朝日新聞書評しなかった本 2004/1-3

ブロディ『エデンの彼方』
 狩猟採集民と農耕民とを対比させて、いま残る狩猟採集民についてまわって、なにやらおセンチな思い入れたっぷりの文を垂れ流して、狩猟採集民を迫害してはいけません、という PC な結論に落とす本。テーマ的にはおもしろいが、著者の変なロマンチシズムがそれを殺している。表紙見返しの紹介文に、本文のダメさ加減がよく反映されていて「著者は一方に与することなく」とか(明らかに狩猟採集民側にむちゃくちゃ偏ってるんですけど)、「正邪、善悪の二項対立を超えたところに人間としてより良く生きる道が見いだせる」(狩猟採集が邪とか悪とか思う人はなかなかいない)とか、変な物言い全開。また、本書の主な論旨として上がっている「農耕民は遊動生活者」(それに対して狩猟採集民は同じテリトリーをぐるぐるまわるだけ)という言い方は、かなり変。農業のほうが生産力が高くて人口を増やせて(狩猟採集民は、人口を増やせなかった)結果として農地を広げることになった、というのと遊動生活をしている、というのとは別でしょう。ちなみに、こうした文脈ではよく「狩猟採集民/原住民/ドジンは自然と調和してすばらしい」とか言うんだけれど、それって往々にして単に「いっぱい死んで人口が増えなかった」というのの、聞こえのいい言い換えなんだよね。

ホーラーニー『アラブの人々の歴史』
 通史としてはよくまとまっているし、現代まできちんと整理して、イスラームが現代に対応できなくなってきていて、クルアーンとハディースの新しい見なおしがいるのではないか、という点をにおわせつつまとめているのもいい。だけど、あまりにテーマが大きくて、これだけの厚さでも、やはり駆け足感がある。それと分析的な面はどうしても弱くなる。高い学問水準を誇っていたイスラムが、なぜそのリードをヨーロッパに奪われたのか?これは板垣雄三の本でもそうだけれど、「昔のイスラームはすごかった、進んでいた」というだけじゃだめなのね。本書でもそれはきちんと書かれていない。400字くらいで紹介する可能性はまだあるけど……(結局しなかった)

『「バンコク・ヒルトン」という地獄―女囚サンドラの告白』
 なんだかんだ言って、安易にクスリの運び屋引き受けたあんたがバカじゃん。自業自得だ。それを何を悲壮ぶってやがる。しかも宣告は 25 年だけど、恩赦でそれがすごく短くなってて(この人は途中で母国のイギリスの管轄下に移管されるんだけど、イギリスだと外国で服役したらそれは4倍に換算してくれるんだって!)、しかもその間も獄中で看守とちちくって妊娠したりして、おまえほんと、なーんも反省とかしてないのね。いい気なもんだ。

板垣雄三『イスラーム誤認』
 板垣先生にはアラビア語を教わったし、イスラームの基本的な見方についても教えてもらった。でも、当時から思っていたことだけれど、かつてのイスラームが高度な文化を発達させ、女性の権利とかも世界的に高い水準だったこと、文明もヨーロッパよりずいぶん進んでいたこと、等々というのを挙げて、だからいまのイスラームに対する見方は偏見だ、という理論を出すのは変じゃないか。かつての栄光では、いまの決してほめられた状態ではないイスラーム文明を正当化できないと思う。本書も、そこが難点。

磯崎+福田『空間の行間』
 いやな本。建築とテキストをなにやら挙げて、それを巡って賢しらな会話を両者がするという。きちんと論じるべきところを、放談でごまかしていて、福田の最近の本に多いパターン。雑誌のページ埋めでしかないものを安易に単行本にした感じ。

嶽本野ばら『ロリヰタ。』
 嶽本野ばら。器用だし、決して悪いわけじゃない。でもかれは自分のマーケティング戦術のためにポテンシャル以下のところで低迷している作家だと思う。ファッションうんちくと、美意識に基づく選民意識くすぐりみたいなのでゴスロリっぽい耽美派気取りの(往々にして醜い)女の子たちの市場を確保していることで、あまり努力をしなくていいところに安住してしまっている。このロリヰタでも、かれはその外にあるもっと普遍的なものにちょっと触れてはいるのに、それを十分につかむことなく、軽くつつくだけで戻ってきてしまう。残念。

コエーリョ『11分間』
 コエーリョ。安易でいやな作家だ。日本でニューエージ作家扱いされちゃってるのはかわいそうだけれど、でも一方で自業自得。ニューエージ的なナルシズム全開だもの。売れるツボみたいなのは心得ていて、本書でもそれは健在。11分というのは、服を脱ぐところから前戯まで含めて、セックスの一通りの時間なんだって(あ、じゃあぼくもそんなに早いわけではないのかも)。それが愛によってすばらしいものになる、というあざとい本。それを語るのが娼婦で、というのも実にいやだと思わない? そこにからむお説教くさい話も、いちいちげんなりする。

ミラー『仕事に使えるゲーム理論』
 仕事には使えません。仕事が終わってからの復習には使えます。深く体系的に理論を説明しようという本じゃなくて、いろんなサンプルをもとに考え方を示す本で、悪くはない(ビューティフルマインドのナッシュ均衡説明がまちがっているとかいう小ネタもいい)。でも、羅列になっちゃうんだよね。それが苦しいところ。あと、時間切れです。

