朝日新聞書評しなかった本 2004/4-6

堀越『飛ぶ鳥の静物画』
 年寄り学者の自閉したエッセイ集。なんとなく自分の研究に没頭しているように見せつつ、外側に卑しい目配りをしてみせているあたりが最悪。昔のフランス語の読みはいまとはちがったのだ、という程度のことはわかるけれど、それ以外の部分の自己満足ぶりが醜悪で即座に隔離。

ケリング他『割れ窓理論による犯罪防止』
 割れた窓を一つ放置しておくと、「あ、ここは放棄されてるな」と思われて他の窓も割られやすくなる、という理論。小さな犯罪を放置することが、大きな犯罪を誘発するという理論。ジュリアーニがニューヨークの犯罪減少のために使った理論でもある。これに関する原典の翻訳。いいんだけど、ちょうど谷岡一郎の環境犯罪学本が出て、こっちのほうがスコープが広いし一般向けなんだよね。合わせ技で触れるけれど、個別には書評しない。

小島『確率的発想法』
 うーん、これはやるつもりだったのに、最初の選択にあがってこなくて、推薦して入れたのが4月になってから。2月末刊の本なので急がなきゃと思ってたら、仕事がたまってて結局手をつけられず。時間切れになってしまった。どこかよそでやりましょう。残念。

多賀『ソニーな女たち』
 ふざけんなのソニーの提灯本。ソニーではたいてる女たちが、まあいろいろ抜擢されたりとか、仕事をまかされたりとかして各種仕事をしてます、というインタビュー本。インタビュアーはもう豚のケツでも誉める状態で、インタビューされる側がいくつかの話について「それは話せません」と言ったことを取りあげてくだらんおべんちゃら。バカかね。

神野他『経済学の危機と学問の危機』
 2003 年 10 月に行われたシンポジウムの記録に、その参加者が雑文をつけたもの。いまの不景気で「この危機を前に経済学は新しいパラダイムを誕生させることができずに立ちつくしている」と神野は言うけど、いまの不景気って「危機」か? 調整インフレ論とかも出て、学問としてはきちんとした提言もしているのに。一部の市場万能論や構造改革論がうまく機能してないからって、経済の危機だの学問の危機だの言い立てるのは明らかに勇み足。そして神野がその危機を、どうでもいい引用まみれでやたらに大風呂敷であれこれ言うものだから、パネラーたちのコメントみたいなのが無意味なくらいせせこましいものにしか見えなくなっている。またそのパネラーのコメントもひどい。学問の危機、というレベルの話を、いまの日本の大学「改革」批判にすりかえる間宮の議論。「ジェンダーを無視してる」と言うだけの大沢の議論(それは一部の福祉政策論がまだ不十分だという話で、本書の問題意識とは関係ない)。こんな散漫で無内容な代物が創業90周年記念シンポ集だということは、むしろ経済危機よりは岩波書店の危機を象徴しているように思う。

矢荻『空間 建築 身体』
 多くの建築評論と同じく、感想文をむずかしく言い直した以上のものにはなっていない。また論理性もほとんどない。p.297 には、「空間」への関心が薄れた時期とフランク・ロイド・ライトの建築への関心が薄れた時期があるという話が出ているんだけれど、その両者の関係みたいなものがまったく説明なしに、それが相互に傍証となるかのような変な書き方。他にも読んでて理屈のつながっていないところ多数。「身体感覚」「仮想境界面」等々の物言いも、目新しさがないし、思いつきの域を出ずに一般性を持たない。

谷岡『こうすれば犯罪は防げる』
 また時間切れ。いい本だったんだけれど。申し訳ない。

NIRA『国際機関と日本』
 世界銀行、国連各種機関の活動と予算、そしてその成果と日本の国益への影響をまとめた本。こうして日本からの拠出をきちんとまとめてくれたというのはありがたいし、国益という観点をきっちり打ち出してくれたのもうれしい。だが、成果のはかり方とか、実際に活動が役にたってるかという分析がマクロすぎて役にたたない。世銀の活動は有効かどうか、と判断するにあたり、世界の貧困者数の比率を持ち出してくるのは変だ。ユネスコの活動を評価するのに、世界の識字率を出されてても、別にそれはユネスコの活動だけによるものじゃないし、むしろマイナーでしょ。もちろん、代案があるわけじゃないんだけれど、そして難しいのは十分にわかるので、努力しただけでも誉めたいんだけれど、でも書評するには至らず。日本の国連幻想みたいなものをきちんと批判してくれているあたり、気持ちがいいし、古森ナントカの本よりずっとまともで有用なんだけどね。と書いておいてアレだが、やっぱ書くことにした。

池田『闇の文化史』
 お懐かしや。大学時代に 1920 年代ベルリンなんてのが大好きで平井三巻本なんかを読んでた頃に、これも読んだっけ。でも、再刊本は原則としてはずす方針なのと、あと今これを読むという意義がいまいち見いだせなかった。1920年代キャバレーをやるんなら、いまの DJ カルチャーをやるでしょ。

