードの直しのところで、時事ネタのオリンピックやマドンナのねたを削ったが、いまにして思えば残した方がよかったかなあ。内容は当然ながらほぼ同じ。

新教養主義宣言(河出文庫, 2007)

 処女作の文庫化。不労所得万歳。読み直して、なおすところがほとんどないのには我ながら驚愕。新しい追加その他はほとんどありません(一本だけ追加、あとは文庫あとがきのみ)。また、宮崎哲弥に解説をご快諾いただきましてとてもうれしゅうございます。

『「かわいい」の進化生物社会論』(2007)

 うーむ、本腰を入れて書かなくては。

新しい教科書:コンピュータ(監修、プチグラパブリッシング、2006)
Slashing Ideas
 監修といいますが執筆陣がみんなぼくよりえらい人ばかりで呆然としております。ゲラの段階ではじめて他の人の原稿を見るが、かなり注文をつける。うーん、大丈夫かな。怒らないでくれるといいんだけど。(9/13)
 特にもめることもなく、無事出ました。イベントとかもやって、なかなか楽しゅうございました。実質稼働一週間くらいかな。みんなおもしろい原稿を書いてくれて、ありがとうございました。

『非モデュラの群がるサイバネの野の果て(仮題)』(2002)

 これはできるかなあ。ほとんど自分を追いつめるために書いておくけど、ホントにおまえこれ書くの>自分?

『血も涙もない冷血ファイナンス入門(仮題)』(2003)

 例のファイナンス講座です。こんどこそとりかかりました。

たかがバロウズ本。(大村書店、2003) サポートページ 全文
たかがバロウズ本
 完成いたしました。スゲー本だと思う一方で、だれにも理解できないだろうという悲しみもあり、結構複雑な思いでございます。やっぱすごく分厚くなるみたい。これで 3,000 円以下に抑えるというのは、至難の技ではないかと……(2002/10)。
 でも、わかるやつはわかる。わからんやつはやっぱわからないけど。その反応もなかなかおもしろかった一冊。あと、全文公開してあるけど、印刷できないのね。だから落ち着いて読みたい人は本を買いましょう。

集客(六耀社、2003)

 森田企画編集、山形が文とインタビュー、ハイナー・シリングが写真という、どっかで見たチーム。もちろん、文やインタビューは山形以外もいっぱいやってるし、写真もハイナーだけじゃないけど。乃村工芸社創業110周年記念、だったかな。なかなかおもしろい仕事ではありました。本業で都市開発系をやんなくなって久しかったし、あちこちデベロッパーさんのヒアリングにまわるのは懐かしい感じ。文は、六六開発本と結構かぶってる。

『新教養としてのコンピュータ;コンピュータのきもち』(アスキー、2002)

How to be a Computer Nerd  『アスキー・ドット・PC』に連載していたのを単行本化。初めてのパターンだけど、結構楽だね。おまけにちょうど訳していた『コモンズ』の中身に触れた章と、あとがき、その他を加筆。ずいぶんと好評で、あちこちでレビューやインタビューが出たのは嬉しかった。
 あともう一つ嬉しかったのが、文中に登場する天才の友人である吉川がこれを見て連絡をくれたこと。かれはその後、Prolog の続きをずっとやって、人工知能っぽいことを相変わらずやっていたみたい。Interlog という言語を作ったそうな。これの評価自体はぼくにはわからん。おもしろそうだが、かなり大風呂敷でもあるし。ところで、この Interlog 本だが、1,300 円だと Amazon の送料無料にならない。もし今後、オンライン書店が普及してきたとき、これはひょっとしたら本の値ツケに影響するかも。1,300 円の本を一冊買うより、1,500 円の本を一冊買う方がトータルで安上がりなんだもの。

『New Tokyo Life Style Think Zone』(森稔 と共著、装丁はブルース・マウ、2001)

New Tokyo Life Style Think Zone  2000 年末に、いきなり「書け」と言われて書いた。東京の問題はなんで、今後どういうことをしてかなきゃいけないか、というような話。もともと森ビルの六本木六丁目開発の PR パンフみたいなものを考えていたけれど、もっと大きな東京全体についての視点が欲しい、下心見え見えのコピーまみれじゃいやだ、という声があがって、開発のインフォメーションセンターを作って都市に関する提案を行うと同時に、もっと発信力のある本を作りたい、という。そんならやろうじゃないか、ということでやった。でもさんざん遅れて迷惑をかけました。
 なんでぼくに声がかかったかというと、これを担当した森アートセンター(こんどの開発のてっぺんにできる美術館みたいなもの)の人がコマンド N のイベントに時々きてて、その時に名前をおぼえられていたのと、あと編集担当がもと鹿島出版会の森田さんだったから、ということ。何が幸いするか、世の中わからん。
 いま見直してみると、うーん、装丁の感じに比べて、文が少しゆるすぎたかも。もうちょっと引き締めたほうがよかった。また、ブルース・マウは日本語のレイアウトの感覚はつかめていない。このため、日本人が見ると妙に字間が開きすぎていて、テキスト部分に関する限り散漫なレイアウトに見える。これは残念ではある。ただ、この本は英語版もできるのだ。そっちのできがどうなるかのほうが楽しみ。
 なお、ブルース・マウのコンセプトでこしらえたそのインフォメーションセンター「ZONE」は、とりあえず箱ができた段階だけれど、高速道路の橋桁をレンズ状の窓でゆがませて積極的に見せていて、なかなかおもしろいのである。
付記:その後、ブルース・マウはなんか六六開発からフェーズアウト。一部関係者とそりがあわなかった、というようなことらしいのだ。(2002/11)

『山形道場』イーストプレス、2001)
山形道場
 なんか急にいろいろ話が……
と言ってる間に出ちまいました。個人的には、焦点がぼけているかな、という気はしなくもない。「新教養主義宣言」でかなりめちゃくちゃな文章をいろいろ集めたあとなので、こんどはもっとしぼった本のほうがいいな、という感じだったから、社会経済関連のを中心にと思ったんだけれど、実際には連載の山形道場もテーマがいろいろだったし、「浅田の壺」の話なんかも入れるうちにちょっとしぼれなくなった。それをなんかまとまりつけようとして書いた序文も、まとまりきらず。でも、この手の文って、優柔不断な部分があとから見ると妙に深みがあるように読めたりするから、最終的なアレはわからないけど。

『Linux 日本語環境』(Craig Oda, Stephen Turnbul, Rob Bickelと共著、オライリー、2000 年 6 月) サポートページ
Linux Japanese
 あやしい本。日本語利用についての本なのに、どうして著者のうち日本人がおれ一人なのじゃ。難産の末に書き上げたはいいが、中身を吟味しすぎて古くなってて RedHat4.2 や TurboLinux 1.4/3.0 の話とかしてて、必死でアップデートするうちにむきになって、ありとあらゆるソフトを自分でコンパイルしないと気がすまない人のためのマニアックな本になってしまった。あと、コミュニティ重視。できるだけ、開発者をちゃんとクレジットするのが方針。これまでの本はその点いい加減すぎて、フリーソフトがそこらに生えてるみたいな書き方だもの。
 付記:ubuntu を入れたのを機に久々に見直したが、執筆から 7 年もたつと、もう当然ながらかなり古びていて、歴史的価値しかないなあ。もちろんすべて自分でコンパイルしたい人はまだ多少使える部分があるかもしれないが。でも出た当時はよい本だったな、とわれながら思う。共著者たちはいまは何をしているのかなあ。(2007/8)

『Entropic Forest』(Heiner Schiling と共著、2000)

 これまたアレです。でも、出版社の状況がいろいろつらいようで、だから通常の意味での単行本としては出ないかも。2000 年 6 月前半に、横浜美術館とヨコハマポートサイドギャラリーでハイナー・シリング展をやるので、そのときのカタログとしては刊行されるんだけど。まあしゃあない、かなぁ。
 というわけで、2000 年に出ました。なかなかかっこいい仕上がりでわたくしは満足。ただし、結局鹿島出版会からの刊行は見送られて、カタログとしての販売のみ。だから入手先が限られている。ハイナー・シリングもかなり喜んでいました。この先もいっしょにやろうぜ、ということになって、まずはかれの写真に出ましたが、どんな具合に出ていることやら。"I need a very nice Oyaji" と言われて出たんだけど……(おっさんが女便所覗いてるみたいな写真になってやがった。さらになんと、その写真がドイツ政府のアート支援プログラムで買い上げられて、ベルリンの国会議事堂に数年後には飾られるんだって!!! ぎゃはははははは!) あと、この本は、かれの写真が最初にあってそれにあわせて文を書いたんだけれど、逆をやってみようということで、こっちがいろいろ文を書いてそれにかれの写真をつける、とかいうのをやってみるべ、と言っているのだが。はやく文を書かねば。

『新教養主義宣言(ぬるぬる)』晶文社、1999) あとがき
Slashing Ideas
 仮題だけど、自分では「ぬるぬる」にしたい。こういう完全にふざけたわけのわからないのか、恥ずかしいくらい明るいのにしたい。でも、自分の本の題名も自分では決められないとは知らなかった。参考意見が出せるだけなのね。書き下ろしを、と言われていたんだけれど、挫折。雑文集になってしまいました。
(99/10/12 付記:タイトルが決まらなくて(晶文社はタイトルにこだわるんだって)発売延期が続いていて、これでは年内刊行も危うい! と焦っていたとこで、やっとタイトルを決めてくれたんだが……『新教養主義宣言』だって……つまんねー、生硬ぅー、だっせー、かっこ悪ーい、遊びも余裕もかけらもなくてやだーこんなのー、おれなら本屋でこんなタイトルの本、ぜーったいに手にも取らないぞー、でもここでつっぱったって刊行が遅れるだけでつまんないし、もうどうでもいいや)

……しばらく見ていたら、なんか前ほど気にならなくなって、このタイトルでもいいか、と思いはじめてしまいましたよ。ま、いいのかも。たぶんスマッシング・パンプキンズなんていうバンド名も、最初はまぬけにきこえただろうね。中身がよければ名前のイメージも変わるのだ(ちなみにだからぼくは、差別語自主規制ってのは無意味でばかげてると思うのだ。)12月3日あたりに店頭公開予定! でもあたしゃその頃インドネシアだ。(99/11/15)

……というわけで、出ちまいました。刷り部数が少ないので、まだ流通が限られてるようですが。もうタイトルは完全に慣れて、さらに「教養ってかえって新鮮でいいかも」というご意見も聞いて、なんかこれでもいいなという感じ。図にのって反響ページ、つくりましたです。(99/12/10)



訳書など

うにゃうにゃある成功したような革命家の伝記(2024.05)
CheGuevara
 おー。左翼独裁者の伝記シリーズ (個人的に) でこれがきましたか! すばらしい。 (2022.04.13)

ジョージ・オーウェル一九八四年(2023.04)サポートページ
1984
 言わずと知れたオーウェルの名著『1984年』。ずっと昔から手はつけていたが、ぼくが『動物農場』を訳したときに新訳も出たし、ならばいいかと放置しておいたものの、新年の誓いを一つくらいは実現しようと思ったのと、ピンチョンの解説読んでもう少しいうことあるだろうと思ったのと、そのチェックで新訳版を読んでちょっと気に入らなかったのとで、一気に仕上げました。フリーで公開していたら、単行本にしてくれるというところが出てきたので、フリー版の扱いがどうなるかは不明。本はイラストも解説もずーっと充実させる予定ではあります。 (2021.10.30)

うにゃうにゃApple II(2024.04)サポートページ
AppleII
 AppleIIを中心として現在の技術発展を見るというもの。The Code の視点に近いが、さらに技術に暗い人ですべて書き直したくなるうえ、「ベンチャー資本家がアップルに投資したのは、その技術的可能性に注目してではなく、商業的可能性に注目したからなのだ! よってシリコンバレーは技術発展ではなくお金儲けにより発展したのだ!」なんてことを、なんか目新しいことでもあるかのように得意げに書き連ねていて、いささかゲンナリ。が、がんばります。 (2024.01.02)

ヨハン・ノルベリTHE CAPITALIST MANIFESTO(NewsPicksパブリッシング、2023.04)サポートページ
THE CAPITALIST MANIFESTO
 さらに以前の続きで。題名を見た瞬間に中身は想像がつくと思うけれど、その通りの本で、あいかわらず非常にしっかり書かれていて危なげない。みんなが考える疑問点もちゃんとフォローしているし、がんばってサクサク訳します。 (2023.12.30)

うにゃうにゃある宗教団体(2022.12)
Soka
 なんでぼくがやるのかよくわからないが、ぼくでないと、なかなかヤル人もいないのでは、という感じの本。ビビっているので、監修者に入っていただきます。 (2021.10.30)
 始めたらかなりすばやくできた。著者も質問にすぐ答えてくれたのはありがたい。これを訳すため、一応この教団の小説仕立ての聖典も一通り読みましたわ。その意味では手間はかかったが、内容はかなり平明だったし、また最初に恐れていたような、関係者の逆鱗に触れそうなとんでもない暴露話や糾弾はなく、その意味ではちょっと拍子抜け。最初にビビっていたようなもんではなかった。2022年3月頭に脱稿。
その後、いろいろあったとのことで刊行が遅れているうちに、過去長いこと公式の場に姿を一切見せなかった教祖様の死去が正式に発表されてしまい、どうなるんでしょうか。

ケインズ『新訳 平和の経済的帰結』(2024.01)日本語版サポートページ
ケインズ『新訳平和の経済的帰結』表紙
 そろそろウクライナ戦争後の話も見据えねばならない。まず戦闘が止まる形がどうなるかわからないし、勝ち負けなしでどこかで膠着状態で終わる (朝鮮戦争のように) 可能性も高いが、そうでない可能性もある。その場合、どうなるか?ロシアに賠償させて復興費用ぜっぶおっかぶせて、というのをやりたくなるのは人情ではある。が、いまの国際的につながったグローバル社会では、相手が賠償のために財政黒字を捻出するには、輸入を止めねばならず、するとこちらからの輸出が止まってしまい、むしろこっちにとって害が大きくなるよ、というのはどうしても考えねばならないところ。その意味で、これを今見直しておくのは重要かもしれない。同時に、経済復興を重視したケインズ的な見方は甘く、ナチスの台頭をみすみす許してしまったという見方もある。もっと地政学的にドイツを封じ込めてつぶすべきだったのか? それをロシアに適用するとどういうことになるのか? 戦後のブレトンウッズ体制とグローバリズム拡大&サプライチェーンの伸張は適切だったのか? いま読むと、いろいろな論点が出てくる本だとは思う。 (2022.04.13)

マーガレット・オメーラ『The CODE シリコンバレー全史』(高須正和と共訳、2023.12)日本語版サポートページ
TheCode
 昔似たような名前の本をやったがそれとはまったく別物の、シリコンバレーの歴史についての本。ハイテク系の技術的な発展を中心に据えたシリコンバレー史に対して、技術に必ずしも明るくない歴史学者が書いた本。基本的な主張は、シリコンバレーは第二次世界大戦及び冷戦時代の軍事投資の産物であり、軍事予算が研究費として半世紀にわたり大量に流れ込んできた結果、その恩恵を (政府関係の学者の暗躍によりお手盛りで) 受けたスタンフォードと、地元の巨大軍需企業だったロッキード社がもたらした技術屋のプール、そしてその安定した軍需を前提にリスクがある程度は抑えられていたベンチャー資本家たちによって成立したのだ、というもの。主張は確かに1960年代まではその通りなのだけれど、1970年代末のパソコン時代の到来以来、半導体もコンピュータも完全に民生主導となり、軍事とのつながりを強調する本書の主張がどんどん尻すぼみになるのが残念。さらに、同じようにお手盛り予算をもらい、軍需の恩恵をさんざんうけてきたボストン/ルート128はなぜシリコンバレーになれなかったのか、という話がこれでは説明がつかないのも残念なところ。歴史は一回限りで偶然に左右されるし、そうすっぱり答が出るわけではないのは承知しているが…… その他技術おたくとしては顔をしかめる誤解があちこちに見られるのはアレだ。が、一方でまさに非ハイテクおたくの視点であることが重要な本ではある。 (2023.12.13)

山形浩生編 ウラジーミル・プーチン談『プーチン重要論説集』(2023.09)
PutinHisWords
 プーチンの論文や演説を集めました。クレムリンのサイトに掲載されている演説その他はすべてクリエイティブコモンズで公開されており、商業利用も無問題なので、勝手に訳して勝手に本にしております。プーチンには一銭もいきませんのでご心配なく! 様々な報道で、プーチンの発言の様々な言葉尻だけをとらえてあれこれ言っているものがあまりに多いし、彼の発言がその時代や状況とともにどう変わったかもこれまでわからず、もどかしい思いをしていたので、自分で訳して勝手に作っていたところ、単行本にしてくれることになりました。 (2022.04.13)
最初のころは比較的開明的な君主を演じており、エリツィン時代のぐだぐだを見ているので、まずは強権的にでも国の体制をしっかり保ち、経済的に復活させるべきだという明確な方針を持ってやっていたのはわかる。そして、独裁制は独裁者にしがらみが少なくてまともなうちは、かなりうまく機能するので、プーチン支配下のロシアでも特に2000年代半ばくらいまではそれがあてはまっていた。だがその後、プーチンが待望していた「ロシアが『対等』な場に立つ」という話が、「かつてのソ連時代と同じ、アメリカと対等な地位をオレによこせ」というもので、それに対して実際の (特に西側から見た) 身の丈は、「あんた経済的にも国力的にも、ポルトガルとかそのくらいじゃん、アメリカはおろか英仏独と並ぶのもおぼつかないよ、身の程知らず」というものであるという齟齬があらわになってきてしまった。就任直後は、自分たちがいかに低い地位かというのはきちんと認識していたんだが、頑張る中で誇大妄想と被害妄想がだんだん加速してきたのは、演説その他を見ると明らか。同時に、アメリカがかなり身勝手で空約束ばかりしてきたのが、その妄想発展に貢献してきたのもまちがいないところ。でも「対等」という認識のずれのおかげで、どっちも相手が不当だと思ってるというのが悲しいところではあり……
単行本時には、エリツィンの辞任演説やメドヴェージェフの演説その他、プーチンが直接言っていないものは除いた。あったほうが流れは理解しやすかったかも。あと写真類も入れられなかったのはちょっと残念。が、的は絞れたかな。あと、黒井文太郎氏との対談で客観的な視点を入れてもらえたのもありがたかった。(2023.09)

ピケティ資本とイデオロギー (森本正史共訳、みすず書房、2023.08) 本家サポートページ日本語版日本語版サポートページみすず書房ページ
capital_ideology
 うわー。きました。一応続編。しかも、前のより長いって。でも前回みたいにせかされることはない……かな?
 その後、2021年半ばには一通りあげて二校まで行ったんだが、チェックするうちに手を入れる必要が生じて手間がかかっています。編集も、大量に脚注が使用されているのがグラフの多い本書では日本語でうまく組めず、一部の脚注などは本文に入れ直すなど、日本語の本として読みやすくするための様々な処理も行い、時間がかかりました。すみません。
 内容としては、格差の社会正義理論的な捉え方とでも言おうか。あらゆる格差は、その時代と地域におけるイデオロギー=言説の産物である、というのが基本的な主張。そのために、貴族社会の強制労働の分析やインドのカースト制度とマヌ法典がイギリスの植民地主義に与えた影響とか奴隷制とかジェンダー問題とか、あらゆる格差はナントカ主義のせいだという話になり、よってナントカ主義を変えればいいのだ、ということになる。それは確かにその通りではあるんだが、その一方でそうそう簡単にナントカ主義が変わるはずもないし、個人的には首を傾げる議論が多い。そしてあらゆる時代において、とにかく累進課税がいいのだ、というだけでは、うーん。力作ではあるんだが、クルーグマンも指摘するように、手を広げすぎるあまりまとまりに欠ける面はある。

ハスケル&ウェストレイク『無形資産経済:見えてきた5つの壁』(東洋経済新報社、2023.06)
RestartFuture
 無形資産などをもとに、経済再起動しましょうか、という話。同著者たちの、経済の無形化とそれに伴う経済構造の変化を述べ、それに対する処方箋を述べた本となる。個人的には、前著についての不満がほぼそのまま残る。コロナの最初のあたりに書かれた本で、台湾や韓国や中国がロックダウンでうまくコロナ対策できたとか、変な専制主義大望論みたいなのに鼻白む部分もあるが、それ以上にやはり前著と同じで、無形資産は競合他社に真似されるから、たとえば社員への研修を控えるとか、ソフトウェアの導入を控えるといった変な話がたくさん出てくるのにまったく納得できない。一部の研究開発にはそういう面もあるかもしれないが、それをあらゆる無形資産に拡大はできないでしょう。市場の規模が一定なら広告宣伝費への無形投資は打ち消しあうから無駄だ、とかいう話も、そりゃ市場が一定だと仮定すれば無形だろうと有形だろうとそれは同じだ。ということで、何が珍重されているのか今一つ納得できないところ。 (2022.04.13)

フィリップ・ショートプーチン(上):生誕から大統領就任まで』『プーチン(下):テロから戦争の混迷まで(守岡桜共訳、白水社、2023.04-06)
Putin1Putin2
 なんともすごいタイミングでやってきた、この伝記。最初の最終稿があがってきたのが、なんと2022年2月半ば。初稿では最終章が引退に向けての見通しだったのが、いまやそれどころではない状況となり、次々に加筆改定がくるのを逐次反映していろいろ手間でした。著者はプーチンにかなり好意的というか、アメリカが彼を押しやった、という描き方をしたがるため、訳者としては議論に賛成できない部分も多いが、8年にわたる徹底した調査の成果は十二分に出ている。 (2022.04.13)
 邦訳では、原著のその後の加筆を反映させ、最終的に原著のペーパーバック版に向けた改訂を全部反映させたものとしている。その後もウクライナ戦争の行く末は不透明なままで、いろいろあるが、著者も現時点で一区切りつけておかないと、いつまでたっても出ないということで、2023年2月時点の状況までが反映されたものとなっている。2023年中に何かあれば、最終章をあらためて追加する可能性も……あるのかな。2023年6月のプリゴジンの乱で、その可能性が垣間見えたか、と思ったが…… (2023.06.30)

ランジェイ・グラティDEEP PURPOSE 傑出する企業、その心と魂(東洋館出版、2023.02)
drug
 ビジネスやるにしても、単なる儲けではダメで深い目的がほしいよね、という話。個人的には、最初は利益を度外視して社会のために貢献せねばならず、儲けにさしさわらない範囲で社会貢献するのはご都合主義のインチキだ、と言いつつ、後になるとそれがかけひきとして立派なことだと述べたり、自分の信念を押しつけるのではなく説得すべきと言いつつ、取締役会で自分のパーパスに賛成しないやつをすぐにクビにして決意をしめしたのをほめてみせたり、成功した会社がパーパスを使っていたから自分は正しいと言いつつ、パーパスを使って成功しなかった会社はどのくらいあるかに触れないとか、個人的にはあまり感心しない本ではあるが、これが重要だと思う人もいるのだろう。 (2022.04.13)

マーティン・トーゴフジャズとビートの黙示録 人種、ドラッグ、アメリカ文化(森本正史と共訳、日本評論社、2023.04)
drug
 いろいろ音楽系とビートとドラッグっぽい話と、ちょっと懐かしい感じのいろいろ。2022年10月脱稿。 アメリカのジャズシーンが、各種ドラッグと切り離せなかったこと、そしてそのドラッグやジャズが、アメリカのビートなど対抗文化の成立にきわめて重要な役割を果たしたこと、一方でその政府による弾圧がそうした世界を歪めていったことを、ビリー・ホリデイやバード、バロウズやケルアックやキャシディなどの生涯を通じて描き出した本。
 ドラッグのおかげで各種ミュージシャンがすごい音楽を創り出した、というのをほめ、アメリカのFBI、特にハリー・アンスリンガーが猪突猛進で、ドラッグの害、特にマリファナの害についての話をどんどん捏造してドラッグを弾圧したのを、大した根拠もない不当な取締だったと糾弾する一方で、最後のほうではそのミュージシャンたちがドラッグでボロボロになり悲惨な最期を迎えた話を描いて、だったらFBIが勇み足をしてでもそれを取り締まったのは正解ではなかったか、と思わせてしまい、そしてこんな本を書いておきながら「このミュージシャンたちのドラッグ利用にばかり注目せずその音楽の偉大さに目を向けるべきだ」なんてまとめてみせようとするとか、視点の定まらない本ではある。が、視点がふらふらするからいろんな見方がまがりなりにも入った面はあり、うーん。 (2021.10.30)

