朝日新聞書評しなかった本 2003/10-12

島泰三『親指はなぜ太いのか』
 手とあごの形は主食で決まる、という話はわかる。でも人間が昔は骨(骨髄だけじゃないぞ)を食っていた、というのは……

『知財攻防』
 新聞連載をまとめたもの。いろいろあります、という感じでこれというポイントに欠ける。

森健『火薬と愛の星』
 冒頭のしつこいクスリつきセックスの部分が村上龍『トパーズ』の安易版みたいで萎えた。その後も風俗小説の域を出ないと思う。

松浦晋也『われらの有人宇宙船』
 最大の疑問である「そもそもなんで有人でなきゃいけないのか」という点についてのコメントを一切スキップして、単なる技術論に落ちていくのにはがっかり。普通の人が宇宙に行けるようにしたい、と言うんだけれど、なんのために? それなしには、最終章の「江戸のパトロン精神を復活させろ」とかいう議論も意味なーし。要するに「だれかおれに遊びで無駄金つぎこんでくれ」という物欲しげな言いぐさにしか見えない。大森掲示板で見ておもしろそうだと思って、頼んでセレクションに入れてもらったんだが、残念。

マクファデン『量子進化』
 タイトルからしてペンローズのトンデモっぽい議論を肯定するものなのは見えているんだけれど、それだけじゃない。進化が起きるためには、ときどき遺伝子のコピーのまちがいが必要でしょ。この人の議論では、なぜまちがいが起きるかというと、そこに量子的な不確定性があるからなんだって。……どうしましょ。

菅野知之『日本の木で家を建てよう』
 著者のベンチャービジネスの宣伝用の本。日本の材木は安い、将来炭素税が出てきたら輸送コストの分外国の木は高くなるから、国産材を使いましょう、なんて話が出てくるけれど、そんなのは炭素税が出てきたときにみんなが自然に考えるでしょう。国産材をとりまくシステムの問題として著者が指摘しているものがホントに解決されれば、自然に国産材の需要も増えるでしょう。いま無理して使わなくてもいいんじゃない?

ホセ・リサール/村上政彦『見果てぬ祖国』
 フィリピンの英雄小説家、ホセ・リサールの代表作二編……を、村上政彦が翻案して勝手にくっつけた代物。リサールは、プロパガンダ小説としてはまあ熱っぽくていいけれど、泥臭いし、ラテンアメリカ小説みたいな世界そのものが荒れ狂うようなすごさはない。階級闘争、宗教組織への怒り等がストレートに書いてある。そしてさらに、それを村上が一部勝手に加筆したりしている、というところが非常にいや。正編と続編とはいえ、もともと二つの小説だったものが、勝手に一本化されるというのはとても気持ちが悪い。せっかくフィリピンにいて、導入部のつかみがよさげなので(「ぼくはいまリサール公園にいる」とかさ)、なんか読み始めたんだが、ちょっとこれはどうしたもんか、という感じで見送り。

バカなカルスタ学者ども『マトリックスの哲学』
 いやあ、本当にカルスタ系哲学や文芸批評の連中って、露骨なヴァカなのね。フェミニズム批評は、あのマトリックスのソケットを「挿入する」行為をあれこれ深読みして、クローネンバーグの「エグジステンス」のほうがいいとかくだらんこと言ってるし、相対主義者はマトリックスにおける現実とシミュレーションが云々。特に後者なんて、それをポモ哲学的にあれこれ言っても追加されるものは何もないでしょう。

ナスダーフト他『失われた恐竜を求めて』
 他の人の放出をひきとったこともあって、時間切れ。

田中・安達『平成大停滞と昭和恐慌』
 これはたいへんによい本だったのだけれど、これまた他人の放出を引き取ったせいで、時間切れ。

ケプセル『ネット空間と知的財産』
 思ったよりおもしろい本だったんだが、タイミングを失した。時間切れ。

ランドリー『創造的都市』
 創造性を活用することで都市再生ができる、という本なんだけれど……これってよく考えると、何も言ってないに等しいと思わない? 住民参加とか、環境配慮とか、文化何とかとか、能書きはあるんだけれど、これを参考に何かしようとする人々に本当に役にたつのかな。事例集を並べてくれた方がよっぽど役にたつように思う。

