ピンカー『人間の本性を考える』(NHK 出版)の翻訳を改善するのだ。

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山形浩生
(2004/9/25)

 ピンカー『Blank Slate』(2002) の邦訳『人間の本性を考える』(2004, NHK ブックス) が出ました。『心の仕組み』はいろいろケチのつけがいがあったので、今回もどんな具合か見てやろうと検分をはじめましたが……ほとんどない。すばらしい!

 まずすばらしいのが、注と参考文献一覧をちゃんと載せているし、邦訳も調べている! えらい。一昔前ならいざ知らず、いまは邦訳チェックはよほど変なの出もない限り、ネット検索一発なので、その程度の手間を惜しまないでくれたのはうれしい。これもあちこちでいろいろ糾弾した成果かな?

 訳文が堅くて古くさくてださくて、ピンカーのジョークのきれがなまくらになっている点は相変わらず。でも、前みたいなまちがいは見あたらない。今回はこの程度のまちがいしか見あたらない、という趣旨に近い。多くは趣味の問題もあるし。というわけで、今回はあまり大きなミスの指摘はないと思う。ぼちぼち気がついたところを入れてきます。


邦訳ページ もとの訳 改訳 コメント
タイトル - ドン、ジュディ、レダ、ジョンに捧げる 献辞の扱いは確かに悩むことはあるんだが(それに謝辞の最後にも書いてはあるし)、まあ一行くらい入れてあげてもいいじゃないか!
上 p.11 最後の 3行 人間の本性というものは存在しないとする教義は、人間の本性は存在するという科学的な証拠や一般常識が示す根拠にさからって、まさにそのような悪影響をおよぼしている。 人間の本性は存在するという科学的な証拠や一般常識があるにも関わらず人間の本性なんか存在しないとする教義は、まさにそのような悪影響をおよぼしている。 真ん中の部分のかかりかたがちがうのだ。改良案は、翻訳処理として「存在しないという教義は」という主語にたどりつくまでが長くなりすぎていやなんだけど。
上 p.13 問題は、こうした主張が単に荒唐無稽なだけでなく、常識を疑われそうなことを言っているという認識が欠けているところにある。 問題は、こうした主張が単に荒唐無稽なだけでなく、自分が常識的に変なことを言っているという自覚さえ書き手にはないことだ。 まちがいってほどじゃないなあ。翻訳処理の範囲内に十分入る。ちょっとひっかかっただけです。
上 p.79 l. 7 子供は言語を「成長させる」と言うべきだと考えるノーム・チョムスキー 子供は言語を「はやす」と言うべきだと考えるノーム・チョムスキー grow 。チョムスキーは言語は肉体器官みたいなものだと思っているので、歯みたいにはえてくるものなのです。
上 p.129 l. 13 エリック・ホファー エリック・ホッファー 細かいっすが。邦訳はみんなホッファー。
上 p.147 l.3 『モンティ・パイソンズ・フライングサーカス』 『空飛ぶモンティ・パイソン』 これが正式邦題。
上 p.186 l.5 性的に喚起して 性的に興奮して sexually aroused. 性的に喚起、はないでしょー。ここらあたり、だんだん目に余る直訳が増えてきている。
上 p.210 『社会生物学』に対する最初の攻撃は、主たる異論に的をしぼっておこなわれた。 『社会生物学』に対する最初の攻撃は、同書の核心をなす異端の説に向けられた。 zero in を、的を絞ると無理に訳さないほうがいいでしょ。主たる異論というのも意味不明。
上 p.212 C.H.ワディングトン C.H.ウォディントン そこそこ有名だし邦訳もあるでよ。荒俣宏が言及している。
上 p.259 l.7-8 歴史学者のツヴェタン・トドロフは…… - この文章、主語と述語がきちんと対応してないよ。。
中 p.42 l.13 マクシム・ゴールキー マクシム・ゴーリキー 黒澤明映画の原作も書いてるし、結構有名かと思った。
中 p.156 l.33 映画『マグナム・フォース』 映画『ダーティハリー2』 部室タレコミ TNX!
下 p.220 l.6 ゴス [ゴシック音楽のファン] ゴス [厭世的ロックを聴きつつ黒主体の死人めいたおどろなファッションを好む子たち] 説明が長いな。でもゴシック音楽のファン、ではないのでございます。

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