袴谷『仏教入門』
 どこが入門じゃあっ! しょっぱなから仏教と日本におけるマルクス主義だのダーウィンだのの影響が云々されて、続く章ではインドの地理の話から各種観念の伝搬が(その観念自体について何の説明もなしに)こちゃこちゃ書かれ、その後も細かい文献引用とややこしい系譜学のオンパレード。高度な観念は扱ってて、コンパクトなのはよろしいのだけれど、これは入門書とは言えないよぅ。

ステープルドン『最後にして最初の人間』
 20 億年を一冊、それも小説としてカバーしようと思うのが無謀。ホモ・サピエンスが出てきてから数万年しかたってないのに、そんな 10 億年先の生き物なんてもはや「人間」じゃないぞ。話は壮大なんだが、まあ一行あたり数世紀はふっとぶので、小説としては破綻。アメリカや中国の国民性に対する考察とか、セックスの重要性についての認識とかは面白いんだけれど。普通の人に勧められる本ではない。

松原『人口減少時代の政策科学』
 年金の話と、あと民営化と地方分権。特に後の二つが人口減少とはあまりうまく結びついていなくて、まあどこかで聞いた話の変奏でしかないと思えたので興味が持てない。

石原『テクストはまちがわない』
 読者だってちゃんと仕事をしないと本なんか読めない、という認識はわかるんだが(『たかがバロウズ本。』著者ですしぃ)、結局中でやってることは、従来型の重箱隅つつきのブンゲー評論にとどまると思う。あまり評価できない。

ハインツセンター『ダム撤去』
 また水力ダム反対のバカ NGO 本かと思ったら、意外にもまともな本。耐久年数を経たダムは、取り壊さなきゃいけないわけだ。そしてアメリカでは30年くらいの寿命でダムを造ってるから、そろそろダム撤去がエコロっぽいバカな話とは関係ないところで現実に問題になってるし、日本のダムは 100 年くらい寿命があるけれど、それでも世紀の変わり目あたりのダムがそろそろだ。新妻さんの放出したのを引き取ったので、書評の時間がなかったし、またあってもちょっと特殊な関心領域だからアレなんだけれど、結構おもしろかった。

コリンズ他『ツタンカーメンと出エジプトの謎』
 てめーらいい加減にせいよ。出エジプト記というのは、実はエジプト人の中の宗教改革勢力の離脱物語であり、その弾圧を決めたのがツタンカーメンで、だったかな。なんかそんな話で、なにやらツタンカーメンの墓にそれを記したパピルスがあったんだけど、発掘者の二人がそれを隠匿して、いまそれはユダヤ資本のロスチャイルドがおさえているのだ! というだんだん妄想度がアップするひどい本。おまえなあ。

フーバー『脳とセックスの謎』
 竹内久美子のまともなやつ。まあ紹介してもいいかなー、しなくてもいいかなー、という程度で、さらに途中の紅葉の説明がまったくなってなかったので、却下。要するに、紅葉って何の実利性もない無駄な行動なのになぜそんなものがあるのか、というわけ。アフリカのガゼルとかは、チーターとかライオンがこっちを見せると、ぴょんぴょん飛んで見せて、「おれは元気だからおっかけても逃げおおせるよ」というのを誇示することで生き残る、紅葉というのも、わざと生存上不利なことをやってみせることで自分の元気さを誇示する行動だ、というのだ。その場合の敵は、アリマキなんだって。そして紅葉の激しい木ほどアリマキにやられやすいという研究から、それが証明されたというんだけど……ぜんぜん証明されてないじゃん。アリマキは木の葉の色を見て「ああ、じゃあこの木にたかるのはやめよう」と思うわけ? 証明も反対でしょ。同じ樹種の中で、紅葉の激しい木のほうがアリマキが少ないということが示されればこの話は裏付けられるけれど、そのほうが多いんじゃあ何にもならんではないの。ハミルトンがそんな研究してたの? 信じられん。紹介者も、書いてて変だと思わなかったのか。

ソネット『経済物理学』
 株価の暴落がなぜ起きるかを、岩石屋さんがあれこれ分析してるんだけど、悪しきデータマイニングでしかない。これはべき乗則にしたがうとかこっちはフラクタルとか。「なぜ」というのがまともに分析されることはまったくない。だめじゃん。それがなきゃだたのただのカタストロフィ理論の焼き直し(それも生焼け)でしかない。

山本『ジャガイモとインカ帝国』
 南米のいろんな文化は、トウモロコシが中心だったと言われているけれど実はジャガイモ類の果たした役割のほうが大きかった、という本。おもしろい。世界的に穀物中心主義が幅をきかせていて、日本でもいつのまにか米が特権的な扱いをされているけれど、でもよく見ると日本でもこないだまで米より雑穀のほうが重要だった、とか。ふむふむ。なるほどね。書き方もかなりおもしろいし、フィールドワークと文献資料の組み合わせも軽やかでいい感じ。ちょっと時間と他の本との順番のせいで入らなかったけれど、なかなかお薦めの本です。



朝日書評一覧 山形日本語トップ


YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)