ヘレン・プラックローズ&ジェームズ・A・リンゼイ『「社会正義」はいつも正しい――人種、ジェンダー、アイデンティティにまつわる捏造のすべて』(森本正史と共訳、早川書房、2022.11) 訳者解説
cynical
 批判と言っていたのがいつのまにか単なるいやみになってることって、よくありますよね。その変遷と背景を描き出したもの。フェミニズム、インターセクショナリティ、ジェンダースタディーズ、コロニアルスタディーズ等々、各種のポリコレ系思想がいかに異様なものかをきちんと説明し、それが60年代ポストモダン思想からどのような経路で発達してきたかを説明した、とてもよい本。批判的な観点の全面否定論として書かれている本だが、主要な論者や議論のまとめは適確で、たぶん実際の得たいの知れない意味不明のポモ文を読むよりもずっと理解しやすいはず。なお、当初は販促用に訳者解説が公開されていたが、何か圧力がかかったらしく、削除されて、なんだか変なお詫び文が早川書房から出された。具体的にどんな抗議/恫喝があったのかは、山形は知らないし、尋ねてもいない。こういうのはたいがい、当事者が非常につらい/こわい思いをしていることが多いので、責める気にもならない。いつか、何があったか話してもらえることもあるだろう。 (2021.10.30)

マシュー・サイド才能の科学(守岡桜共訳、河出書房新社、2022.06)サポートページ
bounce
 かつての『非才!』の再刊。サイドの他の本が結構人気だというので、それに便乗したもの。いま読むと、その後のサイドの原点ともいうべき本であることがわかる。『失敗の科学』『多様性の科学』『キミはすごいぜ!』のテーマはすべてここに納められている。
 その一方で、彼が依拠していた1万時間理論や、そのもとになっているエリクソンの研究についても批判は出ていて、練習量だけですべてきまる、というほど単純なものではないし、やっぱすぐにうまくなる人はいて、才能みたいなものもあるんじゃないの、という考えがだんだん出てきたことについては解説で言及。でも、いい本だと思うので、読んでほしい。あと、柏書房版では編集者の趣味で、かなりぼくの感覚にはあわない表記などを強いられたけれど、それもなおした。

谷淳『ロボットに心は生まれるか』(翻訳協力、福村書店、2022.06)
robot_mind
 非常におもしろい本。結局、行動というのは頭で意思決定してそれを身体に伝えるのと、そのときに「こうすればこうなるはず」という予測が生じるのに対して「いや、実際の世界はこんなんでっせ」という末端からのフィードバックとがある。この両者が一致すればハッピーなんだが、いつも一致するなら何も必要ない。でも、それがずれたときのすりあわせのために意識が出てくるんだ、というのをロボット実験で示したもの。うーむ、つまり人生というのはそもそもが思い通りにならずに悲しく苦労するよう運命づけられているということですね。リベット実験の解釈とかも、とてもおもしろい。2020/08半ばに脱稿。もともと英文だったものを全訳したが、著者がその後、ご自分でかなり直して加筆もされたとのことで、本当は山形が名を連ねるのはおこがましいところ。 (2022.04.13)

ジョノ・ベーコン『遠くへ行きたければ、みんなで行け ~「ビジネス」「ブランド」「チーム」を変革するコミュニティの原則』(高須正和訳、山形監訳、技術評論社、2022.04)
PeoplePowered
 ソフト、サービス、各種活動は、それを支えるコミュニティがますます重要になってくる。それはフリーソフトのような開発者にとどまらず、ファン、支援者、その他様々なレベルにまたがる。ふんぞりかえってケチつける利用者にとどまらない、積極的に製品を応援してくれて様々なインプットを提供してくれるコミュニティはどう作り、どう維持して発展させるべきなのか? 最初はソフトっぽい話かと思って読んでいると、だんだん権限移譲と信頼、明確な評価基準、失敗を成長につなげる方法など、もっと一般的な組織管理運営と、中間管理職の心得集みたいなものになっていくので、ちょっと面食らう一方で、あらゆる組織の抱える課題とその対応は同じなんだな、という感じでもあるのがおもしろい。
 高須さんが自分で見つけて自分で訳したのを、ざっと目を通して修正し、それをもとに最終的に高須さんが確定させる形でやった。だから決定的に解釈をまちがえているところはないはずだけれど、最終的な表現は高須さんのもの。 (2022.04.13)

ヨハン・ノルベリOPEN (オープン): 「開く」ことができる人・組織・国家だけが生き残る(NewsPicksパブリッシング、2022.04)サポートページ
open
 以前の続きで。世界はよくなっているという話だった前著から、どのようにしてよくなるのか、そしてそれを阻害するものは何なのか、という話の整理。締め切りを忘れていてトッカンで片づけましたが、内容的には非常に共感できるもので、やっていて楽しかった。基本的な路線は、自由放任に近い市場原理主義的な発想をもとにしつつも、それがある種の縁故主義に陥ったり利権やナショナリズムに陥るのはよく理解していて、一方で統制主義的な左派もそうした別の利権や別のナショナリズムに囚われていることも指摘。オープンな可能性をどう維持するか、という話。書き方も前と同じでとてもすっきりしていて、並行してやっている別の本に比べて清涼剤。 (2021.10.30)

シモン・ストーレンハーグ『ラビリンス: 生存の迷宮』(グラフィック社、2022.05)
labyrinth
 以前の続きで。前は、ストーリーはどこまで本当なのか、どこまで子供の単なる空想なのかわからないように構築されて、いまの世界の裏にある別の並行世界がちょっとユーモラスに描かれていたし、ちょっと陰惨そうな現場も読者の想像力に任されている部分が大きかったけれど、今回は本当に救いのない話になっていてちょっと意外。短いので数日であげました。 (2021.10.30)
その後、ちょっと出版社の都合で出るまでに間があいたら、ウクライナ侵攻が起きて何やらストーレンハーグの世界が一気に現実味を帯びてきた。最初は、ずいぶん暗い話に思えたけれど、出るのが遅くなったおかげでかえって時代風景にマッチした面もあるのがおもしろい。 (2022.04.13)

メーリング『21世紀のロンバード街』(東洋経済新報社、2021.10)
newlombard
 前から好きだった本で、三月末にコロナで鎖国される前にすべりこみでインタビューしたのを機に、出版社に話してみたら、出すことになってめでたい。基本は決済の話で、普通は表に出てこないところ。普通は、100円のものを買うときに100円を出せば取引は成立する。経済学でもファイナンスでも、そこのところは当然となる。でも各種決済は、それが必ずしもそうならない。昨日までは成立した取引が今日は成立しない。経済学では、過去の資本蓄積が今日の価値を創る。ファイナンスは将来キャッシュフローが割り引かれて現在の価値になるので、未来が現在を作る。でも決済は、現在が現在の価値を創る。そして金融危機は、その現在の取引が崩壊することで生じる。いろんなものの現在の価値をだれも決められなくなることで取引が止まる。そして中央銀行のいまの (2008年金融危機の)仕事は、資産を断固として買うことで、資産の価値の基準を作り出すことでもある。この観点から、2008年金融危機を読み解いて、中央銀行の新しい役割を説明したおもしろい本。ちなみにこの話をもっていったら、その編集者経由でなんかNHKに話がいって、紹介したら、すぐにコロナ危機下の経済の話で登場、いちばんまともで中身のある話をしていて、紹介した身としてはとても得意。(2020.4.20)

ジム・マッケルビー『Innovation Stack』(東洋館出版、2021.10)
square
 IT関連で起業した成功例の記録、という本。発端でアマゾンに攻撃を受けたんだけれど持ちこたえて、いったい強い起業を成り立たせるのは何なのか、それを確実にするための仕掛けとは何なのかを考え、そこから他の起業家たちの事例を見て、似たような構造が見られることを指摘。
 かなりページ密度が薄いし、文体がギャグまみれでサクサク翻訳が進み、実際に始めてから二週間であげられた。なかなか波瀾万丈の人生の人なので、結構楽しいエピソード満載だし、読んでいてとても楽しいのはまちがいない。日本支社の人たちはみんな買ってくれるんですよね! 2020.12.10に脱稿。

ゲーリー・ウィルソン『インターネットポルノ中毒:やめられない脳と中毒の科学』(DU BOOKS、2021.03)
netporn
 ネットでポルノばかり見てるとダメだよ、という本。開始して二週間かからず全訳した。非常におもしろいが、ポルノ中毒から離脱した人の体験記を訳しているのは、「おれ、アナニーから獣姦ビデオに走ってさあ」みたいなのが大量に出てきてかなりゲンナリ。ネットポルノでオナりすぎて普通のネタではいけなくなり、どんどん過激なネタに走る連中の話だらけ。ある程度まで行くと、嫌悪や違和感と性的興奮が区別つかなくなるってことだそうだが、ノーマルな子がゲイポルノばっかり見るようになって悩む一方、ゲイの子が「女の出るポルノでしかイケなくなった!おれは実はノーマルなのかも!」と悩む話とか、笑ってイイやら。ちなみにこれは笑い事ではなく、いまのLGBTウェーイな世界だと、ゲイが「実はノーマルかも」と言うと裏切り者とか自己否定とかいじめられてものすごく大変なので、笑い事ではないそうな。そういう、さりげない記述とかも結構おもしろい。著者は、ポルノ肯定/ポルノ中毒否定の性科学者とかにいろいろ嫌がらせされて大変らしい。2020.12.22 に訳了。

うにゃうにゃ『民主主義の改革』(2021.6)
netporn
 現在の民主主義が、本当の意味での代表政治になっていないことを述べ、その改善方法について検討した本。

ロバート・シラー『ナラティブ経済学』(東洋経済新報社、2021.07)
narrativeecon
 予告が出たので、名前出しましょう。シラーの議論としては、アカロフとの共著の拙訳『アニマルスピリット』や『不道徳な見えざる手』に続くもの。人は経済合理性だけで動くものではなく、いろんな気分に左右される、という話ではある。そしてその気分を示すのが、その時代のナラティブや物語だ、という。これはシラーが『根拠無き熱狂』時代から考えていた話ではある。根拠ない部分を動かすのは、そのときの流行りの物言いや言説だというわけだ。
 ここからこの本は、言説をグーグルNgramsなんかでいろいろ見て、ほらビットコインが急に無根拠な人気を博したときに、ビットコイン関連のナラティブも増えているぞ、だからビットコインの流行りはナラティブのせいだ、といった主張をする。でも、挙げている事例のすべてに共通することなんだけれど、ナラティブが増えたのはビットコインの価格がいきなり高騰したからだ。もちろん、そのナラティブを見て「お、ビットコインってのがあるのか」と思って手を出した人はいるだろう。でも、その因果関係をうまく切り分けられないとダメでは? さらにビットコインが高騰/暴落した実需面での要因がいくつかある。キプロスの預金規制や外貨規制とか、中国の禁止令とか。そういう影響が値動きをもたらし、それがナラティブ変化を招いた部分は大きい。その実需面を一切見ないで、グーグルの検索履歴だけで物を言うのはあまりに不用意では?2020.12.02に脱稿。

デイヴィッド・リンチ『夢みる部屋』(フィルムアート社、2020.10)
roomtodream
 おお、これもくるとは。がんばりまーす。まったくむずかしいことはなく、ひたすらおしゃべりで進むので、すらすらやり、3月半ばから初めて500ページを4月20日には終えました。コロナ自粛で外にあまり出ないので、他にやることがない影響も大きい。子供時代の話とかはきわめて面白く、リンチの変人ぶりが浮き彫りになっておもしろいんだが、最近になってくるとどんどん普通になってきてしまうし、インタビューを受けているのが取り巻きたちばかりで、絶賛しかしないので目新しさはどんどんなくなるんだが、まあそういうものか。ところで日本では『ツイン・ピークス』の復活シリーズは『ツイン・ピークス:リミテッド・イベント・シリーズ』となっているけれど、どうしてこんな題名になったんだろうか? 2020/03に訳了。著者が題字を書くというのでどうなることかと思ったが、きちんと書いてくれた。

ジョフリー・ウェスト『スケール』上巻下巻(早川書房、2020.10)訳者解説
scale
 うわー、なんかきました。たまってるの片づけねば。ものすごく分厚い本で、基本的にはべき乗則の本とサンタフェ研の宣伝。書き方が、関係代名詞と関係節でどんどんつなげて文章をやたらに長くするもので、日本語にするときにはきわめてやりにくい。また、パラダイム的枠組みとか、課題として提示された問題とか、同じ意味の言葉を無意味に繰り返し、それが文、節、章レベルでも見られるという、ある意味でフラクタルな文体になっていて、少し悩む。中身としては、人間がなぜ死ぬかとか、都市と企業のちがいとか、非常におもしろい中身もある一方で、べき乗則にとらわれすぎてあまり納得できない部分もある。でも、様々な分野を統一的に考えて新しい知の体系を作れそうなところは非常にワクワク。2020/06/18訳了。

ポール・クルーグマン『ゾンビとの論争』(早川書房、2020.07)訳者解説
zomibiefight
 おお、これもくるとは。がんばりまーす。原著予定が伸びたようで、こっちもいつになるかなあ……と思ったら原著が2019年末にできあがったので、がんばってやります。ただ、内容的に古いコラムを集めたものとなっていて、前半はアメリカのはるか昔の年金改悪失敗やオバマケアをめぐる攻防に関する話、後半もアメリカ政治の内幕話ばかりになっている。日本人としては、20年前のアメリカの聞いた事も無い政治家がトンチンカンな発言をして云々と言われても、いささかピンとこない。そしてあらゆるものが、自分の支持しない政党の陰謀のせいだということになっていて、気候変動ではかのマイケル・マンの、データもモデルも公開できず再現性もまったくないホッケースティックが偉大な成果だと思っているし、どうも解せない。トランプ勝利は詐術とフェイクニュースによる、というんだけれど、なんだかんだ言いつつその人気がそれなりに長く続いていることについては、共和党のあくどい手口、というだけではそろそろ説明しづらいし、民主党側がなぜ支持されないのかというのを一切考えないのはいいのか? そこから目を背けるために共和党陰謀説にしがみついているような印象すら受けてしまう。コロナ自粛が強まった2020年3月半ばに脱稿。

マシュー・ハインドマン『デジタルエコノミーの罠』(NTT出版、2020.11)
nettrap
 ありがちなインターネット警世の書かと思っていたが、訳して驚愕。そんなヤワな本ではなく、実証ベースで、インターネットの幻想をことごとく打ち砕く、すごい本だった。ネットが新興企業のブルーオーシャンとか、どんなガレージ企業も明日のグーグルになれるとかいう妄想はそろそろ捨てろ、という。ネットは物量がモノを言う。1ミリ秒の読み込み速度の差が利用者の粘着性に大きく影響するので、そのためのサーバー、光ファイバー投資、ソフト投資、デザイン投資できるところが必ず勝ち、そして勝ち組は多くのユーザからの多くのデータを集めることで、各種試験や対照実験でも有利になり、とにかく規模の経済が効き過ぎる。グーグルとかネット企業が設備のないバーチャルな存在だと思うのはおよし。あいつらハードもソフトもすさまじ投資をして設備を山ほど持ってるよ、と。だからネットのトラフィックの1/3は、グーグルとフェイスブックが独占してて、他の産業なら許されないほどの超独占産業になってるんだよ、そしてそれはちゃんとネットの経済原理に基づいているけど、みんなヒッピーまがいのネット幻想に未だに酔ってるから、それが見えなくなってるのよ、という。
これをきっちりモデル化したうえであれこれ説明し、結論は当然ながら、これはもう古典的な自然独占なんだから、GAFAには遠慮無く独禁法ぶっかけて規制分割せいよ、いまさら変なインターネット自由平等妄想なんか有害無益よ、というもの。そしてジャーナリズムは、ネットでみんな自由に情報発信とかいう妄想を未だに真に受けてるけど、特に地方紙やそのサイトなんか読むやつだれもいない。立派なこと言ったってだれも見ないメディアなんかメディアじゃないだろ! まず読者増やす手だてをグーグルなんかに学べよ!うーむ。
 とにかくいろんな意味で驚きの本。同時に、牧歌的なインターネットはすでに終わっていることを、文句なしに論証するこわい本。ちなみにその中で、マイクロソフトの自然言語解析の話として、百万語くらいで学習させてるとアルゴリズムにより成果に大きな差が出るが、一億語くらい学習データを喰わせると、もうアルゴリズムの差なんかどうでもよくなる、というのが登場する。そうなのか!!!(だから新アルゴリズムをひっさげたグーグルキラーが明日にも登場するような幻想は抱くなよ、ということです)。2019.10.12、台風のさなかに脱稿。

シモン・ストーレンハーグ『フロム・ザ・フラッド』(グラフィック社、2020.01)
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 また画集のアレです。『ザ・フラッド』の直接的な続編。70年代スウェーデンの公共ビッグプロジェクトが、サッチャリズムの80年代、90年代になって浸水。それが民営化の世界の中で人びとの想像力と奇妙な相互作用を果たし……著者自身のノスタルジーを全開に、と思ったけれど、著者の年齢からして直接のノスタルジーなのか、それとも計算でやってるのか、ちょっと見えない部分があるのがおもしろいところ。楽しいシリーズでした。

ハスケル&ウェストレイク『無形資産が経済を支配する:資本のない資本主義の正体』(東洋経済新報社、2020.01)
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 いまの経済は、ますます無形資産に傾いていて、企業投資の相当部分は研究、デザイン、開発、市場調査、ブランド、研修、組織ノウハウなどに向けられているが、それが現在はすべて経費扱い。長期に収益を生み出す源になっているのに資本化されておらず、財務諸表でも国民会計でも捕捉されていない。今後経済を正確に理解するには、そうしたものも把握しなくてはならない。そしてそうした無形投資の重要性が高まると、経済も変わる、という本。
 国民会計でのこうした無形ソフト資産の扱い変化といった部分はおもしろいが、それにより経済がどう変わるか、という話になると、かなりボロボロ。というかひどい。無形資産は、他の人が真似するかもしれないから、それを恐れてみんな投資しなくなる、というんだけど、他の人が真似するからうちは研修しません、というところがあるの? 他が真似するからうちは製品のデザインしませんとか? 店舗マニュアル作りませんとか、組織改革しませんとかいうところがあるの? 他の人が真似して利益を得ても、自分が利益を得る邪魔にはならない、というのが知財の基本的な特徴でしょう。ファーストムーバーもあるし、真似される前に早く投資するのだってあるだろう。
 また、なんだか「経営」というのについてまったくわかっておらず、経営では権威が大事で、だから権威があるやつの給料が増えるのは自然だ、というんだけど権威って属人的にあるわけじゃなく、組織内の力関係とかでしょ? その他おかしなところだらけ。無形資産のごく一部のものにしか当てはまらない話を全部に適用して、いたるところ変になりまくりで、しかも浅い事例の一般論ばかり。うーん。こういう不満を訳校の中にやたらにぶちこんだら、山形に訳者あとがきは書かせないという判断になったようです。二週間ほどで仕上げ、2019.07.01脱稿。

シモン・ストーレンハーグ『ザ・ループ』(グラフィック社、2019.11)
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 また画集のアレです。前回の本で、読者の一部が読解力のなさをぼくの翻訳のせいにして非常に残念だったこともあって、今回はきちんと解説をつけました。著者の作品がすべて、未来ではなく過去が舞台となっていること、そしてそれが著者の、未来的に見えて実は20世紀後半へのノスタルジーの表明でもあることについてと、冷戦時のスウェーデンの位置づけとかいろいろ書きました。Amazonのオリジナルシリーズにもなった。ちょっとちがう趣向だけれど、この本の感じをそこそこうまく残していてよし。

エドワード・スノーデン『告白:スノーデン自伝』(河出書房新社、2019.11.02)訳者ボツ解説
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 なんでしょうねえ、これは。急にきまして急ぎです。名前を言ってはいけないそうですが、おもしろいんだけれど、すでに他の人が書いた本もそこそこあり、子供時代の想い出や細かい話を除けばすごい新しい事実がわかるわけではなく、映画を見れば (ある程度の脚色はあるけれど) だいたい中身が把握できてしまう。三週間ほどで終えました。当初、7月半ばに世界的な発表があるのでそれまでは秘密とのことだったけれど、それがズルズル遅れて、結局発表前にこちらの翻訳が終わってしまった。2019.07.26脱稿。
 ということで、本国で出たので解禁になったエドワード・スノーデンの自伝。上に書いたようなえらい秘密主義が鼻につくなあ、何も目新しい秘密なんかないし今さら文句いうやつもないよ、と思っていたら、なんと原著は発売翌日にアメリカ政府から訴えられる。こりゃ確かに、刊行前にわかったらどんな横やりが入ったかわからない。決して過剰な警戒ではなかったということで、ちょっと己の不明を恥じた次第。キューバで校正して9.25に羽田からの帰り道に駅で手渡し (スパイみたいだなあ)。解説は、半分くらいネットセキュリティの薦めです……と思ったら、ネットに事前公開した時点で日本のだれかがスノーデン側に「disrespectfulな解説だ」と告げ口して、削除せよとの指示がきたので、解説はありません。10月半ばに校了。

フィスマン&ゴールデン『コラプション:なぜ汚職は起こるのか』(守岡桜共訳、慶應大学出版会、2019.10.19)
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 その通り腐敗の話。もちろん汚職的な腐敗ね。トピック別入門書シリーズ(『チャイニーズ・エコノミー』も入ってるやつ)の一冊で、非常にわかりやすい汚職の話。まああたりまえだけど「みんな正義に目覚めて汚職はやめましょう」というだけでは問題は解決しない。汚職(というより賄賂を払う) のが好きな人はいないのだ。だから重要なのは、そういうみんなの普通の意見をどういうふうに出すか。みんなもいやがってるぞ、というのをうまく一斉に出さないと、なかなか成功しない。概観としてはわかりやすく、処方箋はいささかジェネリックではあるけれど、まあ仕方ないよね。いきなり汚職を消し去る手法なんか出てきたら、そのほうが驚く。ということで、まったく新しい知見はたぶんないだろうけれど、それでも汚職をめぐる主要なデータ源、経済成長との関係、政治体制との関係といった様々な、みんなが一度は考えたことのある各種視点が満載。それを一ヶ所にまとめて全体を俯瞰できるようにしてくれたのが手柄、かな。2019.06.22に原稿は仕上がり。なお、原著サポートページがいつまでたってもできないので聞いたところ、少し待て、といわれて半年以上たってから、やっぱ作らないことにした、とのこと。仕方ありませんなあ。

アダム・トゥーズ『ナチス 破壊の経済』(森本正史共訳、みすず書房、2019.08)訳者解説抜粋
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 文字通り。し、しかし長い! 時間かかってもいいと言われていますが、そろそろ片付けねば。というわけで、2018年後半に頑張って片づけました。上の『ピケティ以後』と並行してやっていたが、あちらの論文のトホホぶりに比べると、明解、目からウロコなこといろいろ、中身がとにかくおもしろくて、分量は多かったし中身も陰惨だけどとてもたのしいもの。ユダヤ人殺さなきゃ、という一派と、いや労働力足りないから殺すのやめようよ、というまぬけな論争とか、その妥協案で出てきた、じゃあ働かせてご飯をあげずに殺しちゃえば一石二鳥! と思ったら、ご飯をあげないとあまり働けないんだけどどうしようと悩むとか。シュペーアも、ホロコースト知りませんでしたとか言ってたけど、どう考えても嘘だよねー。発見多いっす。2019年1月23日、キューバにでかける直前に脱稿。その後も、長い本ですのでゲラの直しに結構時間をかけました。最後に戻したのは6月頭。