ポーシャルト『DJカルチャー』
 DJ カルチャーをやろうと思って読んでみたが、浮かれているだけ。訳文は、ぼくの文体に似せようとして努力はしていてほほえましいけれど、でもこういう過去の権威に依存しないで自由にサンプリングする DJ 文化がえらいと言おうとしつつ、実はそういういろんな過去の権威に根拠付けを求めずにはいられない卑しさは、なんとかならないかなあ。あと、仲俣による批判も重要。最後に出てくる Beastie Boys の Check your head はそういう意味じゃないと思うぞ。

青木『効率化から価値創造へ』
 これまでの IT は、定型作業の効率化狙いだったけれど、これからは従来にはない新しい価値創造のためにITを使うのだ、という能書き。もういい加減、この手の話は飽きたんですけど。価値創造の例としても特におもしろいものが出ている訳じゃないし、書評する意味なし。

小島『インドのソフトウェア産業』
 インドのソフト産業はすごいから日本企業は手を組みましょう、というだけの本。大した中身なし。

ドーキンス『悪魔に仕える牧師』
 ドーキンスのエッセイ集なんだけど……これがあまりおもしろくない。『知の欺瞞』書評とかいくつか楽しいのはあるんだけれど、あとドーキンスのいろんなものへの意外な考え方がわかっておもしろいところはあるんだけれど(たとえばかれは人間と他の動物の間に一線をひく考えを否定していて、だから動物に権利を認めるべきという(ぼくはトンデモだと思う)発想を容認している)、全体として比較的一本調子でおもしろみに欠ける。ドーキンスのネームバリューだけでやろうかとも思ったけれど、やめた。

安斉『理論考古学入門』
 考古学というのは発掘だけだと思われているが、その発掘結果を理論づけるためには背景となる仮説構築と理論がいるのだ、ということを主張した本。……そんなの、あたりまえじゃないの。そしてその考古学の理論を作るための枠組みとか称するものがあれこれ述べられているんだけれど、それが単なる学問流派を並べただけみたいな代物で脱力。そして途中に出てくるこれからの考古学者像は、自説の正しさにしがみつかずに批判は受け入れようとか、個人攻撃をしちゃいけないとか、通俗書を書くより査読論文誌の掲載数が実績として重視されるようになろうとか……ねえ、ウソでしょう。こんなバカな話をいまどきやってんの? 考古学界ってこんな低級なところなの?

リチャード・ヘル『Go Now』
 久々に腹の底から怒りを感じる一冊。あのね、かのニューヨークパンクの筆頭リチャード・ヘルがね、「あー、おれはヘロイン中毒で情けないよう」とか愚痴たれてて、「よし、雑誌社からきたロード日記の取材を期にやめるぞ」とか思って旅に出るんだけど、「あー、やっぱついつい薬を買ってしまうよう、おれの人生だめだあ、メソメソ」とかいうの。するとなんだかずっとついてきてくれた物わかりのいい女が「いいのよ、あなたのそういうところも含めて好きよ」とか言ってくれて、結局その旅行も途中でやめちまうという……ばかやろー、なにつまらん愚痴たれてやがる。高校生のオナニー願望充足小説かよ。売上ノルマが足りないと部長に怒鳴られるのに比べたら、おまえの悩みなんかカスだ! NY のリーディングでおまえが腹の出たおっさんになってただけでもがっかりしたのに、こういう違法文書を平然と出すとはなんたることか。こんな明らかなパンク泣き言禁止法違反の低俗文書、いますぐ発禁の却下だ! おまえのレコード買うのにはたいた小遣い返せ!

四方田他『男たちの絆、アジア映画 ホモソーシャルな欲望』
 昔からよくある、男の友情ものとか男の絆ものの映画ってあるでしょ。東映やくざ路線でもいいし明日に向かって撃てでもいいし、ギャングと刑事のアレでもいいし。男二人の友情に、必ず女がからんで云々。これはホモセクシャルじゃないけど、でも性的以外の社会的なところで密につながってるから、ホモソーシャルといおう、というもの。はあ……そう言ってもいいけど、それがどうしたの? くだらない言い換え以上になっていない。そして収録されている論文は「これもホモソーシャル」「あれもホモソーシャル」だけど、なかには「さらばわが愛」とか「ブエノスアイレス」みたいな明らかな同性愛映画も入ってるし、それじゃあ最初の区分けが無意味でしょう。

真田『イラク戦争 イスラーム法とムスリム』
 イスラームでは、テロはいけないことになってる。ところでアメリカのイラクやアフガン爆撃はよくない。これだけしか言っていないつまらない本。しかも途中でテロ擁護とも受け取れるようなことを言い出すし。脈絡のないだめな本です。

エスボズィート『グローバル・テロリズムとイスラーム』
 この前の本とは正反対のすばらしい本。ジハードという概念がイスラームの歴史の中でも波乱含みのものであり、アルカイダなどがそれに乗じるすきを持つものだった、というのをきちんと認めており、さらに因習的なイスラームのあり方がもたらした停滞が、そのジハード概念の濫用をある意味で助長してきたことを指摘して、それをイスラームが今後どう乗り越えるべきか、という姿まで提案している。レビューできなくて残念。



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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)