松本『理論とテクノロジーに裏付けられた新しい選挙制度』
 理想的な投票のあり方を、あれこれ理論的に考えていて、ネットワーク時代にふさわしい在宅投票システムを、というんだけれど、空理空論に流れて、基本的にセキュリティをどう考えるかとか、人間のシステムに対する信頼とかについてきちんと考えられていない。理論とテクノロジーの理想化された形しか考えていないと思う。シュナイアーの電子投票に関する各種考え方のほうが有益。

ルジャンドル『ドグマ人類学総説』
 法律とかその他は、すべて前提となる(必ずしも根拠のない)ドグマがあります、という話はわかるんだけれど、それがどうした? 衒学的な話をちりばめる割には、結局何をしたいのかはっきりしない。訳者の西谷も、思わせぶりなことばかり言うけれど、結局安易な「文明の衝突」的な議論(いろんな文化は前提となるドグマがちがってそれがいまや衝突しているという議論)に安住する以上の結果にはなっていない。

徳島他『マーケットの史的考察』
 まずここでのマーケットって、抽象的な経済学的な意味での市場ではなく、東京中央卸売市場とか、具体的な意味での市場、「いちば」と読むようの市場ね。歴史的な記述があったかと思うと、最近著者たちがイギリス旅行してきたときの見学記なんかが延々と続いていたりして、また著者が書いている節に続いて翻訳が丸ごとごそっと入っていたり、まとまりのないことおびただしい。最後に仙台の卸売り市場に対しての提言その他があるんだが、提言そのものが「政策的対応が望まれる」という何の提言にもなってない代物なうえ、前半でずっとやってきたイギリスの市場についての知見がまるっきり関係していない。こんなのダメー。

前田『メソポタミアの王、神、世界観』
 全体を一通り見ました、という感じで終わっているうえに、政治経済的な考察をしていないので、なんだか非常に中途半端な印象を受ける。二分法に基づいた世界観があったというのはわかるんだが、まあ世界中でよくある見方で、特に変わった感じもしないし、ここに注目することにどんな意義があるのか、というのはさいごまでわからなんだ。あらかじめ関心のある人にしか関心が持てない本。

パージュ『僕はどうやってバカになったか』
 軽薄な本。もちろん著者は冗談めかして軽く書きつつ、ホントは結構重たい重要なテーマを扱ってるつもりなのね。だけれど、かれが重要で重いと思ってる部分こそが一番軽薄なのだ。主人公が冒頭で「知性」として描いているものって、知性でもなんでもない、知的なファッションにすぎないのだ。そして知性を捨ててバカとなったかれが、ボディビルやってマクドナルド食べてファッションに目覚めて証券ブローカーをやる、というのがバカとして描かれているんだけれど、かれはそうした活動にあるバカでない部分、というものを評価できる頭がない。さらに最後の部分についていえば……きみ、本格的なバカなのね。文明批評のつもりが、自分の馬脚をさらけだしただけに終わった悲惨な本。雰囲気はボリス・ヴィアンに似ているところがあるんだけれど、中身の真の軽さは及びもつかない。あと、装幀を見てぼくはてっきりみすず書房の本かと思ったら、青土社なんだね。

ムロディナウ『ファインマンさん最後の授業』
 うーん……これはボツが決まっているわけではない。すごく迷っている。ガンにかかったファインマンとのお話しやらエピソードをちりばめた、お涙ちょうだい的な感動もののいい話、なんだが……ぼくはファインマンの自伝に見るような悪ガキ的で元気なところが好きなので、こういう「いいお話」的にファインマンを(それもかれの死をこうやって客寄せのエサにして)紹介することに、すごく抵抗があるのだ。こういうのに感動する人がいるのも知っているし、そういう層をつつくためにどんな書評を書けばいいかも十分に承知している。でも……というより、まさにこの著者も、ずばりその定番の手口を知っていて、その通りに本書を作ってる。ぼくはそれがたまらなくいやなんだが、一方でそのあざとさに気がつかない人に、こういうのを売りつけることが一定の意義を持つことも知っている。うーん、うーん、うーん、どうしましょう、田崎さん。(結局やらないことにした)。