エリスン編『危険なヴィジョン』123(一部作品のみ山形訳、早川文庫、2019.06-08)
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 伝説の、と言って知ってるあなたはお年寄り。1960-70年代の英米SFの画期ともいうべきアンソロジーの全訳。ハーラン・エリスンがそこそこ売れているので、こいつもそのノリで今度こそ出してしまえ、ということらしい。サンリオSF文庫でも予告が出たんだっけな? ハヤカワでも第一巻だけ出て立ち消え。今回は、三ヶ月連続で一気に出すので立ち消えはなさそう。山形は、第一巻はフィリップ・ホセ・ファーマーの長いヤツをやって、ほぼ第一巻の半分くらいはぼくのおかげ。第2巻、3巻は、短いのを二つずつやったくらい。正直、どれも「奔放な想像力や未来への視点」と言っているのは、そのときの短期トレンドをまっすぐ伸ばしただけなので、みんなフリーセックスしてドラッグやりまくって、といった話になっちまいます。時代を超える想像力、構想力はむずかしい。どれも2019年4月くらいに片づけた。

ストーレンハーグ『エレクトリック・ステイト』(2019.06) 翻訳についてのコメント
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 画集の付属ノヴェラみたいなもの。VRを介した神経ネットワークが、戦争でのドローン操縦目的のために発達し、それが民生に転用されて多くの人がつながった結果、次第に巨大集合知性を形成しているらしき時代に、荒廃した現実社会を旅する女の子と、そのVR接続の弟の話みたいな。いい感じの話です。
 で、アマゾンでいろいろ訳に不満が出ているんだけど、もともとそんなに明解ではなく、ほのめかされる内容からいろいろ状況を想像しなくてはならないし、その意味で読者にも考えることを要求するテキストで、さっと読んでわかるようにはできていない。さらにもう一つ。ぼくの翻訳は、クラウドファンディング版をもとにしているのだけれど、その後商業版がでたときに、実は一文だけ加筆されている。それを山形がなんか意図的に削除したかのような濡れ衣が着せられているけれど、そういうことではない(ついでに、それを指摘してくれたレビューの他の部分はちょっとまちがってる……もとい、そうとは断言できないもの)。加筆部分については、著者側とも相談のうえ、増刷分からは訳も追加することになりました。そこらへん、詳しくはこちらの説明をご覧ください

山形編訳, サマーズ、バーナンキ他『景気の回復が感じられないのはなぜかー長期停滞論争』(世界思想社、2019.04)サポートページ
secularstagnation
 世界の経済学会で流行った長期停滞論を、その発端からまとめた論集。なかなかおもしろいよ。ただ出るまでに時間がかかり、まとめていた当初は「長期停滞に一気にケリつけないとヤバいぜ」という感じだったのが、トランプ政権になって景気がいいような悪いような、長期停滞論がすでにあてはまるのかそうでないのかわからない状況になって、こう、ビシッと結論出ないのは、まあ仕方ない。

ジョセフ・L・バダラッコ『マネージング・イン・ザ・グレー ビジネスの難問を解く5つの質問』(丸善、2018.10)
gray
 そう、かのFifty Shades of Gray の続編をついにやることに……というのはウソです。マネジメントでは、白黒はっきりしない部分での決断をしなくてはならないが、それをマネージャとしてまちがいなくやるために考えるべき、古来の叡智から引き出された5つの質問があるのだ、という本なんだが、個人的にはマネジメント本の常として、言わずもがなのことを浅い哲学や文学からの引用で飾り立てたものになっていると思うし、5つの質問も大変ジェネリックな上、最後には自分の心に訊いてみろ、という話になって、あまり感心しなかった。それと、例えば「ヒトは社会的動物であることを、古代の賢人も宗教も進化論も発見している、だからグレー領域の決断も自分の社会性に注目して〜」と言うんだが、別にヒトが社会的動物だというのは、学問で調べたらわかったことではなくて、見ればだれでもわかること。それを前提に、宗教も哲学も進化論も、なぜ社会を持つのか、どんな社会を構築するのか、というのを考えてきたわけであって、社会的生物であること自体は、そうした思索の結果ではないんだよねー。その手の思想や理論の前提と結果とが区別されておらず、苛立たしい場面がいろいろある。2018/07/13脱稿。

ティム・オライリー『WTF経済』(オライリー、2019.02)サポートページ
WTF economy
 そういう本です。かの動物銅版画表紙のオライリー社創始者が、自分がオープンソースやウェブ2.0に注目するに到った考え方を語り、それを元に人工知能とかフェイクニュース問題とか、失業や格差問題とかいろいろ述べた本。経済に関しての話は少し怪しいのと、あとなんだか知らないが、オバマ政権はあまり好きではないらしく、ときどき文脈と関係ない変な揶揄が入ってくるのはアレ、という感じではある。全体にテクノ楽観主義で、フェイクニュースもAI検出で解決とか、公共調達もオープンソース的開発手法で解決、といったあたりは、なかなか。失業や格差問題でも、現状の働き方にあった報酬体系を考えるべきで、いまの状態をそのままアルゴリズム化したらひどい部分がさらにひどくなる、というのはその通り。もちろんオライリーといえど、決定的な格差問題解決法なんかわからないんだけどね。あと、オライリー社の台頭が、UNIXのsed/awkを活用した編集と、おそらくは組み版などの本の制作プロセス短縮によるイノベーションによるものだったというのは大変おもしろい。

デロング他編『ピケティ以後』(森本正史、守岡桜共訳、青土社、2019.01)サポートページ
afterPikkety
 題名通りの本です。これは立場上、ぼくたちが責任持ってやらざるを得ますまい。えらく時間がかかりましたが、それは中身がいささか…… 訳者あとがきはいまでもかなりきつい書き方になってますが、元はさらに激怒のかたまりだった。寄稿者の多くが「ピケティはXXがない!」と断言するものは、しばしばドーンと何十ページも割いて出ていたりするし、XX学はもっとこの分野でははるかに成果あると述べたのほとんどは、「え、ピケティはそのくらいのことはきちん検討してますが?」というものばかり。XX学、ダメじゃん。経済学も、マイケル・スペンスとかがホントひどいし、徒労感かなり多し。そこらへん、編者もチェックしなかったのかしら、という感じ。成立経緯とかももう少しきちんと書いてくれてもいいのでは、とか不満はかなりある。

コトラーet al.『コトラー 競争力を高めるマーケティング』(丸善、2018.7)
asiamarketing
 そういう本です。が、2016年に出た本なのに、書いてある成功事例がその2016年にはすでに撤退していたとか、いろいろ困った本。その事例でもそうなんだが、すぐに「卓越した顧客サービス!」「顧客に感動を与える高度なサービス!」とすぐに言うが、やっぱそれには費用がかかるはずなのに、費用面の言及が一切ない。その撤退事例も、本書で誉められている顧客のわがままなんでも聞きます的なサービスの持ち出し費用が大きすぎて続けられなくなった(親会社が辛抱しきれなくなった)というのが問題だった。費用面を一切無視してこういう話をして意味があるんだろうか? またSNSとかを活用しようというのが大きなテーマではあって、あまりマーケティングは好きではないけれど、この内容を見て昔訳した『ゴンゾー・マーケティング』は実はとても先駆的だったのだなあ、と思い出した次第。2018年1月末に脱稿。

フランクファート『真実について』(亜紀書房、2018.6)
on truth
 成り行きからしていつかやりたいと思っていたが、本当に仕事になるとは。すばらしい。もともと、『ウンコな議論』の後追い本として出てきたもの。ウンコな議論/おためごかしは、真実というものをまったく意識しない点でウソよりひどい、という主張に対し、「真実なんかないからそんなこと言っても意味ないよー」というポモな揚げ足取りに怒ってフランクファート先生がお書きになったもの。真実がなぜ重要か、という話を「だって真実とかないと、橋とかできないし病気とか直らないぜ」というあまりに当然の話からはじめて、それが人間自身の本質(とかれが考えるもの)にとっても不可欠だ、というところまで進める。薄いけど、おもしろい本です。

ノルベリ『進歩: 人類の未来が明るい10の理由』(晶文社、2018.04)サポートページ
progress
 内容は文字通りで、ロンボルグやリドレー的な話。はじめたらサクサクで、2017年11月末脱稿。最近では、ピンカーもほとんど同じ内容の本を出しているし、それ以外にもいろんな人がこの種の本を出しているし、バカなリベラルのお題目重視サヨクリベラリズムに対する反発がどんどん出てきている感じ。こうした健全な考え方が本来は主流であるべきだとは思う。

ブリュックネール『お金の叡智』(森本正史共訳、かんき出版、2018.04)
wisdomofmoney
 ヌーヴォーフィロゾーフという、フランスポスト構造主義の連中の後で出てきた人の一人。結局フランスのポストモダンって、かっこつけた左翼集団のアームチェア反文明主義者がほとんどだったわけだけれど、それに対する反動で、比較的左翼主張には冷笑的でありつつも、一方で完全にそこからぬけきれないどっちつかずな感じの人が多かったとは思う。が、正直いってベルナール・アンリ=レヴィとか、蓮実重彦が罵っていたこともあってあまり読まなかったし、大した論者ではないと思うけれど、でも決してまちがったことは言っていないとは思う。この人も、そういう感じの論者。
 フランス語からの重訳になるので、また何か言われるとは思うけれど中身は軽い感じのエッセイで、お金はいろいろ問題もあるけど結構使えるいいもんだよ、という内容。一方で、金持ちの奢侈批判とかも入れて、バランスを取っていると考えるべきなのかな。安易な現代文明批判をくさす、という著者のこれまでの著作の流れ通り。2017年9月に脱稿。

パトリック・ロスファス『キングキラー・クロニクル 第2部 賢者の怖れ』123、4,5,6,7(ハヤカワ文庫FT、2018)
wisemansfear
 原作が出るのが 2009 年春。それ以前に原稿はもらえると思うけれど、どうせまたとっても分厚いだろうし、翻訳があがるのは 2009 年秋口か冬って感じでしょうか。
 と書いたけど、原作が一向にあがってこないんですけど……(2009/7) (その後2011年にあがってきたけど、長すぎ。PBで千ページ超ってなんですのー。単語数を数えたら、前巻が25万語に対し、今回はなんと40万語! またもとの出版社の担当者も辞めてしまい、特に売れたわけでもないので続きをやる気はなさそう。ついでに、三部作のはずが2015年になっても第三部が出ていない…… というわけで、われわれがこれをやる可能性はほとんどない。もちろん、商業的にやれというならやりますけど……と思ったら、2016年になって版元がかわり、商業的にやれって。おおおお。)
 一巻では主人公は、好きな子の手も握れない奥手で、それなのに出てくる美人はみんな主人公に色目を使って、それなのに主人公はそれに気がつかないという、まあラノベにありがちな設定。ところがこの巻が出るまでに著者が結婚して子供まで作ったせいか、後半にエロ妖精と出会ってそれからヤリまくりになってしまうという……これっていいのかなあ。また第3部は2018年は絶対ない、と著者が断言。2019年もどうかなーという感じらしい。すでにテレビシリーズと下手をすると映画化もありそうとのことで、それにあわせての刊行になるのはほぼ確実。人気出て売れてほしい……
 (付記) なんと2020年8月に、アメリカの編集者が「第3巻は1語も見せてもらっていない! たぶんこの6年くらい著者は何も書いてないはず!」とフェイスブックに爆弾投稿。著者は、ものすごい厚さの初稿プリントアウトを自分のブログに挙げたりしていて、かなり進捗していると信じていたファンを始め多くの人は驚愕。

キャス・サンスティーン『スターウォーズによると世界は』(早川書房、2017.11)
worldaccordingtoSW
 えらい学者のファンブックと言うべきか、かれの理論入門というべきか。でもなかなか楽しい……と思いつつ、なんだか物足りない。スター・ウォーズはほんのつかみでいいから、かれの理論をもっと解説してほしかった。SW の次回作『最後のジェダイ』公開にあわせて出したいとのこと、つまり 2017 年クリスマスまでですな。ということは脱稿は秋くらいでいいか。2017年8月半ばに脱稿。ちゃんと『最後のジェダイ』までには出ました。サンスティーン自身は、あまり『最後のジェダイ』はお気に召さなかったらしゅうございますが、その理由も本書を見るとわかる部分もあります。なお、表紙の生き物はフォースの先生ではなく、なんでも著者の似顔絵らしいですぞ。

キャス・サンスティーン『命の価値』(勁草書房、2017.12)サポートページ
value life
 上のSW本を書いたえらい学者の、本業の本。SW本に喜んですっかり忘れてました。いそいであげます。内容は、著者がオバマ政権で規制の審査をやっていた頃の話で、費用便益分析の問題を指摘しつつも、やっぱ費用便益分析がいちばんだ、という本になっている。ただし、みんなが恐怖にかられて不合理に動いた場合、そうした不合理な行動に対処するための費用は正当化される。というのも恐怖にも社会的費用があるので、無視しないほうがいいからだ。統計的生命の価値とか、支払い意志額とかに興味あれば。あと、『恐怖の法則』『最悪のシナリオ』のダイジェスト的な部分も大きい。夏に脱稿。

ワイス&ハサン『イスラム国』(亜紀書房, 2018.1)サポートページ
isis
 イスラム国の成立、アルカイダとの関係とその後の分裂など、非常に詳しく成立までの経緯を述べ、特にイランの活躍(悪い意味で)について詳しく書いている。いろいろ難しいんですねえ。2016.04.04 脱稿……と思ってゲラが戻ってきたときにチェックしたら、なんとまさにその4月に増補改訂版が出ていて、しかもその中身が六割増しになっている! 時事ネタだから古いほうでいくわけにもいかず、加筆部分の作業を行うことに……やってみたら、新しく追加された章はこれまでの章のそれぞれ倍はあり、既存の章もやたらに加筆がおおくて、全部でもとのやつの倍にはなっている!うひー。2016.12.12に本文完了。夏になってゲラがきた。初校、二校を経て解説まで全部終わったのは2017年10月末。実物が届いて、そのあまりの分厚さに戦慄しております。

チャールズ・ウィーラン『MONEY』(守岡桜と共訳、東洋館出版、2017.12)サポートページ
naked money
 「裸の」シリーズのつづきで、だから邦題はホントは『お金を丸裸にする』にしたいと思ったけれど、出版社が別のところになってしまったために、あまり関連性のない邦題になったのはちょっと残念ながら、まあ仕方ないことです。オヤジギャグは健在で、ジャネット・イェレンを映画化するときに主演がアンジェリーナ・ジョリーって、ちょっと古いのでは……オヤジ趣味にしてもスカジョにしてほしかった。が、本題の内容では、かなり面倒な概念をうまく説明しているし、また日本のアベノミクスに関する世間の標準的な評価がよくわかる(非常に肯定的です)という点でもいい感じ。ぼくはこの裸シリーズの中でいちばんできがいいと思う。2017.04.07 に本文と注脱稿。

フィリップ・K・ディック『去年を待ちながら』(ハヤカワSF文庫、2017.9)サポートページ
nowwait
 前の訳がことさら悪いわけではないが、やるなら改善。ブレードランナー新作にあわせて出したいとのことで、2017年夏前にあげねばなりません。小説としては、普通のディック。個人的には『アンドロ羊』に近いんじゃないかと思う。虚構に惑い、人工物に勇気づけられ、そして最後に主体性を取り戻す…… ただ構成はまずくて、前半ほとんど何も起きず、最後の3章ほどであわてて展開し、いろいろ説明してオチをつけるという。ディックのモチーフはいろいろ出てくるし、また最悪の奥さんと離婚すべきか悩む主人公が、当時のディックの悩みそのもので笑える面はあるし、その分切実さが漂う。2017.05.17 脱稿。

伊藤穣一&ジェフ・ハウ『9プリンシプルズ』(早川書房、2017.6)サポートページ
whiplash
 こちらも少し急がんと……と思ったので急いだ。なんと二週間で脱稿。おれってすげー。インターネットですべてがかわり、組織もこれまでの上意下達のピラミッド構造ではなくなり、未来も予測できないからいろいろ数打ちゃ当たる式でやってみるのがよくて、古い組織はもうダメで、世界は一大変革の中にあり、イノベーションはますます加速していて、という本。2017年1月12日に実質的に開始して、注まで1月31日で終わらせた。あと、謝辞が延々6ページにも及んでるのには閉口。いろいろ因縁のある伊藤穣一の本なので、ちょっと感激もあります。2017年6月末に刊行。プロモーションとかいろいろ考えたので遅くなった面あり。

アカロフ&シラー『不道徳な見えざる手』(東洋経済新報社、2017.5)
phishing
 大物二人組の本なので、ネームバリューはある。が、内容的にはぼくは少々うなずけない部分も。ペテンや詐欺は自由市場の裏面なのだというんだけど、そんなことない。人類以前から生物世界はダマし合いの連続で、その中で少しずつ信頼を高める仕組みを構築してきたのが人間であり、そのいちばんの成果が自由市場だ。この基本的な認識の転倒で、全体的に頭が痛い。それに、本人が後で後悔する選択はすべてだまされた押しつけの結果なので、ダイエット失敗も食品会社と広告会社の陰謀、おもしろそうなガジェットを買って結局寝かしておくのも自分の責任ではなく資本主義の奸計、というのはちょっと言い過ぎではないだろうか。著者たちは本当に、これを考えるための理論的な枠組みをまともに持っているんだろうか? 2016.09.27 本文脱稿。10月初頭に注も脱稿。

ハバード&パーシュ『入門 オークション』(NTT出版、2017.4)
auction
 まさに題名の通りの一般向け解説書。ぼくも勉強になっておもしろい。ただ数学的にぐちゃぐちゃやらずに一般向けの説明だと「なーんだ、必勝入札法とかないのぉ?」といういけずうずうしい読者の要望にはなかなか答えきれないのはつらいところ。オークションにはいろいろ種類があるのはわかった。ヤフオクその他で使われるいろんな戦術も、決して無意味ではないこともわかる。でもそれ以外はいささか「あたりまえじゃないの?」という印象になってしまう部分はある。経済学ってみんなそうだと言ってしまえばそれまでなんだけれど。ただ、その含意をきちんと考えると現実のオークションの戦略にも十分使えるように思う。
 年内に上げるはずだったのにイスラム国本で時間がとられてあっぷあっぷです。なんとか2017年上旬で脱稿。各種のオークション用語は、どうも定訳がないものが多くてアレだが、えらい監訳が入る予定なのでこれはまったく心配していない。ちょっと不思議なのが、若い著者なのに、英語に癖があるというか古いというか、obtainを何かが生じるという自動詞で使ったり、さらにはincentiveを動詞で使ったりするので、最初はかなりめんくらったこと。特に後者は、読んでいて英語の構文が一読して理解できず、ギョッとしてしまった。2017/01/12脱稿。

パトリック・ロスファス『キングキラー・クロニクル 第1部 風の名前』12345(ハヤカワFT文庫、渡辺佐智江+守岡桜 共訳, 2017.03-05)サポートページ
風の名前文庫表紙
 内容については昔のものを参照。白夜書房がかなり張り切って出したけれど、そんなに売れなかった模様だが、いろいろな思惑で早川書房が文庫化とのこと、不労所得万歳!でもゲラが来て分厚さにゲンナリ……。でもつづきもあるし、がんばるぞ! 全部で5巻構成になるとか……

オーウェル『動物農場』(ハヤカワ文庫、2017.01) サポートページ
animal farm
 オーウェルの傑作。これがくるなら、次はハックスレー『すばらしき新世界』が……と思ったら、それは同時に大森望がやっていたというからオドロキ。伊藤計画『虐殺器官』映画公開記念でのディストピア特集とのこと。
 実はこれがきたのが、アニメ版の『動物農場』を見た直後だったので、あまりの偶然に驚いたほど。アニメ版は CIA がお金を出して創らせたプロパガンダだったので、この改訳話もまた CIA か NSA の暗躍か、とも思ったけれど、それはそれで当方は関知しないところだし、最近はそういう高尚なプロパガンダはしないよねー。解説にも書いたけれど、これまでの訳がまずいから訳し直したわけではない。いままでの訳も、どれもきちんとしたもの。もとがそんなに難しいものではないし、オーウェルはほのめかしに頼る、悪い意味での「美文家」ではないもので。非常に明快です。一応、ソ連とかスターリンとか知らない人のために、ロシア革命小史もつけておきました。また、オーウェルの序文二つも同時に収録。2016年11月末に脱稿。

クルーグマン、オブストフェルド、メリッツ『国際経済学』(貿易編金融編合本版)(丸善、2016.12) サポートページ
interecon
 おー、立派な本がまわってきました。ゆっくりやるつもりが、いろいろ押せ押せになって、しかも出版予定がもうフィックスされているとかで突貫工事でやるはめに。7月5日にやっと脱稿。うひー。その後8-9月に初校、またオンライン補遺も訳してサポートページも作成。9月末に二校。本当に10月中に間に合うのか……と思ったら12月に伸びた。このスケジュールは死守された模様。しかし、我ながらよくこんなものをやったよな。送られてきたとき、その分厚さにめまいがいたしました。守岡さんも体調を押してがんばってくれて、たいへん助かりました。ここ10年ほどで、ユーロをめぐる環境も激変し、かつては世界のお手本と思われていたのが、やっぱ理念先行の経済的な実態にあわない歪んだ仕組みだということで評判も地に落ち、それをきちんと当初から指摘していた本書のえらさはきわだつ。ついでにリーマンショックも起きたしあれもありこれもあり、すでに定説になったものを似たり寄ったりの書き方で書いていればいい、年寄りの手すさびみたいな教科書とは雲泥の差のすごい本です。

エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(鹿島出版会、2016.10)
gardencity
 かの歴史的名著の改訳版。プロジェクト杉田玄白に入っているやつ。不労所得ばんざい! そっちとの兼ね合いで、少し物言いがつきましたので(一物二価はよくない、とのこと。ちがうものだと思うんだけど)、こちらの商品価値を相対的に上げるための各種工作を実施。あんまり心配しなくてもいいと思うんだけどなー。しかしこれを訳す際にハワードのことを改めていろいろ解説用に調べたけれど、本当にたたき上げの素人なんだね。発明が趣味でいろいろやっている中で田園都市も出てきて、それがまた当時の社会改良の気運の中でいろんな他の運動ともつながっていた様子はおもしろい。そして、実際に読んで見ると、これに対するジェイン・ジェイコブズの悪口はあまりに不当だと思う。理論書でもあり、思想書でもあり、理念の本でもあり、同時に投資家に向けての red herring でもあるという、よくいえば多層的、悪くいえば発散気味の本で、しかもアマチュアの常として、次はないだろうと思って何でも詰め込んだ本ではあるけれど、でも名著だと思うし、世界を本当に変えた本の一つなのはまちがいない。

フランクファート『不平等論』(筑摩書房、2016.9)
oninequality
 似たような名前の本がいっぱい出てきたが成り行き的にやらねば。格差にばかり注目することは、他人との比較にばかり目を向けることになり、自分に本当に必要なものは何かを虚心に考える機会を奪うので有害である、というのが基本的な主張で、人が格差を問題視するとき、本当にみんなが気にしているのは貧困であり、また敬意の欠如なのだ、という確かにナルホドではあるが、現実的な適用を考えると重箱の隅ではないか、という気もする議論。うんこ本と同じく短いのでものの数日であがる。2015/10/16に脱稿。でもその後、ウンコな議論と同じくながーい解説を書けと言われて苦慮。が、もちろん書きました。やはり、自分の感じていた違和感については少し書いたけれど、一方で哲学なるものの役割を改めて教えてくれる立派な本だとも思う。

ワグナー&ワイツマン『気候変動ショック』(東洋経済、2016.8)
climateshock
 気候変動怖いという本だが、高度な理論を背景にしているのに必要以上にレベルを落とし、軽口レトリックに頼り過ぎたおかげでロンボルグがくさした恫喝本に見えてしまうのはちょっと残念。それと、ジオエンジニアリングに対する警戒がやたらに強く、だれもやろうとしていないのに反対しているのが、非常にアンバランス。でもワイツマンの理論の紹介としては他にないので、その意味では貴重。かれの理論は、気候変動はロングテールの(お望みならブラックスワン型と言ってもいい)リスクだから、割引率は思いっきり下げるべき、つまりはその被害をものすごく大きく見積もって、そのためにあらゆる犠牲を払うべきというもの。いろんな不確実性を割引率にぶちこむ手法で名を上げたけれど、無限大のリスクがある、という理論を本当に真剣に考えるべきかは、やっぱ経済学者の中でも議論があるところ。でもいずれワイツマンがノーベル賞を取ってくれるんじゃないかと期待はしているので、それでまた不労所得が入ってくることを期待して……2015.12 脱稿。2016年7月にゲラ、同8月に解説と校了。

アマルティア・セン『インドから考える 子どもたちが微笑む世界へ』(NTT出版、2016.8)
firstboy
 ネタがインドっぽいが、著者の思想がよく出ているエッセイ集。インドの子供の栄養状態が悪い、小学校教育なんとかしないとダメ、インドで今幅をきかせてるヒンズー至上主義みたいなのはやめてくれ、多元主義が重要、というのがしつこいほど繰り返し出てくるけれど、かれの『正義のアイデア』とか『経済開発と自由』とか『アイデンティティと自由』とか、主著の主張がわかりやすいエピソードに乗せて簡潔にまとめられているので、非常に有用だと思う。あと、最初の著者の半生記みたいなのとか、バグワティとのけんかでも出てきた「だからオレは経済成長大事って昔から言ってんの!」の説明とか、明快。本人の9月来日に間に合わせたいとのことで少し急がされまして、2016年4月末に脱稿。2016年6月にゲラ、同7月に校了とあとがき。

ディック『死の迷路』(ハヤカワSF文庫、2016.5)
mazeofdeathhayakawa
 昔、創元文庫で出ていたもの。不労所得ばんざい! かつては凡作だと思っていたけれど、いまにして思えば、かのパイク主教とのつきあいの話とかも含め、実は後年の宗教がかった方向への転換として、かなり重要なんじゃないかと思うようになった。

ウェイド『人類のやっかいな遺産』(守岡桜と共訳、晶文社、2016.4)
troublesome
 進化しないと資本主義できないかも——ホントにそういう内容の本なんです。人間が、各地でちがった進化をとげたというのは事実。そしてもちろん、それは各地の環境にあわせている。そして文化や制度が、人間の持つ認知機能に基づくものである以上、文化や制度、それに基づく経済発展も、人間の各地での進化に左右されている可能性はある。それは確かに著者の言う通り。そしてこれまで、そういう議論をすると人種差別につながるということで、必要以上にそうした可能性の探究は避けられてきた面がある——それも事実。でも、じゃあ具体的に経済発展や民主主義に適した遺伝ってなんですの、と言われたら、そんなのだれもわからない。可能性があるというだけで、あとは「か?」をつければどんな怪しい説でも好き勝手に言えばいいってもんじゃない。東スポじゃないんだからさ。可能性のおもしろさに流されて、持つべき慎重さを棄ててしまって変なことになっているのはもったいないな。おもしろい分野ではあるんだし。

アンソニー・アトキンソン『21世紀の不平等』(森本正史と共訳、東洋経済新報社、2015.12)
inequality
 ピケティにあやかって、格差がらみの本。ピケティよりずっと政策的には地に足がついております。なかなかおもしろい。やっぱり、格差っていろんな要因で出てるからいろんな取り組みをしようぜ、ということ。累進課税を強化して相続税も復活しようぜ。公的な資産の再構築もがんばろうぜ。ベーシックインカムみたいなのもやろうぜ。そして特に、子供の処遇が悪いと将来的な成長や課税ベースにも禍根を残すし、児童手当を強化して、しかもしれをお母さんに主に渡すことでジェンダーギャップにもとりこもう。そして最近の流行は、各種給付金のために資力調査とか所得調査をやることなんだが、これ政府も受け取る方も手間がかかりすぎるし、このためにもらうべき給付金をもらえてない人も多いから、一律であげて、そのかわり所得税の対象にしようよ、そしたら高所得者はどうせ給付もらっても課税されるだけだし、手間が減る分楽でしょ、というわけ。イギリスに偏る記述だけれど、他でも応用可能だと思う。2015/09/28 脱稿。

マイケル・ヘラー『グリッドロック経済:所有権の細分化は経済の首を絞める』(森本正史と共訳、亜紀書房、2018.09)
gridlock
 えーと、読んで字のごとしの本。みうごきとれるようにするにはどうしたらいいのか、とかそんなお話。2008 年の本だが、途中にいろいろ割り込んできて、訳をあげたのが 2010 年 7 月になってしまった。すみません。7/8 脱稿。
 本の内容は、至極ごもっともで、所有権を細切れにしすぎると、それを使おうという段になって合意するのがやたらに面倒になって、ごね得が発生し、結局まったく使いようがなくなる。これは地上げでも知的財産でも相続でもそうだ。だから財産を分けるときにはそういうことにならないように考えようぜ、それからいったんバラバラになった権利をまとめやすくするツールを作ろうぜ、というのはおっしゃるとおり。でも後半は、つまりは私権の制限につながる。それを納得いく形で実現する画期的な手法が提案できていないのが残念。マンション管理みたいに、多数決で決まったら少数派でも言うこときけ、というのを作るのも一案だけれど決定打とはいえない。もちろんこんな有史以来存在する問題にすっぱり答があるわけはないんだが、それでももう少し大胆な提案があればよかったのに、とは思う。
 でも脱稿して六ヶ月たつのに何の音沙汰もない……
 一年近くたっても何もないのでつついたら、「いままさにやってます」とそば屋の出前みたいだったが、すぐに赤の入った原稿がきて、本当に作業が進んでいたことがわかる。うれしやうれしや。……と思ったがまた止まっている……もう 2012 年は無理だけど、ホントに出るのか?? ……もう 2013 年も無理。こないだお目にかかったときは、やるやる言ってたけど…… 2014もつらそうだなあ……2016にはもう忘れられてるんじゃないか……音沙汰なかった。2017年も、まあないだろうなあ……もうあまりにかわいそうだから(ぼくも著者も)全文公開することにした。いまも意味のある本だとは思う。……と思ったら、2018年に商業出版の話がきました。全文公開は打ち切り。

カル・ラウスティアラ、 クリストファー・スプリグマン『パクリ経済』(みすず書房、2015.11)
copycat
 著作権や特許で知財をギチギチ縛るだけでは創造性は発達しないという本。従来の本は、縛ることによる弊害を分析し、縛ってもイノベーションが増えていないことを指摘することで知財批判を展開していたけれど、本書はむしろ知財保護が存在しないのに創造性が華開いている各種の分野をあれこれ分析する。ファッションも料理もコメディも、知財保護は存在しないけれど、でも創造性は大いに開花している。それはなぜ? なぜこうした分野はコピーが横行してもみんな創造を続けるの? これを分析した本。いろいろ訳した系列の本として、楽しく訳せました。内容がアメリカにかなり寄っているのが難点といえば難点。アメフトのフォーメーションとか、スタンダップ・コメディとかの話はどこまで理解されるか……
 2015/05/06 脱稿。当初、2015年10月に出る予定だったが、解説がぼくでは書けない(アメリカの話が中心だが、アメリカではフォントに著作権はないけど日本にあるとか、法解釈のちがいとか、かなり説明を入れる必要があり、専門家にお願いしないといけなかった)ために11月に。

フィリップ・K・ディック『ティモシー・アーチャーの転生』(ハヤカワSF文庫、2015.10)
timothyarcher
 『ヴァリス』『聖なる侵入』に続いてこれ。ヴァリスが枠組みを作り、そのホースラヴァー・ファットが『聖なる侵入』を書いたのなら、これを書いたのはわずかに正気が残っていたフィルの側となる。そしてその通り、本書はきわめて正気な普通小説となっている。これは本当に、ベイエリアのヒッピーインテリ崩れの女性モノローグなので、大瀧訳だとまったくよさが出ていない。あと、多くの人は前二冊の後で、かなり辟易して本書はまともに読んでいないと思う。でもディックが最後に見せた正気がこれ。そしてこれは、神学的な狂気に陥った人々を、悲しみを持って見守る女性の話。ディックで、女性が主人公の長編ってほかにあったっけ。そしてこれはある意味で、『ヴァリス』の釈議を、たわごととして毅然と否定し、本当の意味で現実を肯定したすばらしい小説。『ヴァリス』と『聖なる侵入』で多くのまともな読者はディックを見放し、本書はその続きだと思われてあまり読んでもらえなかった。一方で『ヴァリス』の神学談義で射精していた読者たちは、本書をなかったことにしている(大瀧啓介は本書について、非常につれない扱いをしている)。不幸な小説で、しかもそれは自業自得の面もあるけれど、でも死ぬ前に本書を書けたのはディックにとっても(そして以前の小説を支持していたぼくのような読者にとっても)たぶん救いだっただろう。

ホースラヴァー・ファット『聖なる侵入』(ハヤカワSF文庫、2014.05)
divine
 『ヴァリス』続きです。ぼくはポール・ウィリアムスがディックの発言として報じている、「これはホースラヴァー・ファットが書いたSFなんだ」という説明がいちばんしっくりくるように思う。だからこそ、妄想系全開で最後はリンダ・ロンシュタットといちゃいちゃ、という露骨な願望充足小説にもなっているわけだし。でもこの小説は、大瀧訳でもそんなに価値は落ちていないと思う。2014.06.15に一通り完成。

トマ・ピケティ『21世紀の資本』(守岡桜、森本正史共訳、みすず書房、2014.12)本家サポートページ日本語版日本語版サポートページみすず書房ページ
capitalin21c
 うぎゃあ、これやるの??!! 分厚い! すでにみすず書房から、2014年末に出るとの予告がアナウンスされている。うひー、二ヶ月であげなきゃいかんですか! もう少しゆっくり時間をかけるつもりだったが。
 しかし力作なのはまちがいないけれど、主張はきわめて簡単。各国で、富の格差は拡大してます、ということ。そしてそれが今後大きく改善しそうにないということで、なぜかというと経済成長より資本の収益率のほうが高いから、資本を持っている人が経済成長以上に金持ちになっていくから。その対策としてはもっと累進課税をしましょう、ということね。
 どう考えてもそんなに売れる本ではないし、アメリカで売れたのは局所的な現象だろうと思っていたら、なんと日本でもものすごい売れ行き。ありがたい次第です。

ヴィクター・ボクリス編バロウズ/ウォーホルテープ(スペースシャワーネットワーク、2014.08)
burroughswarhol
 久々にバロウズ。楽しそうだが、編者の自己顕示欲はなんとかならんか。「バロウズは女を射殺し、ウォーホルは女に射殺されかけた、このように両者は驚くほど共通点がある」とかいうんだが、それって苦しすぎです。また対談は、前に出た本の落ち穂拾いで、まともな会話になっていない部分も多い。でもその分、日常のうだうだした雰囲気は出ている面もあるし、あと写真がたくさんあるので、それが救いかなー。でも、本国で原本も出てないんだよな。どうなるんだろう。2012.10.24 脱稿。
 驚いたことに、すでにイタリア語版とかスペイン語版は出ていて、英語版もそろそろ出るとのこと。それにあわせて日本版も出すそうで。すばらしい。でも原題はその後さらに変わったが、日本版はもう古い題名のままで行きます。(2014.06)

チャールズ・ウィーラン『統計学をまる裸にする』(日本経済新聞社、2014.07)サポートページ
nakedstats
 いろいろたまってきた。下の経済学の本の姉妹編。2014.04.05 にあがり。統計学の基本的な考え方を、数式をなるべく使わずに、例え話などで概念的に理解させようという試み。ただし、例え話でむずかしい概念を説明しようとすると、往々にしてその例えがずいぶんわざとらしいものになってしまい、かえってピンとこなくなるという現象がよく起こるけれど、本書もそのきらいが一部あるのではないかと思う。しかも、オヤジギャグがひどくなっているのにはちょっと閉口です。タイトルは本当は『セキララ★統計学』にして、吉木りさのグラビアを使うといいなー、と思っていたのだけれど、さすがにそれは無理だった模様。

チャールズ・ウィーラン『経済学をまる裸にする』(日本経済新聞社、2014.07)サポートページ
nakedecon
 以前に出ていたものの新版。前のやつの邦訳はあまりよくなかったので、改訳はよいことだと思う。いろんな経済学入門の本はたくさん出ているので、その中でこれがどう特徴を持つかというと少し難しいところ。経済学全体の話をしようとすると、だいたい基本は、まず経済学とはインセンティブだ、みたいな話と、『クルーグマン教授の経済入門』以来、生産性の話をするのが基本になるかな。それがうまく合理性だけでは解決できない、といった制度や政治的な理由、ひいては政府の功罪みたいな話、貿易の話や財政の話、中央銀行の役割、といったあたりをだいたいカバーすることになる。本書もそれは踏襲しているので、ものすごく特徴があるわけではない。語り口が軽いのが特徴といえば特徴かな。でもなかなか説明は上手なので、おもしろい本ではある。2013 年中にあげるはずが、2014.01.17 までかかった。もっと早く出るかと思ったが、上の統計本とセットで出すことにしたみたい。

ダグラス・ケンリック野蛮な進化心理学:殺人とセックスが解き明かす人間行動の謎(森本正史と共訳、白揚社、2014.07)サポートページ
sexmurder
 セックスとか殺人とか、社会的と思われている人間行動もいろいろ脳科学や進化でわかることもあるという話。すでに散々言われているネタながら語り口で結構よませるし、悪い本だとは思わない。最後の、行動経済学の損失忌避というのも進化の過程で生じたもので、男にセックスのことを考えさせると消える、という指摘はすごくおもしろい。2013.10.06 脱稿。出版社の都合で 2014 年夏の刊行になるとか。2014 年 5 月にゲラがきて、6月半ばにだいたい直し終えました。

ケインズお金の改革論(講談社学術文庫、2014.07) サポートページ
一般理論
 ウェブにアップしてあるアレです。『一般理論』の後だと、スイスイで鼻歌まじり。また、訳していて気がついたことだが、既訳はすべて、原著の旧版を底本にしていて、『Collected Works』に収録されたときの訂正を反映していない。したがって今回がはじめての、新版に基づく全訳。それにしても、日本の全集に収録のやつまで、古い版のままだとはちょっと驚いた。もっとも、修正箇所は10箇所に満たないくらいで、それもあまり本質的なものではないから、いいと言えばいいんだけど。
 『一般理論』のときと同じくやはり大出版社だけあって、校正はすごい。原文と対照して徹底的にチェックをかけてくれている。ありがたい。2014 年5月にゲラ返送。同時に解説アップ。

フィリップ・K・ディックヴァリス(ハヤカワSF文庫、2014.05)サポートページ
valis
 いろいろたまってきた。久々の小説がこれですか…… すでに一部はウェブに上がっているので、興味ある向きはどうぞ。既存の大瀧訳があまりよくないと思っているし、特にディック周辺のラリったヒッピーくずれどもの情けないイカレた会話ぶりがまったく訳せていないのはひどいと思う。神学がかった部分も、大瀧訳は正反対になっているところも多々あるので、オカルト好きな人も改訳で恩恵を受けるのでは……とはいっても、オカルト系の人は別に論理的に文意をくみ取って理解したいわけではなく、大仰そうな感じにありがたがっているだけなので、たぶん大瀧訳のほうがよかったとかいう人はたくさん出てくるだろうけれど。
2013.12.16 に一通り完了。2014.04.09 に解説完了。

ヨシハラ&ホームズ太平洋の赤い星(バジリコ, 2014.02)サポートページ
太平洋の赤い星
 ちょっとぼくとしては畑がちがう本。中国が今後海軍にどんどん力を入れるだろう、という本で、これが出たすぐ後に尖閣での衝突が起こり、空母の発表があり、なかなか先駆的な面もあったと思う。その後中国がかなり海軍に力を入れて攻撃的になりつつある現在では、すでにこの次がほしいくらいの印象さえある。2013.09.15 脱稿。
 一応、戦略論なんだが、この本を読んでもやっぱりぼくは「戦略」と「戦術」の使い分けとかよくわからない。クラウゼヴィッツや毛沢東の「戦略」というのも、状況次第でどうにでもなる一般論のように思えるし。あと著者たちは、本書で毛沢東の戦略が云々と言うが、ぼくから見るとあまり戦略というものは考えて織らず、具体的な戦争や戦闘など、ぼくの考えでは戦術論に終始しているように思う。毛沢東に関してもかなり付け焼き刃。
 でも、2ちゃんねる系の嫌韓嫌中サイトみたいに、単発で空母がどうしたとかミサイルの性能が駄目だとか言っているだけでは話にならないのがよくわかる。ここを出発点に、現場にいる日本としてはもっと状況をきちんと理解して、建設的に考えていかないと。そのやり方を教えてくれる点で有益。ぼくも勉強になった。

サマセット・モームパーラーの紳士(刊行中止)

 サマセット・モームが。こんな本を書いていたとは知らなかった。主に活躍したのは第二次大戦前なので、形容詞を詩的に積み重ねるのが名文と思っていて、現代的感覚からするとかなりくどくて鬱陶しい文章。昔、大学の教養の講義で読まされたときもこの作家はあまり好きではなかったけれど、今回もなじめない。しかし、中身は旅行記で、しかもビルマやカンボジアやベトナムが舞台。現代との共通点や相違点、なかなかおもしろく読めた。同時に、あちこちに出るさりげない偏見や階級意識も興味深い。
 2013.04.25 脱稿。でも、その後出版社の方針変更で出ないことになってしまった。訳は全部できているので、拾いたいところがあればいつでもどうぞ。あと、2016 年になればモームの翻訳権は切れるので(正直いって、モームが 1965 年まで生きていたというのはびっくり)その頃にはネットに上がっているかも。……と書いたら、これって戦時加算の対象だから著作権は 2030 年近くまで切れないのか……

ダブニー&クラインこの世で一番おもしろい統計学(ダイヤモンド社、2014.01)
cartoon Statistics
 いろいろたまってきた。マンガですので、そこそこ速かったが、これまでの2冊よりは分厚い。基本的には、標本を元にした母集団のパラメータ推計の話と、信頼区間、それを使った仮説検定。中心極限定理とか、まともに証明なんかしてられないので、そういうのはブラックボックスにして、要点をうまく押さえていると思う。統計学はすぐに、細かい証明に入っちゃって全体がまったく見えなくなるのが脱落の大きな原因でもあるし。
 流派の問題もあるんだけれど、ぼくは素人の統計学は信頼区間とか面倒過ぎると思うので、回帰分析だけでいいと思ってる。信頼区間とかは、あまりきちんと理解しなくてもいいんじゃないかと……(というと統計学をきちんとやった人は怒るだろけど)。でももちろん、それを知っておくのは有用だし、その意味でいい本じゃないかな。2013.11.20 に脱稿し、瞬間で翻訳があがっているのに本が出ていない冊数が 11 冊に達した。

ロバート・J・シラーそれでも金融はすばらしい: 人類最強の発明で世界の難問を解く。(守岡桜共訳、東洋経済新報社、2013.12)
goodsociety
 ミシュキンとかの本、訳すべきだとおもうんだけどねー。これはミシュキンではありません。急ぐ本ではないと思って放っておいたら、著者がいきなりノーベル賞を取ってしまって大慌てで2週間であげる。しかし……
 正直言って、最初は目をむいた。シラーは、合理的市場の議論に対して常に疑問符をつきつけて、アニマルスピリットによる根拠なき熱狂が生じることを指摘してきた人物。だから今後の金融についても、重要だけれどきちんと規制をして用心しつつ進めろ、という議論が展開されるのを期待していたら、それがまったくない。とにっかうよい社会を実現するためには金融を民主化して、どんどんイノベーションを進めろ、だから規制緩和をしろ、あらゆるものを金融市場にして取引しろ、という。金融の適正な規制はどうすべきかとか、金融危機をもたらした金融業界の罪や信用回復手段については一切言及なし。
 なぜそうなるかまったく理解できなかったんだが、本書に加えて過去の本を読むうちにわかった。一般の人は、金融業界が今回の世界金融危機につながる不動産バブル(のもととなった不動産不敗神話)を煽ったと考える。でもシラーは、そのアニマルスピリットによるバブルが勝手にあって、金融業界はそれに応じただけだ、という立場を取る。だから金融業界は他のみんなと同じ単なる被害者で、責められるべきじゃない! 金融関係者のほとんどはいい人で、世の中のこと考えてるんだ、という。最近の金融関係者悪者論はなげかわしい、金融関係者がごうつくばりで私利私欲のかたまりと思われてるのも誤解だ、というんだが、その証拠とは、金融関係者の伝記をひっぱりだしてきて「ほら、お金が狙いではなかったと書いてあるでしょう、結果としてお金もちになっちゃっただけなんだよ」とのたまう。
 金融には発展して欲しいし、また著者の提案する新しい商品はなかなかおもしろい(現実味はさておき)のもある。が、本当にこれだけで金融の将来を語れるのかというと、どうでしょう。でもシラーは、実は今世紀に入って以来このスタンスをまったく変えていないのだ。だからかなり意外な(悪い意味で)できの一冊。うーん。しかしこれで、翻訳済みの在庫10冊! 1年以上抱えている本もなくなった。なんと、11/5 に翻訳終わったら、年内に出すとのこと。

ポール・シーブライト殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか?(森本正史共訳、みすず書房、2013.12)
strangers
 昔読んでほめた本だが、いつの間にか増補改訂版が出ていたよ。でも商業は冷たい心の通わない信用の薄い取引で、コミュニティとか対面とか名前のわかるとかいうのが人間的な信頼に満ちた取引だと思っている人は、後者が実は単なる身内重視の部族意識であり差別の温床だということを悟るべきでしょー。実は、ペンギンくじら本ときわめて似たテーマを扱っているが、こちらのほうが遙かに精緻だしおもしろい。協力の起源、お金の意味、都市のあり方、巨大市場システムの発展、その他、進化人類学と経済学をきちんとつなごうという試みとしてかなり成功しているし、協力やそれが生み出す市場は決して盤石な歴史的必然などではなく、人間の本性からするときわめてもろいものなのだ、という指摘は重要なもの。
 別のが割り込んできたので、これは先送り。2012 年内にはなんとか……結局 2013.06.04 までかかりました。

ブルース・シュナイアー信頼と裏切りの社会(NTT出版、2013.12)
liaroutlier
 うーん、この人の本は毎回重複する部分が多いきらいはあるんだけど…… 各種の行動は、集団の利益とそれを支持する規範、これに対する個人の利己的な利害との対立から生じるのだ、という理屈をずっと繰り返すのだけれど、それはわかった。でもその分析を使うとどういういいことがあるのか、というのが十分示しきれておらず、つらいところ。2013.07 脱稿。
 読み返してみると、悪い本ではない。でもやっぱり最後まで来て「え、枠組み示しておしまいですか!」という印象は持ってしまう。むずかしいのはわかるんだが。利得とか損とかの考え方を(ベンクラー的な狭い発想から)広げるには役にたつ。裏切りというのは、別に悪人だから裏切るというものではなく、別のレベルで協力するためにこちらのレベルでは裏切る、ということになる。それをきちんと言ってくれるのはよいし、この枠組みでの具体的な分析をもっと示せれば、有用性は高まるかな。