ワトキンス他『エンロン内部告発者』
 おもしろいんだが、やっぱ最終的には粉飾会計の話になるわけで、そこのところはどうしてもわかりにくくなる。この手の話の難しいところで、相対的にはよくやっていると思うんだけれど。それを補うために、社内権力闘争みたいなところに話をもっていっているのは、うーん。あと、ケン・レイには結構甘いのね、この本。それと知らなかったんだけれど、別にワトキンスは、外部に向かって告発したんじゃなくて、内部のケン・レイに向かって警告メモを書いて、それが後に流出した、ということで、流出してから有名になって、議会でいろいろ証言したりした、ということなんだね。あたしゃ彼女が直接SECにタレこんだのかと思っていた。うーん、これも気分次第でやるかも。

ワトキンス他『腕木通信』
 『パヴァーヌ』の話が……一応、腕木通信の歴史としてはおもしろい。そしてそれがナポレオンらによってフランスのかなり広域に広がった話とか、その傍受の話とかも結構おもしろい。しかし、それをインターネットの先駆者みたいな話にしたがるのは困ったもんだと思う。それを言ったら、アメリカインディアンのたき火の狼煙システムだってインターネットの先駆だ。すべての通信システムには、共通の特性があるというだけなのだ。もう一歩広い一般性をもたせられないと、トリビアの域を出なくなってしまう。おもしろいネタなんだけどね。

皆川『総統の子ら』
 ナチス時代のヒットラー・ユーゲントのお話し。ナチスがみんな悪逆非道の連中だったなんてはずはなくて、多くのナチ党員は、きわめて高い意識を持ち理想に燃えた人々だったという話は、その通りなんだと思う。そして2ちゃんねるや新しい教科書では日本の歴史教育を自虐史観というけれど、いまだにナチスについて肯定的な発言が一切許されないドイツの自虐ぶりにくらべればかわいいもんだろう。そういう問題提起としてなかなかいい。ただ、小説としてのできがいいとは思えない。伏線の張り方が短いし、またラストに著者がドイツに取材にいく話に唐突にかわるのもアレだ。戦後の裁判の過程で不当な扱いを受けて殺される主人公やその友人なども、最初のほうでふっていた存在論的な話はどうなったんだ、という感じ。一読する分にはおもしろかったが、敢えて書評したいとは思わなかった。

猪瀬『道路の権力』
 これは本業とのからみで倫理的にできない。うーん。

クレイムズ『ビジネスを変えた7人の知恵者』
 顧客を重視しましょう、内外の知恵に謙虚に耳を傾けましょう、変化を恐れてはいけない、不動の信念を持ちましょう、社員を大事にしましょう、コスト意識を徹底しましょう――いろんな CEO を例にこういうお題目が並んでいるんだけれど、まあここに挙げただけでも対立するものが山ほどあるわな。不動の信念と、顧客や内外の知恵を取り入れろというのはしばしば矛盾する。社員を大事に、というのとコスト意識とも対立する。大事なのはこういうお題目そのものよりは、そのさじ加減なんだろうけれど、これはどんな本を読んでも出ていないものではある。よくある無益な本だと思う。実用的に見せようとして、各章の末尾にチャート式のまとめがあるんだが、これがお笑い。たとえばルー・ガースナーの教えはこんな具合(pp.132-4):
  1. 顧客重視を周知徹底する
  2. 業界を新鮮な視点から見つめてみる
  3. 競争相手のウェブサイトや新製品を研究し、業界の競争環境を分析する
  4. 可能ならば、今後三年のうちに開発可能なソリューション重視型商品を五つから七つ書き出してみる
  5. それらの開発に必要な資源について、詳しい事業計画を立ててみる
  6. ほかの幹部にそれを見せて意見を求める
 脱力しない? まあこれをしてないなら、するに越したことはないけれど。全体にこの程度。あと、ここ数年のエンロン等のスキャンダルに触れて、CEOは叩かれ過ぎている、とか言っているんだけれど、そういう十把一絡げの物言いをしてしまう愚鈍さも、この本をつまらなくしている。



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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)