アントニオ・ダマシオ自己が心にやってくる(早川書房、2013.11)
selfcomestomind
 突然きた。この手の自我と自己と意識と心とって話は、しばしば英語のちょっとした言い回しに過度の意味づけをしていたりするし、「目をさますときには意識がどこからかやってくるように思うが、自分が自分の意識を意識するのは変であり意識されているところの意識と意識している意識とか不可分に立ち上がってくるのが意識であり、したがって己という現象の意識化がそこに発生していると言うべきで−」とか、いいから黙れ、というような話が延々続いてげんなりしたり、苦労したりすることが多いんだけれど、これはもっとましだといいなあ。
 やってみると、そこまでひどくはなかった。個人的にはこれまでの彼の著作の総まとめで、目新しい感じはしなかったけれど。神経系があり、反射運動みたいなのがあり、続いてそれを効率よくするために、基準状態とそこからのずれ、という形で情動が生じ、それを総括する意識が生じ、その上に最後に自己というものがやってくるのだ、というのは、理屈としてはわかる。ただ現状では、脳との対応をいろいろ考えてもっともらしくはあるけれど、でも仮説どまりなのは残念だが、それ以上を求めるのは酷か。
 別のが割り込んできたので、これは先送り。2012 年内にはなんとか……と思ったら2013年7月までかかった。

ポール・セルージコンピュータって(森本正史共訳、東洋経済新報社、2013.11)
computing
 非常に基礎的なコンピュータの考え方。悪い本ではありません。ただ全体として強調点はぼくの重視するところとはちがう。あと、ハード重視でソフトウェアに関する話がほとんどないのは、うーん。でもコンピュータは本当に人によって意見がちがうし思い入れもあるので、これもその一つかな。2013/4/8 脱稿。2013.09 にゲラがきました。
 出てみると、書評とかも結構あり、意外に評判はいい感じ。「収斂」という概念の訳語が今一つしっくりこないな、という指摘もあって、ぼくもそう思うが、これは他に変えようがないし、表向きの用語よりはむしろその概念をきちんと理解して欲しいので、語感や字面の悪さは我慢してもらうしかない。

B・F・スキナー自由と尊厳を超えて(春風社、2013.04)
freedom
 これはちょっと予想外でおもしろいかもでも調べ物がいっぱい出てきそう。しかし著者の財団が、翻訳者の能力をチェックするので二章分訳して送れといっているそうな。ナマイキー。半年たってやっと許可がおりる。翻訳は結構苦労する。というのも行動心理学/行動分析学の人で、それも教祖様なので、観察できない内面とかを想定しない。ここらへん、行動しか見ないわけではない、心や意識や感情を否定はしないと言いつつ、でも結局見るのは行動だけ。感情は随伴現象にすぎないというんだけど、その感情があるということはどうやって確認するの、と聞きたくなる。その他翻訳中のグチはこちら。2012/10/9 脱稿。でもここは古典的な出版社なので、出るのは三月とのこと。訳者あとがきを 2/20 に脱稿。4 月頭に刊行。

ロバート・サーヴィストロツキー(上)』『トロツキー(下)(守岡桜共訳、白水社、2013.3)
trotsky1trotsky2
 世界共産主義 A 級戦犯シリーズ、まだ続きます(そろそろネタ切れだが)。いやー、長かった。が、2012/9/25 にとりあえず初稿を脱稿。A4 かなり詰めて 500 ページになったので、本になったら毛沢東くらいにはなりそう。それでも、これまで出ている彼の他の伝記よりは短いだろうという……2/12に解説もふくめ一通り脱稿。3 月末刊行。なお、池田先生にはもうものすごい細かいチェックをしていただき本当に感謝。

ヨハイ・ベンクラー協力がつくる社会:ペンギンとリヴァイアサン(NTT出版、2013.3)
penguin
 なんとなくきました。すでに少し大きな本を引き受けているところからの依頼なので、遅くなることは言ってある。が、すぐに価値が落ちる本ではないので、あまり心配していない。で……著者がそれなりに有名な人で、そんなに悪い本であるはずがないと思ったが、かなり悪い本だった。協力をいかに醸成するか、という本なんだが、協力とは基本的に、力をあわせることで個の寄せ集めではできない大きな成果を挙げる、というのが基本。協力で大きな成果が挙がるから、短期的には協力(つまり力を拠出して損する)しても、長期的には得をする、というのが重要。ところが著者は、こういう計算に基づく(つまり利己性に基づく)協力を否定してしまう。そのため、そもそも協力って何なの、というのがわけわかめになり、ちょっと困ったシロモノになっている。12/5 脱稿。3 月刊。

ジョン・クイギン『ゾンビ経済学』(筑摩書房、2012.11)
zombie
 バイオハザード4公開記念らしい。2011.06.23 に脱稿。DSGE はもとより、効率的市場仮説まで否定されちゃうのかあ。しかしもうすぐ年末なので、ゲラくらいはほしいなあ。バイオハザード4もはるか昔になってしまった。
 ……と思っていたら、忘れた頃の 2012 年 3 月になってやってきた。……と思ったら、またなんか中断したみたい。もうバイオハザードも6なんだが……でようやく刊行することになりました。万歳!
 一部の経済理論がゾンビのようになかなか死なない、という視点はおもしろい。残念なのは、それぞれが理論として活躍して死んで、その後ゾンビとして復活したあとの活躍が薄いところ。それでも、いろんな分析はかなり的確。DSGEの概要とか、ゾンビの細かいところは入り込みたくないけれど大ざっぱなところを知りたい人にも有用。勉強になるいい本だと思う。

イアン・エアーズ『ヤル気の科学 行動経済学が教える成功の秘訣』(文藝春秋社、2012.10)
diet
 ヤル気、といってもフェル山系のヤル気ではありませぬ。マジで、行動経済学でダイエットしたり締め切り守ったりする話。すげー。あの『その数学が戦略をつくる』のエアーズの最新刊。でも最後のあたり、著者の作ったベンチャーの宣伝臭くなって鼻白む。とはいえ、行動経済学の知見とその応用を知る意味では勉強になっていいかも。2012/3/26 脱稿。やれやれ、ずいぶんかかりました。夏くらいから急速に動き始めてざざっと完成。

エイミー・スチュワート『邪悪な虫』『邪悪な植物』(守岡桜訳、山形監修、朝日出版社、2012.9)
evil bugsevil plants
 有毒な植物や虫をたくさん並べたもの。アメリカの一部では、いままでミミズのいなかったところに釣り客のせいで急激にミミズが入り込んで落ち葉を食い荒らしてるとか、意外な話にびっくり。ちなみにミミズは、土手や堤防をグズグズにしてしまうので、アジア各地でも農家の敵です。その他いろいろ。
 これ、ぼくは監訳だけれどざっと表現をチェックしたのみ。守岡さんが完全メインで、生物種(日本のゴキブリとアメリカのゴキブリは、微妙にちがったりとか)の細かい同定や原文のまちがいまで細かく調べ上げて、大したもんです。ちゃんと訳者あとがきを書いて、それを説明しておいてほしかったところ。小学生時代に、モウセンゴケにハエを喰わせて喜んでいたりした人は是非お読みアレ。

エドワード・グレイザー『都市は人類最高の発明である』(NTT出版、2012.9)サポートページ
cities
 いなかもんはだめだねー。みんな都会にすまなきゃ。それが環境にも貧困にも文明発展にも役立つんだゼー。川上のやつだが、まあ本自体はおもしろいしぼくのアレともあうので翻訳してやろうではないか。
 少し時間がたってしまったので、突貫で訳す。突貫でやると、繰り返しが多いように思えてしまうんだが、普通に読んでいるとこのくらいでいいのかもしれない。あと、とにかく高学歴のやつを集めればなんかイノベーションが生まれて都市も経済も発展します、というのは、やっぱ必要条件であって十分条件ではないように思う。我が国の駅弁大学が各地ですごいイノベーションと起業を生んだかというと…… 就学年数と経済発展も、強い相関があると胸をはる著者のような人もいる一方で、イースタリーのように、全然効かないという人もいて、どっちも裏付け論文があるので、どう解釈すればいいか悩ましい。2012.04.22 翻訳完了。9/20に出ましたが、とびらのページがまちがえていて差し替えで、予定より数日おくれて書店に並んだ模様。あと、著者名より訳者名をでかくするのはやめてほしいなあ……

モールディン&テッパー『エンドゲーム』(プレジデント社、2012.08)
endgame
 ちょっと見て一瞬いけるかなと思ったが、訳し始めると言ってることの九割はまったく同意できない。正直言って、なんでこれを引き受けたのかよく覚えていない。でも訳そのものは結構すらすら行けてしまうのは不思議。たまに外でテレビを目にすると(うちにはない)、バカなバラエティ番組のあまりの壮絶なひどさがかえっておもしろく思えたり、最悪な飯屋に入ってしまい、「ここまでひどいか」とかえって興がのってしまうような、そんな感じかなあ。とはいえ、やっている間にだんだんむかついてきて精神衛生上は悪い。2012.05.20 に脱稿。あまりにひどい部分はゲラの段階で削除。

ポール・クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』(早川書房、2012.07)サポートページ
end depression
 金融危機の原因なんてあとでゆっくり考えればいいんだよう。百年に一度のことなんだろ、だったらもう二、三年後で考えればいいじゃねえか。それより今ある不況から抜け出そうぜ。いやおっしゃるとおりでございます先生。そうはいいつつ、原因についても触れてくれるんだけど。基本はもう、ガシガシ公共投資しようぜ、借金したって流動性の罠の状況では金利は上がらないんだから、借金増えても平気だよ、ということ。さらにそれを支えるための金融緩和もずばずばやる。どっちが効くかとか議論してないで、両方やるのが大事ってこと。2012.05.05 翻訳完了。2012.07.13あたりに出た。

ヨラム・バウマンこの世で一番おもしろいマクロ経済学 (ダイヤモンド社、2012.6)
マンガマクロ
 ミクロ経済学が出て一年くらいかかってマクロ編が出たので、当然やります。ケインズにも古典派にも極度に肩入れすることなくバランスのとれた紹介で、前と同じように国、二国間貿易、グローバルという具合に話を広げて、扱うトピックも無理がない。扱うネタも、開発援助、高齢化、地球温暖化、貧困削減等々と、なかなか欲張りだけれど手際はいい。温暖化の部分は、ぼくの支持する説とはちょっとちがうが、無茶は言っていない。マンガだと多少誇張されて、ニューヨークが水没する絵なんかが出てくるが、まあそれは仕方ないだろう。ミクロよりもわかりやすいかも。というわけで正月で一気に翻訳を終えて 1/3 脱稿。4月上旬にゲラがきて、すぐ戻す。5/28に見本がきました。

ケインズ雇用、利子、お金の一般理論(講談社学術文庫、2012.03) サポートページ
一般理論
 ウェブにアップしてあるアレです。こっちは全訳。翻訳の子細についてはこちらを参照。基本は、下の本の解説を書くにあたっていまある全訳を見たら(岩波文庫)、あまりにひどさに怒りがこみあげて、気がついたら全訳していたという話。クルーグマンの序文にヒックス論文という豪華ラインナップつき。
 やはり大出版社だけあって、校正はすごい。原文と対照して徹底的にチェックをかけてくれている。ありがたい。2011 年大晦日にゲラ返送。2012 年 2 月頭に解説アップ、同月半ばあたりに索引を拾い、同末にアジスアベバから最終ゲラと解説直しを送って校了。ふう。

エスター・デュフロ、アビジット・バナジー貧乏人の経済学(みすず書房、2012.04)サポートページ
貧乏人の経済学
 経済学のホープたる二人組の著書。事例もおもしろいし、サックスやイースタリーの議論も左右に見据えて、統計分析でその中間をいくという堅実な実証学者の面目躍如。『知らない人』は後回しにしてこっちを先にやれとのお達し。隠さなくてよいようなので、公表。11.10 訳了。その後、ゲラがきて返送(というか持参)、二校ゲラがきて、2 月半ばにアジスアベバから返送、解説を 2 月末に送付。ふう。
 貧乏な人々はしばしば不合理な活動をしているように見えるけれど、でも実は細かく見ると合理性があるのだ、という話。そして援助も、そうした細かい合理性に配慮せずに大なたを振るおうとするからしばしばまちがえる、という。面倒くさくても、個別の状況をよく見て、いろいろやってみて成果を統計的に確認しつつ、理由をよく考えることが重要。おもしろいし、自分の体験とも重なる部分があって楽しい。

ミルグラム服従の心理河出文庫、2012.01)サポートページ
たのしい拷問
 早速文庫になりました。というより、もともとハードカバーで出たのは、翻訳権を取るときに「まずハードカバーで、それから文庫に入れる」という条件だったからで、ホントはハードカバーは形ばかりですぐに文庫入りさせる予定が、結構売れたので文庫落ちが予定より遅れたということ。ほとんど直していませんので、中身はハードカバーとほぼ同じ。文庫も思ったより薄い仕上がりで驚いた。奥付は2012/1/20刊だけれど、見本は2011年末に届いた。

ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』(文春文庫、2012.01)テキスト全文
不思議の国のアリス文春文庫
 言わずとしれたアリスでございます。プロジェクト杉田玄白に入れておいたら出版したいとのこと。昔でた朝日出版社のやつはそこそこ売れたが、こんどは文庫に入れたいそうな。不労所得ばんざい。とはいっても、全体の見直しと新しい解説を書きました。2011/12末に見本が届いた。
 しかし大変個人的に不満なことだけれど、この訳についてみんな。「チョーへん!」という一カ所だけを見てあれこれ言うこと。そこはアリスが驚きのあまり英語としておかしな表現をしたという部分なので、日本語的におかしな表現をわざとしているのだけれど、みんな全体がその調子にちがいないとか勝手に思い込んであれやこれや。うんざりするなあ。

サラ・ヴァン・ゲルダー&YES!編集部編99%の反乱-ウォール街占拠運動のとらえ方(バジリコ、2012.01) サポートページ
This changes everything
 時事ネタ。とにかくはやく挙げなくては。というわけで、三人手分け、自分の分は二日であげた。すわりこみの基本的な精神は、ぼくは大いに支持している一方で、この本に載っている多くの見解や提言については、ぼくはまったく賛成できない。さてどうしたものか。金持ち優遇の施策をなんとかしろ、世界経済を混乱させておいて何のおとがめなしとはどういうことだ、というのは本当にわかるけれど、そこから自分の好きな地産池沼だの温暖化ナントカだのの話に我田引水するのはどうよ。街頭運動を都市全体に広げて政府の転覆を、とか言い出すのはどうよ。
 翻訳中にウォール街占拠は解散させられて、解説に悩んでいるうちに急激に風化しつつある。ごめんなさい! 正月に解説を書きあげる。で、即出る。1/27刊

ジョン・メイナード・ケインズ要約 雇用と利子とお金の一般理論(ポット出版、2011.11) サポートページ
要約一般理論表紙
 ウェブにアップしてあるアレです。本にしたいというので、長い解説をつけて本にまとめました。これを翻訳と呼ぶべきか単著と呼ぶべきかは微妙なところだけど、一応は翻訳か。
 というわけで出ました。謝辞にも挙げた能登スレでも、感謝のプレゼントをアナウンスしたが、まだ枠は余っているので、まだまだ応募可。全体として読み返すと、やはり要約したからといってすらすらわかるものではない。それは本の性質上仕方ない。翻案や勝手な抄訳ではないので。ケインズがもう少しわかりやすく、嫌みを減らして書いてくれていればなあ(でもそしたらこんな本は入らなかっただろうけど)

ヨラム・バウマンこの世で一番おもしろいミクロ経済学 (ダイヤモンド社, 2011.11)サポートページ 出版社宣伝ページ
comiceconmicro
 萌え絵でないのがちょっと残念。マンガなんではやいはやい。実質二日で終わる。しかし毎度、供給曲線の説明はむずかしいと思うぜ。8/1 脱稿。その後、『もしドラ』でてんやわんやのダイヤモンドが一年以上放置したけど、翌年の 11 月末に刊行決定、ゲラもきて解説その他も書くことになった。よかったよかった。ついでに原著のマクロ編も出た。こっちも遅れていたので、お蔵になったかと心配していたんだよね。
 結構評判いいので安心。解説にも書いたけれど、個人→戦略交渉→多数の統計処理ができる市場、という流れはいい考えだと思う。もちろん、それでわかりやすいか、というとむずかしいところ。でもミク戦ほどラディカルにならず、穏健でよいと思う。入門書だし。

マリンズ&コミサープランB: 破壊的イノベーションの戦略(文藝春秋、2011.08)
二番手
 なにごとも二番目くらいが気楽でよろしいようで……という本だと思っていたら、全然ちがった。ビジネスプランを、ちゃんと事例やデータをベースにしてきちんと構築しましょうというコテコテのビジネス書。
 最初のビジネスプランは甘くて話にならん、実際にやってみて、きちんと計画の穴を埋めて作るプランBが重要で、失敗を糧としつつそれをはやく見つけるべし、という本。事例がいろいろ出ていて、なかなかおもしろい。
 予定よりかなり遅れて 2010.12.08 に脱稿。でも本としてはむずかしいものではなく、特に問題もなくあとは流れるはずなので安心。
……そう思っていたら、なんだか担当者が決まらないとか震災とかでずるずる遅れ、話が進んだのは4月半ば。6月半ばにゲラがきて、6月末に戻す。8月末刊行。

ジョージ・A・アカロフ レイチェル・E・クラントンアイデンティティ経済学 自己認識が職業・賃金・福祉を左右する(守岡桜共訳、東洋経済新報社、2011.07)
identity
 マジで、経済は態度で左右されるのです。というわけで、これが経済学の新しい方向性を示すのだ、という話。『アニマルスピリット』でも言及していた内容。やりたいことはわかる。効用関数の拡張も、考え方はわかります。そしてそこから新しい結論が出るようなのもわからんではない(といってもそんなに新しくなくて、著者たち自身もアイデンティティ経済学の問題として「前提と結論が同じ」というのを挙げているほど)。でもその具体的な効用関数を見せてくれないので、結論があっているかもわからず食い足りない。数式があると一般読者が減るという配慮なのかな。でも本書で本当に説得すべき経済学の関係者は、これでは説得されないと思うんだけど…… 2011.01.10 完了。この時点で完了ストック 5 冊。
 その後、2011.04.25 にゲラがきた。05.01 に返送。5月末に二校。6 月半ばにそれを返送。7 月半ば刊行予定。

ハル・ハーツォグぼくらはそれでも肉を食う(守岡桜、森本正史共訳、柏書房、2011.06)サポートページ
somewelove
 やっぱ肉食だよねー。菜食主義者逝ってよし。2011.01.28 完了。急ぐというので三人がかりだが、文がストレートなのでそんなに問題なし。テーマとしては実におもしろく、ドグマチックな動物愛護本とはちがい、人間の矛盾や一貫性のなさを指摘しつつ問題視はしないとても健全な本。完了ストック6冊!
 こちらも、日本の事情にあわないところを削ったりしているうちに、震災で紙不足のうえ需要も落ち込み、少し発売予定がのびたが、これも 2011.04.23 にゲラがきた。5月1日に返送、これで手離れのはず。5/30頃に刊行。

ピーター・リーソン海賊の経済学(NTT出版、2011.3)サポートページ
pirates
 すげー。こんな変な本があるとは! これにはやく手をつけるために他のたまってるものを早く片付けるのじゃ! というわけで、1.5 日で 1 章の割合でとばして、2010 年大晦日に仕上げる。
 民主主義でも独裁制でも、それ自体がいいとか悪いとかいうのではなく、その社会の置かれている条件によって最適なものがあるのだ、というのが基本的な主張。市場任せの自由放任が基本的にはいちばんいいという立場だけれど、一方で経済的な下部構造が政治や統治も含めた上部構造を決めるという点ではマルクス的なアレもあるのがおもしろい。五月のパイレーツ・オブ・カリビアンとタイアップ……は無理かな。2011/1/24 にゲラがきた。1/28 に戻す. 解説その他、2/23 に完了したが、著者についての説明でオーストリア学派の話をし忘れたことに今更ながら気がつく (……と書いたらまだ間に合うと言われて加筆)。
 で、3/22 刊行予定だったが、なんと3/11 に大地震。それでも本は無事に出たとはいえ、なんかみんなそれどころじゃないかも。

ダニエル・レヴィティン「歌」を語る(ブルース・インターアクションズ、2010.10)サポートページ
sixsongs
 建築本の後にやるとわかりやすいわかりやすい。スイスイです。が、中身は……通俗進化生物学のダメなところが総動員されていて、前著がよかっただけにびっくり。こいつが大学教授をやっているとは信じがたい代物。でも、仮説としてはあり得るかも、という部分がそれなりにあるので、エッセイ集として読めばあり得るかも、と思い始める。2010/3/22 に本文脱稿、3/23 に注も含めて完全に終えた。やったー!
 で、終わったはいいが、その後版元予定からまったく音沙汰なし。翻訳原稿に、著者の主張のどこがおかしくてまったく筋が通っていないかをものすごく書き込んだんだけれど、それを読んで出す気がなくなったのかなあ……と思って連絡したら、秋くらいには出すようにしてみる、とのこと。
 9月末に訳者解説も脱稿、一応手を離れる。

ボルドリン&レヴァイン〈反〉知的独占 特許と著作権の経済学(守岡桜共訳、NTT出版、2010.10)立ち読みページ サポートページ
monopoly
 知的財産権なんか百害あって一利なしよ、というお話。下の身動き本と同時期のずいぶん前から抱えていて気になっていたが、2010 年 7 月に一気に完成させる。遅れたのは他の本もさることながら、最初レッシグのまねっこ本かな、と思っていたのと、とにかく言葉遣いの端々から左翼っぽい、それも中二病左翼っぽい部分が散見されて、あまり気乗りがしなかったというのがあるが、実際に読んでみるとどうしてどうして。大した本だった。とにかくいまある知的財産権支持論をほぼすべて粉砕。それも著作権よりは特許のほう。貿易障壁なくして自由貿易を、というのが風潮なのに、知的財産だけみんなで障壁あげようとするのはどういうわけだ、ということで、悪しき知的財産制度があらゆるものをゆがめているのを片端から指摘。少し血気にはやってわかりにくいところが多々あり、特に気が利いたつもりで単に晦渋になっている部分には閉口。なるべくわかりやすいようにがんばって訳しましたが、限界はある。とはいえすでに勝手知ったる分野なので、共訳の守岡さんもあぶなげなく非常に手堅い仕上がり(経済学用語と晦渋な反語的嫌みはまだ少しはずすが)。7/28 脱稿。解説を 9/20 脱稿。ゲラの二稿を 22 日に戻す。これでおしまいのはず。

フィリップ・ショート毛沢東ある人生(守岡桜 共訳、白水社、2010.7) サポートページ
maomao
 あまりの厚さにうなされそうです。でも 2010 年 2 月 16 日に本文脱稿! やった! 中国語訳様々でございます。3/16 に注も完了……と思ったら入れ違いに本文のゲラがきた。
 しかしこれを訳すのに、エドガー・スノーやアグネス・スメドレーの邦訳本をほとんど全部通して読む羽目になったが、決して楽しいものではない。かれらを中国共産党のスパイだとする人もいるけれど、それは明らかにちがって、やっぱり当時の人は本当に共産主義の理想に燃えており、本当に毛沢東たちが正義の味方だと思っていたんだな。毛たちに聞かされたことはそのまま鵜呑みにして右から左へ流しすぎで、毛沢東の悪辣な内ゲバ粛正人民裁判まで民衆の正義の怒りの発露だと真に受けてはしゃぐ、特にスメドレーの本は今読むと本当に気が滅入る代物だけれど、少なくとも実際に見聞きしたことについては、特にゆがめてはいない。保安や延案にいた頃の話はルポとしてそれなりに評価すべきだろう。しかしその後の話は……大躍進礼賛、スノーの文化大革命礼賛、もう目を覆わんばかり。基本、純真無垢だったのと、あと当時は他に一次情報がまったくなかったので仕方ない面もある。それでもねえ、と思ってしまうのは岡目八目なんだろう。スノーはその後、大躍進でだまされていたことに気がつき、だんだん中共に幻滅したそうだけれど、あと十年生きていたら(かれは 1972 年に他界)、何を思っただろう。
 また、その過程でその他の中国関連本も読んだが、竹内実など古参中国学者が完全に洗脳されて毛沢東崇拝に陥っていて、それが文化大革命にうろたえている様は本当にかわいそう。毛沢東『文化大革命を語る』の後書きとか、必死で毛沢東を正当化しようとして、でもあれこれつじつまがあわないので、完全にわけがわからなくなっている様子は、もう哀れみを禁じ得ない。最近出た自選論集でも、文革の状況がわかった後でもものすごい歯切れの悪さで、毛沢東はとにかく悪くない、劉少奇が、林彪がと大本営発表に翻弄されて、90 年代に入ってようやく毛沢東がアレだというのを知って、それでも毛沢東も知識人なのに他の知識人を殺すとは信じられないとか、「批判」というのは反省すればすむと思っていたとか、唖然とするおめでたさ。むろん、当時は情報がなくてわからなかったという事情は勘案してあげる必要はあるんだろうけれど……。昔、ある学者夫婦と香港旅行にいって深圳(経済特区になったばかりの頃)に足を運んだら、そこに乞食がいてその人がすごいショックを受けていて「中国に乞食はいないと聞いていたのに……」と呆然としていたんだけれど、本当に昔の日本の知識人って(いや、いまも多くはそうだ)あのプロパガンダを本気で真に受けていたんだなあ、と懐かしく情けなく回想することであるよ。
 もう一つ、邦訳があること自体信じられなかったのがロクサーヌ・ウィトケ『江青』。嘘八百並べて虚栄心を満たしたいだけの江青の自己顕示欲まみれの話を、裏取り一切なしに右から左へ流したあげく、彼女が中国の旧弊な男性社会のバッシングで潰された、進歩的で有能な現代女性なのだという図式をとにかくでっちあげようとして書かれたひどい本。著者はもちろんくだらないフェミニズム屋。さらに情けないのが訳者の中嶋嶺雄で、著者が才色兼備だとか、結婚を何回もして男遍歴も派手で等、内容と何も関係ない著者のゴシップを喜々として解説に書いてエロ親父ぶりをむき出しにしている。どういうつもり?
 ちなみに他のどんな資料を読んでもこの本に書かれたような有能で公明正大でけなげな江青像を裏付ける証言は一切ない。むろんそれは彼女一人のせいじゃなくて、虚栄心の強い中身のない人物だったのが、なまじ毛沢東とからんでしまったために常軌を逸した人格破綻者になったのだろうけれど。李志綏は『毛沢東の私生活』で、毛沢東の愛人たちがみんな、最初はいい子だったのに堕落してゆくと悲しげに指摘し、江青もたぶん毛沢東に堕落させられた部分がかなりあるんだろう、と書いているけれど、たぶんそれが真相なんだろう。毛沢東の妻にならなければ、沢尻エリカみたいなお騒がせわがまま芸能人で済んでいたんだろう。
7/12 に見本があがってきた。やっと手離れしました。

イアン・エアーズその数学が戦略を決める(文春文庫、2010.6)正誤表
計算ゴリゴリ
 文庫化されました。これはとってもよく売れてくれた本で、今後も読者がついてくれるとうれしい。文庫化にあたって、本国でPB版が出たときに加筆された新しい章を追加。あと、邦訳のサポートページに書いたようなことを文庫版解説で追加。でも当初のやつが出るときに心配した鬼門は、まったく何の反応もなし。サマーズのハーバード大辞任なんて、日本では大したニュースにならなかったからなあ。

マシュー・サイド非才! あなたの子どもを勝者にする成功の科学(守岡桜共訳、柏書房、2010.5)サポートページ
bounce
 えーと、読んで字のごとしの本。天才と呼ばれている人でもよく見ると、実は人並み以上に努力をしているだけだ、という趣旨の本。うーんどうかね。結局それって「才能」の定義だという気もする。その人並み以上の努力を続けられるところに才能の作用があるんじゃないか、という気もするのだ。でも主張としてはおもしろい。
 また、最終章の人種と身体能力に関する部分は、理屈はかなりガタガタなうえ、計算ミスがあまりにひどい。でも全体としては非常におもしろいし、これまで訳したりほめたりした本といろいろ食い違うところがあって興味深いところ。著者がもとオリンピック選手なので、この手の本にありがちな「努力でなんでもできると言いつつ、おまえオリンピックに出られるのかよ」というつっこみが入れにくくなっていていいなあ。
 本国とほぼ同時発売を目指すとかで、かなりせかされた。予定より少し遅れたが 3/31 脱稿。ゲラとかでそんなに苦労するはずもないので、無事手離れという感じ。それより、共訳者とぼくとがそれぞれ全国スタンダードだと思っていたおまじないの儀式が、お互いのローカルな出身地だけのものだと知って驚愕。あと、邦題はカツマー先生の訳書の向こうを張った感じですか。予想外に立派な本になっていてびっくり。でも原著と完全に同時発売とはいかず、二週間ほど後塵を拝した模様。
 しばらく絶版になっていたが、著者が2020年あたりにヒットをいくつか飛ばし、それに便乗して2022年に『才能の科学』として再刊が決定。

バロウズ&ケルアックそしてカバたちはタンクで茹で死に(河出書房新社、2010.05)サポートページ
hippos
 習作レベルといってもほめすぎなくらい。あの大作家たちの若き日の勇み足、ですな。一日 50 ページのペースで進めて、実質四日ほどで仕上げる。12/12 脱稿。よく読むと、それぞれの作家らしい部分もうかがえて、本当に興味がある人なら楽しめるでしょう。でも作家の一人の遺産執行人による解説は本当にひどい代物で、大仰な表現を使って見せてはいちいちすべっているし、自分がいかに重要な役割を果たしたかのごとく見せかけようとあれやこれやと手を尽くし、自分の本でもないくせに一ページ以上も謝辞を並べ、うんざり。2010/2/10に初稿ゲラが戻ってくる。しばらく忘れていて、三月頭に速攻で見直して返送。あとがきは 2010/3/20 脱稿。
 というわけで、五月刊行。正直言って、ハードカバーで出るとは思ってませんでしたよ! いきなり文庫だと思っていた。なお、これと同時に『オン・ザ・ロード』の別バージョンが二つほど出る予定だと聞いていたんだが、出ないのかな? 実はスクロール版(オン・ザ・ロードはページ変えで流れが途切れないように、でっかいロール紙にタイプうちされた)は、ぼくがやりたいなー、とちょっと思っていたんだけれど、結局だれがやったんだろうか?
 あと、いまこれを書くときに検索したんだが、ケルアックの訳はほとんど中上哲夫がやっているんだね。かれがそんなにケルアックに向いた訳者だとは、ぼくは思っていないんだが、まあいいか。

ジェイン・ジェイコブズアメリカ大都市の死と生(鹿島出版会、2010.4)サポートページ
american cities
 かの有名な本の改訳。人の不幸を喜んではいけませんが、おかげさまで原著刊行から半世紀たってようやく完全版が出せました。
 通常は無敵の共訳者がまったく歯がたたず驚いた。やはり多くの本は、スタンダードな書き方や論理展開があるのでわかりやすいが、本書はそういうのにはまっていないので、一般論と個別論と罵倒と事例とが入り乱れていて、嫌味や二重否定が多いし文体もだらだらして長く、わかりにくいみたい。そんなので時間がえらくかかった。11/14 脱稿。ゲラを見ると、著者の英語に苦労するのは共訳者だけでなく編集部も同様だった模様。12/31 にゲラを戻して、2/21 に 2校を戻す。解説はかなり苦労して 3/7 に脱稿したが、なんと 24,000 字…… その後削ったが 21,000 字が限界。3/19 にすべて終わりました。参考文献などを完備させた完全版をウェブ上で公開しておく。

ローレンス・レッシグREMIX:ハイブリッド経済で栄えるアートと商業とは(翔泳社、2010.2)
remix
 シリーズですのでやります。いったん始めると早い。10 日ほどであげる。12/3 脱稿。しかしながら、個人的には原著自体がいつもの入念さを欠く投げやりな仕上がりになっているように思う。ゲラ初校を年末に、二校をタイとラオスから 1/15 前後に送り、かなり辛口なあとがきを 1/24 脱稿。

フランク・ロイド・ライトフランク・ロイド・ライトの現代建築講義(2009.12)サポートページ
architecture
 すっげえ有名でマニアの多い建築家の本。本文より長い解説が原著についていて、なんじゃこれはと思ったら、それが実におもしろくて、いかにその建築家が自分のえらさを印象づけようといろんな偽装をしているかを細かく指摘していて大受け。
 講演をほぼそのまま起こしていて、手を入れているというんだけど、絶対入れていない。ノリだけで話していて支離滅裂だったり、文法すらめちゃくちゃなところが多すぎで、とにかく苦労しました。やる気が出なくて放置していたけれど、やんないと終わらないので、一念発起して一気に片付けた。2009/7/13 訳了。やれやれ。その後ゲラが出たりして、11 月末にすべて作業終了。やったー。12/17 に、見本ができたとの連絡がきた。はやいね。なんだか同時期に、筑摩からもライトの本が出ている模様。なぜ立て続けに出ているかというと、ライトの版権が切れたので、フリーに出せるようになったからなのだ。

アナリー・サクセニアン現代の二都物語(柏木亮二と共訳、日経BP, 2009.10) テキスト全文 (pdf)
Regional
 有名ながら長らく絶版が続いていた本の改訳。のみにけーしょん最高。思ったより時間がかかってしまった。昨年内にあげるつもりだったのに。2009/2/22 訳了。ゲラは 2009/6 にきた。著者が途中まで愛想よかったのに、明らかなまちがいを指摘したら急に返事がこなくなった……
 解説は、ボストンをほめる話をいっぱい書こうとして、あまりにアレになったので書き直したらボストンの話を入れるのを忘れて、ほんのちょっと足すだけに終わってしまった。正直いって、ボストン地区がサクセニアンの言うほど悪いとは思えないのよね。
 あと、題名は販売上の配慮もあって昔のままになったけれど、個人的には気に入っていない。実際にディケンズを読んだ人ならこんなタイトルにはしないと思う。まあアルウィン・ヤングもシンガポールと香港の比較で使ってるけれど。なんだか2016年現在、もう版元品切れ増刷未定の模様。

アカロフ&シラーアニマルスピリット(東洋経済、2009.5)
animalspirit
 2008 年の経済危機なんかにちょっと関係した本ではあります。主題はそこそこおもしろい。5月くらいまでゆっくり訳すつもりだったが、時期的にはやく出さないと鮮度が落ちるので、急いで訳す。後のほうになると原文も少し荒れてきて、著者たちもたぶんせかされたんだろうなあ、というのがうかがえる。2009/3/13 訳了。
 真ん中の7章とそのおまけまでは大変におもしろく、納得しつつ読める。ただ、解説にも書いたけれど、まずそのアニマルスピリットをどうモデルに反映させるかについてノーアイデアなのが非常に残念。本当はそこまで含めてもう少しゆっくり仕上げるつもりの本だったんだと思う。あと、後のほうになると、あまりに当たり前の部分(不動産がバブルになるとか)や、全然同意できない部分が。特に黒人がいつまでもダメなのは物語のせいだから何とかしろ、という部分はまったく説得力を感じなかった。朝いきなり仕事にいきたくなくなるのが、なんかの物語のせいなのだというのはそうなのかもしれない。入札書類を書かないのも物語のせい。浮気するのも物語のせい。何もかも物語のせい。だから公共的になんとかしてあげましょうというんだが……そこまで面倒を見る義理が公共にはあるのか? アカロフ先生のやさしいところは伝わってくるんだが。

ポール・クルーグマンクルーグマン教授の経済入門(ちくま文庫、2009.4) 出版社ページ, あとがき (旧版) サポートページ
diminishbunkonew
 日経文庫版、せっかくノーベル賞をとったのに増刷しないようなので日経に電話したら、最初に電話に出た女の子は「版権の確認中だけどいずれ増刷されるかも」といっていたが、次の日にこの会社から出したいとの連絡あり。そこで日経にどうなっているのかもう一度電話したら、こんど電話に出たお兄さんによれば、実は販売部数が契約に満たない年があってそこで契約中断、とりなおす予定はないとのこと。なーんだ、版権切れてるんだ、というわけでこちらの会社がめでたく版権を取得、こちらから出ることになりました。
この本、最初にメディアワークスから出たときには、版権エージェントがタコで(なんと 1995 年にファックスをお持ちでなく国際電話もできない、テレックスしか使えないと言われてのけぞりました)、ぼくが自分で版権交渉をしたのでした。当時は電子メールなんてものがそんなに普及してませんでねえ、しかもこの本の翻訳権はものすごく錯綜していて、ずいぶん苦労しましたっけ。その後も紆余曲折、あちこち転々としたけれど、ここでおちついてくれるといいなあ。

ハロルド・ウィンター人でなしの経済理論-トレードオフの経済学(バジリコ、2009.4)
Tradeoff
 経済学におけるトレードオフの考え方を説明した本。どんなことにでも——泥棒や殺人にさえ——いい面を考えようと思えば考えられる。情にさおさせば流されるというではありませんか。情に流されることなく、費用と便益をきちんと考えることが重要なんだという本。いろいろ人の神経を逆なでするテーマを選んであって、著者の意地悪さがにじみ出てくるよい本。この時期に喫煙擁護をするとか、臓器売買を肯定するとか、著作権強化の擁護とか。すばらしい。短い本。正味一ヶ月。2008/11/11 訳了。12/24にゲラ到着。12/31返送。

スーザン・ブラックモア『意識』を語る(守岡桜 共訳、NTT出版、2009.2)サポートページ
意識について
 著名な意識関係者のインタビュー集。チャーマーズの信奉者ははしごをはずされるので覚悟するよーに。かれが「意識子」なんていう基本素粒子を考えているとは知らなかった。2008/10/15 訳了。デネット以外の哲学者どもは本当につまらなくて、特にフランシスコ・ヴァレラは何一つ意味のあることを言っておらず、唖然。12/25 にゲラ到着。1/27 に二校、解説すべて返送して作業完了。

コナー・オクレリー無一文の億万長者(守岡桜 共訳、ダイヤモンド社、2009.2)サポートページ pdf 全文以上
匿名慈善家
 匿名慈善のおじさんは/正義の味方のよい人よ。8/17 に訳了。免税店の草分け DFS 創始者の立志伝+慈善一代記。儲けるほうも使うほうもオドロキの連続。さらに勤め先が出てきてもっとびっくり。関係代名詞でぞろぞろ後につなげる古い英語の人で、もうバシバシぶったぎる。しかし、読めば読むほどすごい人。それと文中に意外な名前が出てきてのけぞる。12/20 にゲラ到着、年内返送。かなりキツキツのスケジュールではありましたが、翻訳そのものにはあまり苦労せず。
 絶版になってしまったようで、2020年にこの人が他界したのを追悼で全文公開。なお、本ではIRSとの和平交渉への関与とかについて結構カットしたので、このpdfは書籍版よりかなり分量が多い。

チャールズ・レッドビーターぼくたちが考えるに、(守岡桜 共訳、エクスナレッジ、2009.01)
おれたち考えるに
 え、ここにあったのをそのままタイトルに使ったんですか……でも、。の時代はモー娘。とともに終わり、いまや読点の時代ですよね!! ブログその他の情報公開と共有をベースにした各種の活動の紹介と称揚。ウェブ2.0 の話だけれど目配りはもっと広い。その一方で、付け焼き刃で勉強した印象があり、全体に浅い。最初に読んだときは、Linux の話もブログの話も「あの本のほうが深い」「この本のほうが的確」と不満が出たけれど、まあ入門書だからそんなものでいいか。それに本書の価値は、中身そのものよりもFT支局長みたいなえらい人があえてこういうのを書いたということにあるんだし。あと、普通の人が読むと全然目新しいことばかりでおもしろいと言われた。ぼくみたいにあまり半端にかじってると心が歪むみたいだ。Yew will be assimilated. Resistance is futile. Borgofication of the human race and other tragities.2008/10/10 訳了。12/16 ゲラ到着、12/30 返送。1/16 刊行。

ミルグラム服従の心理河出書房新社、2008.11)サポートページ
たのしい拷問
 なんか……とぉんでもない代物がやってきてしまいました。でもこの本がそんなに長いこと絶版だったとは! ニーズもあるみたいだし出版界の名誉にかけても放置しておくわけにはいかないでしょう。10 月くらいからぼちぼちやって、年内に半分、3 月末に入ってスパートして 4/20 に完成。最初に話がきたときには急いでいるようだったので、5 月くらいに出るかと思ったけど、そうもいかなかったようで。予定では 2008/10 とのこと(結局 11 月にずれ込んだみたい。ヘタすると年末かも)。ゲラは 7 月にやってきた。また特に専門ではないので最初は解説は軽くしようかと思ったが、だんだんふくらんで一大批判になってしまった。うひひひ。11/15 に見本到着。思ったより薄い本になっていたのは嬉しい。

ロンボルグ地球と一緒に頭も冷やせ(ソフトバンク、2008.6)サポートページ
地球より頭を冷やせ
 地球温暖化は起きているけれど、ゴアの言ってることはウソばっかりなので信じてはいけない、温暖化してもこの世の終わりではないので、冷静になるべきだし、温暖化警鐘屋さんが騒ぐいろんな問題は、よく見ると炭素削減なんかよりいい解決策のあるものばかり。高くて役にたたない京都なんかやめよう、というしごくまっとうな本。前作の繰り返しも多いけれど、それは内容的に仕方ないところ。冷静でよい本です。洞爺湖サミットに間に合わせるのが至上命題の一つ。4 月半ばからはじめて、5/6 に一通り完成。6/25 くらいにあがってきて、店頭にはうまくいけば 6 月中にギリギリという感じ。(うまくいった)

パトリック・ロスファス『キングキラー・クロニクル 第1部 風の名前』(白夜書房、渡辺佐智江+守岡桜 共訳、2008.6)サポートページ
風の名前
 ハリポタ人気に乗じたファンタジーみたいなもんか。最近のファンタジーの常として分厚い。金儲けのチームプロジェクトだが、原作は意外なほど多方面から絶賛されている。ペーパーバック版が出たらニューヨークタイムズのベストセラー入りもしてしまうし、たいしたもんだ。翻訳陣も本邦最強。予定より 1 週間遅れの 4/7 に初稿あげ。うまくいけば、第二部、第三部が引き続き出るが、第二部は原著が半年以上遅れてしまっているので、意外な展開が出て翻訳陣があわてふためくのではないかとこわくてたまりません。6/23 に店頭に並ぶ予定。見本が届いたが、3 冊束にするとやはり分厚い。

セルダン基礎からの心理歴史学(AIR新書、2008.4)
基礎からの心理歴史学
 まだあまり普及していないけど今後重要になると思われるので。著者はまだ論文数本しか書いていないけれど、その発想はすでにかなりの影響力を持っている。本格的な著書以前にこんな入門書からくるとは思わなかったけれど。
 思想的な概略についてはこちらがよくまとまっている。ただし本書の内容はもう少し基礎的な部分にとどまっている。そのうちもっと専門的な概説書も出るでしょー。

デブリン&ローデン数学で犯罪を解決する(守岡桜と共訳、ダイヤモンド社、2008.4)正誤表
数学者の犯罪解決簿
 某テレビシリーズ解説本。だけど日本での放映はケーブルだけなんだよなー。シリーズは、シーズン1はおもしろいがシーズン2はあまり数学がきれいに犯罪にからまなくなってきて魅力が少し低下。シーズン3は改善されているのかな。
 でもこの本はそれとはあまり関係なく、すごくおもしろい。地理的プロファイリングから、暗号、統計理論、変化点検出、ニューラルネット、データマイニング、カジノ、オペレーションズ・リサーチまで、よくまあここまでネタを広げられると思うくらいの幅の広さ。11/10 訳了。この時点で訳了本在庫が 5 点。われながらすごいな。ゲラ校了は 3 月。

シンガー&エイヴァリー地球温暖化は止まらない(2008.3)
地球温暖化は止まらない
 このままでは地球温暖化は止まらない、とのこと。地球温暖化は人為的なものではなく、昔からある 1,500 年周期での温度の上下動によるもので、たまたまそれが二十世紀後半にあたっただけ、というのが主な主張。内容的には伊藤公紀『地球温暖化』を詳しくし、ついでに思いっきり関係者の悪口をちりばめたものと思えばいい。完全に賛成するわけではないが、人為的な影響だけ、というのはなかなか信じがたいので、たぶん著者たちが主張するような話もある程度関係しているんだと思う。10/31 訳了。ゲラが 12 月末に出てきて、1/1 に返送。1/27に校了。IPCC について結構ヤバイ話とかも多い。

フィリップ・ショートポル・ポト ある悪夢の歴史(守岡桜と共訳、白水社、2008.1)正誤表
ポル・ポト
 4/20 訳了。長い。とにかく長いんですけど。ゲラはやっと 10 月頭に出てきた。やはり長いこともあって、地名や人名表記が最初と最後でかなりぶれていたし、中国人の名前など調べきれなかったものもたくさんあって、珍しく三校までやった(通常は初校くらいしか見ない。『タメになる』で二校を真っ赤にしたのが珍しい例外)。3 校目は確認用と言われていたんだが、見始めると細かく直したいところ、まちがえていたところなどボロボロ出てきた。12/5 にガーナの田舎から EMS で三校前半を戻したら、なんと一週間以上もかかった! 12/12 に三校後半を発送。こんどこそ手を離れた、かなあ。お値段はどうしても高くなってしまい、税込みで7000円台。

ローレンス・レッシグCODE V2(翔泳社、2007.12)正誤表 出版社正誤表 全文
ヴァージョン2
 10/7 訳了。ゲラ 10/29、戻し11/2。11/10 再校戻し。12/20 刊行。悪くないんだが新しい論点がないならメジャーバージョンを上げるのは不適切ではないかなあ。バージョン 1.1 くらいだと思う。あとはかなりほめられているセカンドライフが失速しつつあるのが懸念。これで訳了本の在庫が 4 冊。
 最後のほうで、民主主義のあり方に加えて、今回は政治に金がかかりすぎて献金とロビイングだけで動いている状況について嘆いていて、The Economist によれば、それについても Creative Commons みたいに何か具体的にしようと画策しているとか。意外とおもしろいものの発端になるかもしれない。

 なお、本書はもとのバージョンを元に、加筆訂正部分だけを改訂するという方針で訳したが、このため細かい見落としが多くなり、ミスが多くなった。このため、修正を全部反映した全文ファイルを出版社が公開している。

イアン・エアーズその数学が戦略を決める(文藝春秋、2007.11)正誤表
計算ゴリゴリ
 8/20 訳了。9 月末にゲラ戻し。回帰分析は無敵です。データマイニング万歳の書。結構おもしろいよ。いくつか鬼門をつついていて、それがどう受け取られるかが少し楽しみ。一つは、出生前診断の話。もう一つは、ラリー・サマーズがハーバード大を追われた講演で何を言おうとしていたのかをきちんと説明していて、あれは女が生得的にバカだと言ったのではなく、あれを騒いだ連中のほうが統計学の知識のなさを露呈したバカなのだ、と指摘した部分。
 なお、いままで見た書評で最高のものは、なんとFortean Timesの各種オカルト文献の書評の中に混じっていたもの。統計分析が前提次第でいろんな結論を出せること、また正規分布でないものを大数の法則で正規分布に押し込めた際の各種問題点などについて説明し、それを完全に無視した書きぶりを批判。大したもんだ。
 あと、解説でこの人の邦訳ないと書いてしまったけど、実はあった! でもこの名前の表記だと検索しても出てこないのだ。許してください。増刷かかったらなおします。なお、名前の読みはぼくのが(当然)正しい。著者に確認とったのですもの。以下のメールを参照;

2) How should I pronounce your family name? Some say that it is like "Airs" as in the atmospheric air. Others say it is "Eye-yers" (eye as in eyeball). Which (or other) is correct?

IAN: as in the atmospheric air... and Ian is pronounced like the last two syllables in European

ポール・ポースト戦争の経済学(バジリコ、2007/10)正誤表
戦争の経済学
 4/5訳了。ゲラ7月末、再校 9 月末。なかなか楽しい教材。追加の章も書きました。10月末刊行。かつて『一冊の本』で書評した本。F-16 のお値段や、核物質の闇価格、イスラムのハワラ・ネットワークや、なぜ人は自爆テロなんていう不合理きわまることをするのかについての疑似経済的説明など、楽しい話が満載。しかし価格 1,890 円となっているのでびっくり。結構ゲラは厚みがあったので、3,000 円は超えるかも、と覚悟していたのに。
 なお、題名は同じ韓リフ先生の論文は、戦争そのものの経済学ではなく、日本の戦時下での経済政策というような内容で、方向性はちょっとちがう(がおもしろい)。

ウィリアム・バロウズ&アレン・ギンズバーグ麻薬書簡 再現版(河出文庫, 2007/9)
麻薬書簡
 1/1 翻訳着手、1/4 訳了。ゲラ 7 月。翻訳言わずとしれた『麻薬書簡』。旧訳のひどさは折り紙付きだったので、きちんとなおしたものが出せるのは本当にありがたいことです。本文は一日半ほどであげた。原著は書簡集の編集をしたオリバー・ハリス編によるもので、かれは張り切ってすさまじく長い序文と、ものすごくたくさんの注を書いて各種原稿間の異同を事細かに説明している。ただしハリスの文章は、変な文学的はやりにとらわれてコロニアリズムがどうしたとかくだらないほうに走りすぎ、さらにかっこつけたつもりのレトリックがすべっていて大変にアレです。

スティーブン・ウェーバーオープンソースの成功(守岡桜と共訳、毎日コミュニケーションズ、2007/01)
オープンソース
 政治経済学者の書いた、オープンソースに関する中身のない本。「ハッカーにとって、産業革命のヒーローはフォードやロックフェラーではなくアインシュタインである」なんてことを平気で言ってる馬鹿の本。産業革命はふつうはワットにニューコメンだし、アインシュタインは産業革命になんかなーんの影響もねーよ! その他あちこちで無知丸出しの腹立たしい本。2005 年春にはしあげたのに、一向にゲラも出てこない。このままうやむやにされたらいやだなあ。その後ゲラは 2006 年春にきたが、その後は出る気配まったくなし。2006 年初秋に連絡したら「11 月には出します」と言っていたが、もう 12 月。あきらめました……と思ったらやっぱり出ることになったようで。

スティーブン・ジョンソンダメなものは、タメになる テレビやゲームは頭を良くしている(守岡桜と共訳、翔泳社、2006.09)
ダメなものは、タメになる
 昔、査読した本が結局出ることになった。中身は、ゲームすると頭がよくなるしテレビ見ても頭がよくなるよ、という話。ゲーム脳はよいってことですな。軽いし繰り返しが多くてアレだが、おもしろい本だと思う。査読を書いたときよりアメリカ産テレビドラマも普及したことだし、わかりやすいのでは。なお、ゲームには比較的疎いので共訳者には感謝。
 四角絵日記が肩入れしていて、監修に入られた。またかれらがゲームショーに出すのにあわせて出したいとかで、きびしく期日を切られた仕事となりました。このため通常はゲラではほとんど手を入れないぼくが、初校、再校ゲラを真っ赤にするという珍しい事態に。道後温泉でゲラに赤を入れておりました。

ジョージ・エインズリー誘惑される意志 人はなぜ自滅的行動をするのか(NTT 出版、2006.08)
誘惑される意志
 割引率を生物学的に基礎づけて、なぜ人が後悔するのか、なぜ人が目の前の誘惑に負けるのか、といっただれしも経験ある身近な活動を説明したすごい本。行動経済学、なんてのの一派に入れられることが多いが、著者は心理学者というか臨床の人。
 しかし本書でもう一つ驚いたのは、ハトやサルが意外にものすごく賢いということ。サルはそのままだと死ぬまでコカインを自分に打ち続けるけれど、それがやばいことを認識していて、コカインが得られなくする手段を用意すると、それを使って自分が誘惑に負けてもコカインが出ないようにするのだと。すごい。

ロバート・グーラ議論で人をだます方法(朝日新聞社、2006.03)
論理で人をだます方法
 実際の中身は、「理屈になっていない物言いを見分けてだまされないようにする方法」とでも言うべきもの。人々がよく使う、議論をごまかす手口についてまとめた本。あるいは、故意ではなくてもありがちなまちがいに関する記述も多い。ただし三段論法の解説で当人がまちがえたりしていて、ちょっと不用意です。そういうとこはなおしておきました。邦訳は、イラストが大変楽しくて見た目もよい本になっております。山形の訳書としてはおとなしいが、まあそういうのもありでしょう。著者名は、ギュラかグーラか最後まではっきりしませんでしたが、グーラに落ち着きました。なお、原著はウェブで全文公開されています。

ハリー・フランクファートウンコな議論(筑摩書房, 2006.01)
うんこ
 そこのあなた、最近世の中、うんこなことが多すぎると思いませんか! そういうあなたに是非一冊。うふふふふ。マジです。このところ長ったらしい本ばかり続いていたので、こういう短い本は嬉しいなあ。あまりに短くて、そのままでは本にならないと言われたため、本文とほぼ同量の解説を書かされる (だから値段も原書の倍なのよ)。かわりといっちゃあなんですが、表紙では著者より訳者のぼくのほうがでかい扱い。あははは。
 期待していたほど売れずに、ちょっとがっかり。ねらいすぎましたかな。

ハンス・ルエディ・ギーガー『ネクロノミコン 1』(河出書房新社, 2005.01)
ネクロノミコン1
 ぼくの処女翻訳のアレかな、と思うんだが、でもオレ、ネクロノミコン1はやってないのよねー。ぼくがやったのはネクロノミコン2からなんだ。なんでぼくが訳者になってるんだろう。まちがいは少し指摘したけれど。山形訳にしたほうが売れると思った、とか? 河出の説明を見ると、デビー・ハリーやフューチャーキルが入ってるというから、なんか1と2と「バイオメカノイド」適当に切り混ぜて一冊にしたような感じもするんだけど(それならまあ一部は山形訳ではあるなあ)、本も送ってきてないし、確認できず。しかもその後「ネクロノミコン2」も出たじゃないか。デビー・ハリーとかはこっちのほうに入ってるはずだぞ。でもこっちにはぼくの名前は入ってないし、ってことはどうなってるんだろう。まあいずれにしても、これは確か買い取りだったんで、こうして新しく出てもぼくにお金は入らない……まいっか。トレヴィル当時は、武邑光祐と伊藤俊治が(くそつまんねー)解説書いてます、というのが売りだったんだけど、それは削除したみたいねー。いい判断。

ダニエル・デネット自由は進化する(NTT出版, 2005.03)サポートページ
自由は進化する
 ダニエル・デネットの、自由だって進化の産物なのだ、というなかなかに野心的な本。そのためにまず決定論というものをチマチマ見ていって、という話から、なんだか未来は決定されているかもしれないがそれがどう決定されているかはわからん、という話と、決定されてるから何もしない、というやつと決定されてないかもしれないから頑張る、というやつとでは後者のほうが生き残る確率が高く、よって裁量の余地があると考えるやつのほうが進化上有利だ、という話になってくると、なんかそれって本来ぼくたちが考えている「自由」とかそういうのとちがうような気がするんですけど……年内に出したい、とか言ってますが、まあ無理ではないかと。2 月頭にスリランカで訳了。なお、本全体の話はもっと広い。解説がたいへんに長くなってしまいました。

アーキグラムArchigram Movies!(アップリンク, 2005.01)
Archigram Movies
 アーキグラムのビデオ字幕。翻訳したら、タイムスコア入りで削減版が送られてきた。字幕にあわせて文字数を削るのは面倒というか、ちょっと作業として横から突きが入ってくる感じで、おもしろかった。水戸芸術館でやったアーキグラム展にあわせての企画。おまけでついてくるマウスパッドはすさまじい厚さで、こんなもん使えないよー! なお、同時期に出る……はずが展覧会の終わりちかくにやっと出たカタログでも、クック=磯崎対談などを訳しておりますが、磯崎新、もっとまじめにやれー。

R.A.ラファティ『アーキペラゴ』 pdf 3章まで

 昔訳したのが出てきたもんで。最初からわけわからん小説なんですが、さいごまでまったく変わらずこの調子で続きます。小説に意味とかストーリーとか教訓を求める人には絶対わからんでしょう(おまえがわかってるかと言われると、うーむ、ノーコメント。わからないことがあったら、柳下毅一郎せんせいにきいてみよう!) 訳は大学生当時に訳したものそのまま。いまなら絶対に使わない表現とかがあってほほえましい。出版したいところがあればどうぞー。

ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』(朝日出版社、2005.3)テキスト全文
鏡の国のアリス
 言わずとしれたアリスの続きで、カツラをかぶったスズメバチ入り。前のがそんなに売れたとも思えないのに、なんか出すんだって。これまたプロジェクト杉田玄白に収録したもの。2004 年春にゲラがきたら、かなり恣意的に思える校正がいっぱい入っていて、相当部分をもとに戻したら、がらっと戻したゲラを出し直してくれて、それをしばらく抱えっぱなしにしていたのを夏にフィリピンから帰ってきたときにやっつけた。年内には出るかなあ。
 結局、2005 年3月になりました。

イアン・ワトスンエンベディング(国書刊行会、2004.10)
エンベディング表紙
 なにやら柳下がたくさん訳す、SF シリーズの一冊。昔 NW-SF で読んだ書評では、すさまじい本で言語学と民俗学のバリバリの知識がないと理解しがたく云々、という話だったので、かなりビビって目を通してみたら、なあんだ。こんな程度か。こういうのを読むと、なんかしょせん SF というのは、という気がしなくもない。まじめにやろうとすると、さいごのところでつい逃げを打ってしまうんだよな。イアン・ワトソンの処女長編で、リキが入っている分、どうも生硬な印象はある。
 原稿は 2003 年中にあげたんだが、柳下がグズなせいでウルフがつかえて、いつまでたってもゲラもなにもこない。順番変えてワトスンをシリーズの一番にしたらぁ、と思ったんだが、ほっといたら夏にやっとウルフの「ケルベロス第五の首」が出た。む、むずかしい……20 回くらいメモ取りながら読まないとりかいできないぞ……で、ウルフが出た直後に「来月ワトスン出すからゲラをすぐチェックしろ」だって。そりゃねーよ。でもウルフの後ではワトスンは天使のようにわかりやすく思えます。
 ということで 10 月末に出ました。なんかぼくが読むより人が読む方が評価高いみたい。

ローレンス・レッシグ『Free Culture』(翔泳社、2004.7)正誤表
free culture
 ローレンス・レッシグ三冊目の著書。この本の話をはじめて聞いたときには、エルドレッド裁判がまさかの最高裁で、レッシグも意気揚々、だったんだけれどねえ……残念でした。その意味で、苦渋の一冊ではあります。
 訳は相変わらず突貫。 5 月いっぱいにあげろ、というお達しで、3 日遅れほどであげた。正味一ヶ月ほどか。始めたのが GW 直前から。なんかどうしても 7 月に出すとかで。これは日本にいて他の仕事もいっぱいある時で、大変でした。あとがきもかなりやっつけ。でも、この本に着手以前にとっくに仕上げていたワトソンやバルモンドがまだゲラすら出てこないというのに、こちらはもう本になってしまうのですねえ。

ウィリアム・バロウズ『ソフトマシーン』(柳下と共訳、河出文庫、2004.6)文庫版へのあとがき
softmachine
 お懐かしや、ペヨトルでやったバロウズですわ。ながらく絶版でしたがこうしてまた日の目を見ることとなりました。理由は忘れたが変なペンネームを使っていた柳下もカミングアウト。翻訳はほとんど(山形分は)いじってない。柳下のほうはどうだったんだろう。つきあわせる気もないけれど、でもまああんまりないか。たぶんお互い、いまならバロウズなんてどうせだれもチェックしないし、と思って流す部分も多いだろうけれど、当時はかなり真剣に二人で議論して訳を決めたのでした。これが売れてくれれば、ノヴァ急報も、そして爆発した切符の新訳も……

セシル・バルモンドインフォーマル(2005.4)
Informal
 建築の本。著者は、むしろ構造エンジニアの人で、デザイナーじゃないんだけど、コールハースとかのわがままな建築を形にするので、なんかあれに近いノリの文章になっているような気がする。なお、5 月にうちあわせをしたとき、著者は印刷される紙の重さはなんだとか、インキののりがどうしたとか、そんなことばかり気にしていておもしろかった。そういうところは、デザイナーというよりエンジニアくさい感じかな。が、一方で、「デザイン維持のためならテキストを変えるのはぜんぜんオッケー」だそうなので……
 また訳してると、全編「知の欺瞞」ノリが全開で頭痛なのはご愛敬にしても、途中で無理数の定義とか超越数の定義とか書いてあるものがことごとくまちがっているのには呆然。こんな人に構造設計やらせて大丈夫だろうか。訳は 2003 年夏にすぱぱっとあげて、その後ブックデザインに時間をかけるはずが、訳稿がかれの事務所の日本人の手元でもう一年以上止まっていてまったく動いていないんだって。いい加減にしてくれよぅ。どうせ大した金になるとは期待してないけど、日の目くらい見せてやってくれよぅ。
……と思ったらやっと動きました。超越数や無理数の定義は、全部ぼくがなおした。途中の数式のまちがいもなおした。ポモちっくな文を編集者がお気に召さなかったようで、なんかあれこれケチがついておりましたが、まあいいや。

スティーブン・ジョンソン創発(ソフトバンク、2004.1)
emergence
 通俗科学解説書。ほら、瀬名秀明の脳谷で、神様を見たりとか、その手のヤツ……ではなく、自己組織化による脳とか都市とかアリの巣とかの話。ぼくはこの手の創発マンセー論は必ずしも好きじゃない。こういう連中の多くは、中央集権型でない分散型自律的創発というのは、いわば民主的でそっちのほうが優れていると無邪気に考えている場合があまりに多いからで、この著者もその例外ではないのだ。そうじゃないとは言うんだけれどね、本人は。この人の最大の問題は、創発にばかり目がいっていて、それに対比されている官僚制やトップダウン方式というものについてぜんぜんわかってないところ。これもありがちなんだけど。そして創発的に思い通りの結果を出すためにトップダウン式に全体の原理を変えろ、とかいう変な話を平気でするのだ。解説は書けなかったので、注にいろいろまぎれこませている。

ダン・ヴァートンリトル・ハッカー』(翔泳社、2003.12)
HackerDiaries
 ハッカーというより、クラッカー系の子たちを取材して書いたルポ。2600系クラッカーたちがどんなふうにその道に入るか、という話としては、まあおもしろい。ただし著者は、はっきし言ってヴァカですな。ハッカーは知識の探求だ、ウェブの書換などは犯罪だと言いつつ、一方でクラッカー連中がちんけな政治理念をふりかざすのはよいことで、環境問題や人権意識のためであればウェブ書換はかならずしも悪くないだの。この人の知ってる唯一の善玉ハッカーというのは、スティーブ・ウォズニアックだけ。やれやれ。なお、出た本のカバー(帯の下)を見るととんでもない誤植が……

ポール・クルーグマンクルーグマン教授の経済入門(日経ビジネス人文庫、2003.11) 出版社ページ, あとがき (旧版) サポートページ
diminishbunko
 あれがついに文庫化! 不労所得万歳。少し訳をちょこちょこふつうに戻してみるつもりではある。調整インフレ本とあわせてセット販売できるとうれしいんだけど……あと、その後のクルーグマンの活躍ぶりについてもあれこれ書いた。ところで、メディアワークス版の CG クルーグマンは結構似ていたが、この日経文庫版の CG クルーグマンは、トム・グリーンみたいであたしゃチョイ違和感ある。

ポール・クルーグマン他『クルーグマン教授の日本経済入門これぞ本家本元:インフレターゲティングのすべて』春秋社、2003.11) サポートページ
It's Baaack
 昔訳したやつをまとめて本にして、という。翻訳はとっくにあがっているんだが、まずクルーグマンが了承の回答をよこさず、そのうちにいろんな状況が変わってしまったので、どういう解説をつけるかで少し頭をひねる必要があるのだ。がんばらねば。というわけでがんばりました。しかし株価があがってなんか景気回復ムードで、まずったなあ……と思っていたら、なんとあつらえたように発行直前に日経平均また一万円割れ。わははは、って喜んじゃいかんな。なお、春秋社のウェブページは、なんだかずいぶん停滞しています。

ジェイムズ「ゲロンパ」ブラウン『おれがJBだ!』(文春文庫、2003.9)
JB
 昔訳した(というか、訳し直してあげた)ものを、井筒映画『ゲロンパ!』(ゲロッパ、だっけ)とのタイアップで出す、らしい。あと本人も来日するらしいね。それとこいつはぼく一人が訳しているわけではないし。ほかの人たちって連絡とれるのかなあ。渡辺さっちゃんはまあ大丈夫だけれど(なんとかなったみたい)。まああの JB の本ですから、自画自賛のかたまりみたいな本。ああいう生き方というのは、楽しいんだろうか、それともつっぱって疲れるんだろうか。特に解説とかは書いてないので。

ビョルン・ロンボルグ『環境危機をあおってはいけない:地球環境のホントの実態』(文藝春秋、2003.6)本文全文サポートページ 文藝春秋のサポートページ
環境危機をあおってはいけない
 世界の環境保護活動家たちをふるえあがらせた、問題の本。『暗号技術大全』と並んで、ぼくの訳書として記録的な厚さ。が、訳してこんなにおもしろかった本もなかなかない。サポートページでは、Scientific Americanでの批判と反論も訳してますので、ごらんあれ。なお、こちらが LaTeX で pdf 作って入稿したのに、文藝春秋ではあまり活用していただけず、ちょっとがっかり。用語統一でも校正でも、検索一発でできるのに……とっても便利なのに……。あと、本の中に参考文献をおさめきれなかったのは、価格を抑えるためとはいえ、非常に残念。また、索引も本につけられなかった。これはファイルにして、このサポートサイトに置いてあります。ただし参考文献は URL も多いし、ネット上にあったほうが便利ではあるのです。

ブルース・シュナイアー『暗号技術大全』(ソフトバンク、2003.5)正誤表他 ソフトバンクのサポートページ
暗号技術大全
 暗号の大家 Bruce Schneier の名著Applied Cryptography。この分野はその後の進歩がはやくて、はやくも古びてはきているけれど、一応ある時点での横並び整理として有用。この分厚い本を何年かかるかと思ったら、部室で訳者募集して手分けしてやったらものの数ヶ月でできたのはおどろき。中身を更新したいなと思ったが、とてもそこまでの余裕がなかった。また、一部本家のサポートページで「ここのソースコードはちがっている」とかしか書いていない部分があって(じゃあちがってないのを書いてくれよ!)、そういうのも正しくなおしたけれど、これまた断念。が、読み物としてもなかなか楽しい本なので、ぜひご一読を。あがってきた本を見ると、われながらよくまあこんな馬鹿な仕事を引き受けたもんだ、と感慨ひとしお。
 またソフトバンクのサポートページに行くと、巻末の C のソースコードもダウンロードできるので是非。

ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』(朝日出版社、2003.5)テキスト全文
不思議の国のアリス
 言わずとしれたアリスでございます。プロジェクト杉田玄白に入れておいたら出版したいとのこと。もちろん、杉田玄白版のファイルはそのまま。本のヤツも、好きにコピーとかしてよろしい。ただし、イラストには注意。それさえクリアすれば、全部コピーして売ってもいいぞ(そんなの買うヤツいないと思うが)。ただし、本のやつはそこそこ編集部の手が入っているのと、あとおまけのあとがきをつけました。また、このイラストはあまりテニエルちっくでないのに、一方でイメージをあまり極端にゆがめていない気がする。これ以外だと、テニエルに影響されるか、あるいは自己主張が強くなりすぎてエグい感じになるイラストが多いのです。たとえばラルフ・ステッドマンのやつとか(好きですけど)。このイラストだと、そいう押しつけがましさもないのはいい。

ロバート・スティール『オープンソース世界のスパイと秘密pdf 全文
Commons
 某出版社が出すというので訳したら、終わった頃に出版社が傾いてもう出せないという電話あり。おいー、そりゃないだろう。同じことが何度も書いてあってくどいんだが、でも中身はおもしろい。秘密情報で喜んでるのはもう古い、秘密情報は収集ばかりに力点が置かれてしまって、その後の解析がまったくないがしろにされており(エシュロンも集めるけどちっとも使えない)、さらに集めた情報が秘密であるが故に共有できず、結局利用されずに腐ってばかりいる、という議論。公開情報を有効利用したほうがずっと役にたつので、いままでのスパイの発想を捨てて、オープンソースを活用することで諜報活動を革新しよう、という議論。著者はもと CIA で、秘密主義からくる情報の重複収集や、公開情報軽視からくる各種の対応の遅れをまのあたりにしているので、説得力ありあり。HOPE にきて講演してったので知ったのだ。かれの発想に近い機関がなんとなくアメリカではできあがりつつある模様。どっか出版したいところあれば熱烈募集中。

ローレンス・レッシグ『コモンズ』(翔泳社、2002)正誤表
Commons
 ローレンス・レッシグ二冊目の著書。著作権とか特許とか、その他各種の財産権をひたすら強化するのは得策ではないことを、非常にていねいに描いた本。ちょうど訳があがったときに来日中で、あちこちで販促なども。なかなか面白うございました。あちこちでこれをめぐって議論なんかも起きて、これまたたのし。
 訳は相変わらず突貫。とにかくレッシグが日本にいるうちにあげるべえ、というのが至上命令。マラウイにて、どうせ夜はやることがなかったので、結構好都合だった。

クリストファー・ロック『ゴンゾー・マーケティング』(翔泳社、2002)正誤表
Gonzo
 EGRで名高いクリストファー・ロックの初の単独著書。マーケティングの本だけど、批判の部分はちょいとおもしろい。では代案を、という部分がトホホだけれど。流し読みすると、なかなかノリがあっていいのだけれど、精読には耐えない。が、マーケティングなんてそもそも精読に耐えないものなので、いいのかもしれない。
 訳はこれまた突貫。2ヶ月かけずにあげている。本文の組み方がなんかちょっと読みにくい感じ。字間があんまりないのと、なんか行間が妙につまっているのと。でも、装丁は妙に豪華。アマゾンの書評では、誤植が多いと書かれているけれど、ぼくはそんなに気がつかないけどな。でも正誤表作りました

ブルース・シュナイアー『暗号の秘密とウソ』(翔泳社、2001)正誤表
Secret and Lies
 暗号の大家 Bruce Schneier の最新刊。この人は Applied Cryptography で有名だけれど、その後、暗号だけじゃセキュリティは確保できないという認識に到達して、もっと検出と対応をきちんとやんなきゃダメだ、という方向性を打ち出した。本書では、その考え方を解説するとともに、なぜいろんな世の中のセキュリティがダメかについて、とっても明快な説明をしている。
 訳は、ほとんど突貫。手をつけるのが遅くなったからだけれど、最後の 4 章くらいを週末二日であげるとか、自分でも信じがたいペース。で、その後の出版も超特急でしたねー。でもおかげで誤植がいいっぱいあるという。なかでも 280 がなんと 280 になったりしているという、信じがたいミス! すみませんすみません、正誤表作りました

ペッカ・ヒマネン他『リナックスの革命:ハッカー倫理とネット社会の精神』(河出書房新社、2001) あとがき
Hacker Ethic
 ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を受けて、これからはプロテスタンティズムの倫理にかわりハッカー倫理が支配的になるのだ、と言いたいんだが言えていない本。ハッカー倫理とは何か、というところまでは書ききれているし、それがあちこちで昔よりも目立つようになっている、ということは言えている。でも、それがプロテスタンティズムの倫理にとってかわるとか、圧倒するとかいうところは論証皆無。宿題の多い本。原著のホームページ
 序文はリーヌス・トーヴァルズで、あとがきがマニュエル・カステル。カステルはネットワーク社会経済論と都市論では有名な人で、だけれど書く本がどれも無節操にぶあつくて、いつか読もうと思って放ってあった。でも、この解説を読んでかなり失望。くだらない言い換えに終始、現状説明と、そこからの抽象化が区別できずに、結局堂々巡りの議論が展開されるだけ。インターネットも遺伝子組み替えも、どっちも情報の組み替えが新しい意味を生み出すという点で情報主義(informationalism) とネットワーク社会の基盤、と言うんだけど……あのなあ。そんな表向きの「組み替え」なんてものに注目すれば、なんにだって共通点が出てくるだろうに。フリッチョフ・カプラとか複雑系とか、お約束の神秘主義もほどよく添えてあります。カステルスがこんなにつまらない論者だというのがわかったのが、本書のいちばんの収穫かも。
 ものすごい急な翻訳をしろと言われて、共訳でなんとか。

Code 表紙
ローレンス・レッシグ『CODE』(翔泳社、2001)正誤表

 かなりすごい本。たぶんフーコー的な「見えざる権力」を、きちんと分類・分析して、見える権力と見えざる権力の関係についてまでふみこみ、さらにはそれを具体的に変えていくための方策まで考えている。インターネットの法規制関係の本だと思われるかもしれないけれど、実際にはもっともっと広い射程を持った本。インターネットがらみの話しも、10 年先の状況まで見据えて、そのためにいまから動こうという本。必読。訳しているときには、くどい書き方の本だな、と思ったけれど、こうして紙になってみるとそんなに気にならない。

聖書本 表紙
ケン・スミス『だれも教えてくれない聖書の読み方』晶文社、2001)あとがき

意地の悪い聖書読本。エリック・レイモンドもお気に入り。翻訳はもう 1 年以上前に終わっているのよ。あとは、解説と、聖書の中身についての解説。ミッション系の学校にいって、聖書の授業とか受けたことのある人々には大受けするんだが、それ以外の人にどうアピールするか。あと、クソまじめなキリスト教徒がつまらん反応しそうだなぁ。しかし、おもしろい本なのだ。それに勉強になるよ。2001 年に出て、そこそこ好評。まさかと思ったけれど、なんと増刷かかったもんね。実際の反応を見ると、笑いながらまじめ、というのがわからない人が、ただのギャグだと思ったり、まじめにあれこれ言ったり、と、まあ不自由な人が多いようで。

Inmates 表紙
アラン・クーパーコンピュータはむずかしすぎて使えない!(キチガイの仕切る精神病院:ソフト開発がダメなわけ)(翔泳社、2000)序章、第1章と訳者あとがきはこちらで

翻訳は1999/10にはあがってるんだけれど、うーん、どう売るかがなやみどころだし、まあ一ヶ月やそこらで古びる本でもないので、いろいろ考えてから発売するそうな。中身は、ソフト開発批判。いまのソフトがダメなのは、普通の人間とは思考回路のちがうプログラマが自分の趣味でソフトをつくるからだ! という中身。診断部分はきわめておもしろい。解決策が尻すぼみなのが残念だが、まあこれはそうそう簡単に解決できる問題ではないでしょう。2000年2月に出ました。すごく読みやすいデザイン。

伽藍とバザール 表紙
エリック・レイモンド『伽藍とバザール』(光芒社、1999) 本文 あとがき

 本になりましたっす。でも、中身は Web で読める。さて、これでどのくらい本が売れるかが楽しみ。あと、どうしても縦書きにするというので、横文字を全部カタカナ化したのはちょっと無理があるんじゃないかとは思う。確かにたてのほうが読み易いんだけどね。

ラスベガス★71 表紙
ハンター・S・トンプソン『ラスベガスびくびくゲロゲロ紀行』(ロッキング・オン社、1999) 本文 あとがき

 邦題は『ラスベガス★71』だって。映画公開に間に合わせろってことでとっても急がされたけれど、結局公開が少し遅れるので、あまり急がなくてもよかったみたいだ。それと……映画はあまりいいできじゃなかった。あとがきにも書いたとおり、勢いだけの楽な翻訳。あとがきは、これがオリジナルで、長さの関係でここから 25% ほど削った。トンプソンについてはまあ一通り知っていたけれど、ラルフ・ステッドマンについても何か書けと言われて、最初はできないと言ったけれど、調べるうちに書けてしまった。10月に出た。
なお、本書の造本は、見る人が見ればこりまくりなのがわかる。編集の方が遊びに遊んで作っているのです。まあカバーの見返しがなぜああいう正方形の切取線がついているのか、ちょっと考えてほしい。それと扉前の薄い紙って、他の用途は……

クルーグマン教授の経済入門 表紙
ポール・クルーグマンクルーグマン教授の経済入門メディアワークス、1998) 本文 あとがき 正誤表

 お待たせしました。1998.10.28、ついに発売。無知なる大衆どもよ、これを読んで笑いと涙と目からウロコの感動にうちふるえて腹をよじらせつつのたうちまわるがよいのだ。「男子もすなる経済学を、婦女子にもさせむとぞ思ふ」(©紀貫之)じゃ。おれはこれで世の中変えちゃる! しかし一方で、経済屋さんたちからはかなりの反発が予想されて、ぼくはとってもこわいですう。いぢめんじゃねーぞ、てめーら。それに I didn't make it for you! (©Dr. Frank'n Furter) なんかえらく売れてるみたい。

ハーモニー・コリン『競馬場暴動でイカレポンチ』(ロッキングオン社、1998、渡辺佐智江と共訳)本文

 ハーモニー・コリン初監督映画「ガンモ」公開プロモの一環で、監督の処女長編。正式邦題は『クラックアップ』だけど、ぼくはこの訳題が好き。翻訳期間ほんの 10 日。密度の低い、楽な訳でした。差別用語てんこ盛りなんだけど、どうするんだろう。あといろんな断片でできている小説なので、表記とかぜんぜん統一しないで、かえってゆらすようにしたら、それを校正の人が律儀にすべてそろえて、渡辺と二人で激怒して全部戻す。なぜ編集者は表記の統一なんてことを気にするのかな。前後で漢字が少なければ漢字にして、あとのほうで漢字がつまりすぎたらひらいて、そのページの字面でいくらでも変わっていいはずなのに。読む方は気になんかしないよ。一部書店では売れてるみたい。リブロとか青山ブックセンターとか。まあ、そういう本だな。

ニック・ケイヴ『キング・インク 2』(思潮社、1998)本文 あとがき
キングインク2表紙
 ニック・ケイヴ歌詞集第二弾。前のやつで慣れていたので、特に苦労をした覚えはありません。

ブライアン・イーノ『A Year: 一年』パルコ、1998) 本文
A Year 表紙
 イーノの 1995 年日記。何の気なしに引き受けたら、いや長い長い。全部で 1,300 枚! でも、娘の話が多すぎるのを除けばおもしろい本。かれの気取ったアーティスト嫌いがよくわかって楽しいし、議論も納得できるものが多い。
 しかし翻訳作業は、著者に直接質問させてくれないので頭にきた。義理の妹が出てきて、原文のここの記述がおかしいんだけど、と言ったら「アーティストとしてのイーノの意志を重視するためまちがいもふくめて変えるな、イーノは正しさにこだわる人ではありません」とのたまい、そのくせ、picture ってのが出てきたときにこれが写真か絵かと尋ねたら「わかんないから作品と訳しておけ」だと。その他質問もすべて、彼女ともう一人日本人のミドルマンが勝手に答える。一言本人にきいてくれよ!

ペンギン・ブックス編『インタヴューズ』I, II(文藝春秋社、訳者多数、1998)
interviews1<interviews2

 1998 年 10 月末にやっと刊行されましたですぅ。ぼくが担当したのは、ウィリアム・バロウズ、ブリガム・ヤング(モルモン教中興の祖)、カール・マルクスベニート・ムッソリーニ、J・F・ケネディ、ノーマン・メイラー。最初はバロウズだけきて、あとやりたいのあるか、と言うから独裁者系と小説家を。スターリンもやりたかったけど、ツバがついてた。訳だけじゃなくて、ブリガム・ヤングの項ではモルモン教の解説まで書いたのに(高校がアジア総本山の近くだからよく知ってるんだ。とんでもない教義だよ)。もっとも教義解説は結局載らなかった。ゲラでは生き残ってたのに。仕事をしたのは 1997 年の 8 月だから、刊行の 1 年以上前。すごいせかされたんだけどなあ。でも高くて厚い本なのに、すぐ増刷かかってすごい。

ウィリアム・バロウズ大統領就任後のルーズベルト(『ユリイカ』バロウズ特集号, 1998) pdf 全文

 ユリイカ用に訳したものの全文。短いホント手すさびみたいな代物。訳も手すさびでございます。

わが教育 表紙 ウィリアム・バロウズ夢の書:わが教育河出書房新社、1998) 本文 あとがき 正誤表

 バロウズの遺作。解説について、似たようなネタのつかいまわしはいやなんだが、でも一人の人の死についてそんな器用にいろんな意見が言えるもんか! だいたい本文だって似たようなネタの使い回しだわい。というわけで、どっかで読んだような話が入ってたらごめんなさい。

ゴースト 表紙ウィリアム・バロウズ『ゴースト』河出書房新社、1996) 本文 あとがき

 余白のさらに多い、とっても短い本。翻訳は4日であげた。これについては、すでに『キリストと絶滅動物博物館』という短編があって、それをなんかで(現代詩手帖だったかな)訳す話が出ていたんだが、訳してみたところ「それはこんど長編になるからダメ」という返事がきたのだった。で、それを多少使い回したことも訳がはやくあがった一因ではあった。

内なるネコ 表紙
ウィリアム・バロウズ『内なるネコ』河出書房新社、1996) 本文 あとがき

 余白の多い、とっても短い本。一週間弱で翻訳はあげた。これも解説の中身はほとんど同じだなあ。なお、掲載時には後半の広州でネコを食べ損ねた話は削除されてしまった。ネコ好きをおちょくっているからってことで。削除分はこのまま、CUTで使った。

ウィリアム・バロウズ『ノヴァ急報』(ペヨトル工房、1994) 本文 (pdf) あとがき
ノヴァ急報ペヨトル版表紙
ペヨトルが解散してしまったし、入手できなくなってしまったので、文だけは見られるようにしておく。ただし関係者以外は見てはいけません。あと印刷とかはできないので悪しからず。
 『ソフトマシーン』は文庫化されて、これもうまく行けば……と期待はしていたんだけれど、まあそこまでうまくは行かないか。個人的には、これがバロウズ作品の中でも有数のお気に入り。たぶんサンリオSF文庫第1回配本の一冊で、バロウズとの(どちらかといえば不幸な)出会いの想い出がある本なのと同時に、その後その復讐戦もあって、こいつに正当なかっこいい翻訳を与えてあげずにはおくものか、という気分があったせいだと思う。2020年に見ても懐かしい。

マックス・アギレーラ=ヘルウェグ『劇場としての手術』(トレヴィル、1997) 全文
劇場としての手術表紙
 友だちの本を訳すのは、うれしいけどこわい。だって万が一駄作だったらどうしよう……でも、これは衝撃的にいい写真集だった。文はちょっと大仰にセンチになりすぎてるきらいはあるけど、でも言いたいことはわかる。マックスは現在、医学予備校で、そろそろ本科に進めるはず。(ダブリンの医学校に受かったそうな。おめでとさん!19980901)(その後、ダブリンに愛想をつかして(なんか、この写真集はダブリンでは封印しろとかいろいろ言われたんだって)、ニューオーリンズのテュレーン医学校に転籍。本人がとっても喜んでいたので、ダブリンはかなりアレだったんだろうねえ。19991101)

ジャン・スタラー写真集『オン・プラネット・アース』(トレヴィル、1997) 全文
オン・プラネット・アース表紙
 日米同時発売で、写真集そのものは英語、日本にはそれに翻訳ブックレットがつく形になっている。

蝶の物語たち
ウィリアム・T・ヴォルマン『蝶の物語たち』(白水社、1997.12)全文 (pdf) 訳者あとがき

 ヴォルマンのちょっといいお話。本人の手になるへたくそなイラストもなかなか味わいぶかいものがあります。カンボジアの思い出もセンチメンタル。時間はかかったけれど、いったんのりだしたらガーガー訳せた。最初のうだうださ加減がなかなか最初はつかめなかったのだ。

H. R. ギーガー『スピーシーズ』(トレヴィル、1996) 全文

 これは、初稿のゲラをもらって、それで作業を始めた。写真やアートのアレにえらい気を使ってて、全部モザイクかけてあるんだ。だから絵の描写をされても、何がなにやらさっぱりわからない。で、初稿ではギーガーは結構機嫌がよくて「久々に思い通りの仕事ができた」と喜んでるんだけど、その訳が終わってから、最終稿ってのがきて、中身が完全に変わってる! 完成した映画を観てギーガーが激怒して(まあ、あんなクズ映画じゃ当然だわな)、「何一つおれの思い通りにいってない!」という罵倒文に変えてあるんだもん。全部やりなおし。二度手間だ。週末2日であげる仕事ではあったけど。
 まあひどい映画だったから、気持ちはわかる。ナスターシャ・ヘンストリッジは大根のきわみ。シナリオもひどいし、最後に洞窟でエイリアンの赤ん坊が見る見るうちに成長するのは明らかに市販のモーフィングソフトみたいなお手軽仕上げだし。それでも続編ができるんだからあきれたもんよ。

H. R. ギーガー『フィルムデザイン』(トレヴィル、1996) 全文

 ギーガーの「スピーシーズ」以前の映画関係作品を集めた作品集。この人に満足してもらえる映画をつくるのは本当に大変みたい。「帝都物語」ボロクソです。「縮尺まちがえてる!」だもんなー。

『アイアンマウンテン報告』表紙
レナード・リュイン『アイアンマウンテン報告』ダイヤモンド社、1997.06)全文 (pdf) 訳者あとがき

 この本は訳せてうれしかった。ジュディス・メリルせんせい、ついにぼくはやりましたです! この解説については、「猪口邦子はその通りだが、亭主のほうだって五十歩百歩」とゆーご意見をかなり多方面からいただいた。そうなのかぁ。でも、整理屋としてはそれなりにいいと思うんだけどな。なお、売れ行きはあんまりよくなかったけれど、いまでもちびちびと需要はあるみたい。あと、これすでにしばらく前に邦訳があったとか。ひえー。知らなかった。

『そのコンピュータシステムが使えない理由』表紙ランダウアー『そのコンピュータシステムが使えない理由』(アスキー、1997)

 変な事情の本。最初に IEEE Spectrum かなんかの書評に出てて、読んでみてこれはと思って企画書を書いてアスキーに出したら、もう版権とって別の人が訳しだしてる、残念でした、とのこと。ところがしばらくして連絡がきて、その「別の人」(だれだかぼくも知らない)が翻訳を投げたので、大急ぎでやってくれ、だって。変なの。ぼくはまあ、予定通りできたからいいんだけど。

『シティ・ライフ』表紙ドナルド・バーセルミ『シティライフ』(白水社、1995)全文 (pdf) 訳者あとガキ

 あと書きは書きっぷりが大人げないので、あとガキである。このとき、デビッド・ポラッシュ『ソフトマシーン』(ケッ、おそれ多いタイトルつけやがって)を読み直して、これはもう絶望的だと思った。こんなのがブンゲーひょーろんなら、そんなものは犬に喰われてしまうがいい(いや、犬だって喰わないか)。もっと、おれがこれを読んだときの感触をうまく説明してくれ!
 というわけで、こんな解説。でも、これはいつかどうしても翻訳したいと思っていた作家だったので、大満足。ホントにおもしろいのになあ。

『ニグロフォビア』表紙ダリウス・ジェームズ『ニグロフォビア』(白水社、1995)全文

 同じく「ライターズX」シリーズの一冊。
 ニガーラッパーっぽいのりの中流頭でっかち黒人作品という感じ。会ったときは、アメリカ初の独自の笑いや演劇の伝統は黒人を笑いものにするボードビルなのである、アメリカエンターテイメントとは黒人を見下す歴史なのである、という説を唱えてはいた。その後、何冊か出してはみたようだけれど、鳴かず飛ばずというところか。
 これまた再刊される見通しは限りなくゼロに近いなあ。

『モロク』表紙ヘンリー・ミラー『モロク』(大栄出版、1994)全文 (pdf)

 ヘンリー・ミラー幻の処女作。
 とにかく、自伝的な主人公をかっこよくすることだけ考えている小説で、だらしなさも仕事のできなさもすべて他人に転嫁して主人公は諦念と絶望と知性で運命の被害者として悪役を演じていることにしたいんだけれど、それに失敗している。「モロクはそこですばらしくも感動的な演説を繰り広げた」と書くけれど、その演説そのものは書けないといったトホホな部分多数で、訳しているときはへきえき。でもあとから読んでみると、それなりに味があるという見方もできるのかもしれない。
 最近出た日本語の選集にも入れてもらえない、かわいそうな作品ではある。大栄出版の「セクシャルレジスタンス」なるシリーズに入った。

『器官切除』表紙マイケル・ブラムライン『器官切除』(白水社、1994)全文

 「ライターズX」というシリーズの第一弾。このシリーズは 6 冊くらい続いたのかな。いまにして思うと、収められた作家たちのパワーは弱いなあ。だれも残っていない。
 この作家を見つけてきたのは、例によって柳下毅一郎だった。あいつは昔からいろんなものをよく読んでいた。比較的血の気の薄かった 1990 年代初頭のシーンでは、ここにおさめられたような作家でもかなり上のほうではあった。その中で、ブラムラインはちょっと異質で、あまりまじめに作家とかブンガクとか考えていない。それがかれのいいところではあった。その後、二冊出して、いまはどうしてるんだろう。アマゾンで検索してみても、それっきりのようで、残念ではある。いちばん可能性はあった作家だった。日本語版の表題作は、『ウォンバット』に載ったので、シリーズ収録はもう二つ返事という感じ。著者もいろいろ親切に答えてくれた。
 再刊される見通しは限りなくゼロに近いなあ。

キャシー・アッカー『アホダラ帝国』(ペヨトル工房、久霧亜子と共訳、1993)全文 訳者あとがき

 訳した本の中でタイトルがいっちゃん楽しくきまったのはこれだと思う。共訳の久霧亜子氏は昔から NW-SF (と言って知ってる人はあんましいないだろうが、高校から大学にかけての山形があるのはこの雑誌のおかげ)なんかでたくさん翻訳をしてる人で、いっしょに仕事できて光栄。やっぱ女性的な繊細さってのは男には出せないよねー。とはいえちまちましすぎたところもあって、そーゆーとこ女ってやっぱダメだと思うぜ、なんちて。
 しかしまさかアッカーが死ぬとは思わなかった。それもあんな、ニューエージのホーリスティックヒーリングなんぞにはまるとは。あなたがこれまで築いてきた(あるいは破壊してきた)ものって、結局なんだったんだ。

P・J・オローク『ろくでもない生活』(JICC 出版、1993)全文以上 訳者あとがき
ろくでもない生活
 結構好きな翻訳。罵倒全開の文章なので、こっちも全開にするだけ。楽だねー。なお、実際に本になったときは、かなり削ったのである。したがって、ここに挙げたのは本になったもの以上の代物。また本では、それにあわせて原稿の配置も変えてある。

ベルナール・チュミ『建築と断絶』鹿島出版会、1997)全文 訳者あとがき

 建築デザイン分野に進出! 最初はチュミの名前だけ見て持ち込んだ企画だったんだが、訳しているうちに腹がたってきて、あと書きを書く頃にはもうチュミが大嫌いになっていた。なお、日本にもチュミの取り巻きが(当然)いて、「こんなのなんて言ってチュミに説明すればいいんだ!」と激怒していたとか。説明しなきゃいいのに。それに、かれらがチュミの別の本を訳して同時期に出るはずだったのに一向に出ないのはなぁぜ? それはどう説明すんの、取り巻きさんたち? きらいな解説は読み飛ばせばいいけど、ない翻訳は読めない。そのほうが悪質で不誠実だと思うな。
 あと『ロンドン・アヴァンギャルド』という本を書いた人が、その文中でぼくのラ・ヴィレットの悪口について「けっ、金勘定ばっかで空間のわかんないやつが口を出すな」とか書いていた。やれやれ、まさにそれがダメなんじゃん。公共空間にくだらん選民思想もちこんでどうすんだい。あんただけの「空間」じゃないんだぜ。
 しかしそれ以外はおおむね好評。会社の女の子たちには「本文はちんぷんかんぷんだけど、あとがきにはすごく感動した。そうですよね、かっこつけた人より誠実がいいですよね」とおほめのことばをいただく(大得意)。それにしても森田さんは何を考えてこれをそのまま載せたのかな。絶対削られると思ったのに。ありがとうございます。

ジェフ・トランター『Linux マルチメディアガイド』オライリー、1997)
Linux Multimedia 表紙
 Linux 本の単独訳。著者もとっても協力的で、楽しく楽な翻訳でした。

ウィリアム・バロウズ『おぼえていないときもある』(浅倉、山形、柳下、渡辺訳、ペヨトル工房、1993) スキャン版 (pdf, 58MB) あとがき
おぼえていないときもあるペヨトル版表紙
ペヨトルが解散してしまったし、入手できなくなってしまったので、文だけは見られるようにしておく。山形以外の翻訳もあるが、まあ見逃せ。
 歴史的に、山形と柳下がバロウズに入れ込む発端となった、浅倉久志訳の「おぼえていないときもある」を収録した本で、たぶんこの二人にとっては想い出深いもの。いま見直してもいいなあ。本のスキャンはファイルのサイズが巨大なので、いずれtex版もつくります。これは山形担当部分はファイルもあるので、はやめにできるはず

ウィリアム・バロウズ『猛者(ワイルド・ボーイズ):死者の書』(ペヨトル工房、1990) スキャン版 (pdf, 58MB) あとがき
ワイルドボーイズペヨトル版表紙
ペヨトルが解散してしまったし、入手できなくなってしまったので、文だけは見られるようにしておく。
 バロウズとしては、『ノヴァ急報』などカットアップ三部作から、『シティーズ・オブ・ザ・レッド・ナイト』のシリーズに移行する中間の作品。読後感もそんな感じになっていると思う。猛者、という題名はやっぱり流行らなかったね。テキストがあると思ったらなかったので、スキャン版をアップしておく。でもミルキィさんのブックデザインのフォントは非常にOCRしづらくて、うまく読み取れていないから、コピーするのはむずかしし、ファイルのサイズが巨大なので、いずれtex版もつくります。

ウィリアム・バロウズ『映画ブレードランナー』(トレヴィル、1990)全文
映画ブレードランナー 表紙
 言わずと知れたウィリアム・バロウズのブレードランナー。あのリドリー・スコットの映画とはタイトル以外まったく関係ありません。

フィリップ・K・ディック暗闇のスキャナー(東京創元社、199)正誤表 全文

 ディックの名作。なんと邦訳刊行後 13 年たってから、原書の誤植と結果としての誤訳が判明。なお、2005 年頃に映画化されるとの情報が入って、不労所得! と喜んでいたら、創元が翻訳権を早川に取られてしまった。「でも山形なら訳もいいし商品価値あるからそっちでも使われるでしょう」と言われたが、何の音沙汰もなく 2005 年も半ば……と思ったら、なんと 2005/11 にいきなり浅倉久志訳『スキャナー・ダークリー』が出てしまった。しかも言いたくはないが、ぼくの訳より下手になっている(まあ自分のほうをひいき目に見ているだけかもしれないけれど)。もちろん浅倉さんだから、一定の水準は当然クリアしてはいるけれど、。偉大な先輩に多少なりとも勝てたと思えるのは、嬉しいと同時に残念。

フィリップ・K・ディック死の迷路(東京創元社、1989)pdf 全文

 ディックの凡作……と思ったけれど、その後の変遷を考えると、実は結構重要な作品なのかも、と思うようになってきました。一時絶版だったけれど、その後ハヤカワで再刊されることになったので、本文公開はヤメです。

ヴィクター・ボックリスウィリアム・バロウズと夕食を(思潮社、1988>)訳者あとがき

 ウィリアム・バロウズの雑談集。


翻訳協力書

リチャード・H・セイラー『市場と感情の経済学』ダイヤモンド社、1998)
Olaf Kirsch 『Linux ネットワーク管理』第一版(オライリー、1997)
『セックスワーク』
『ルー・リード詩集』(梅沢葉子訳、河出書房新社)

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