朝日新聞書評しなかった本 2003/04-06
- 『監査社会』
- 言っていることはわかる。監査を細かくすると、監査されるほうがそれにあわせて書類を整えたりして、いずれ監査が事故目的化して現実と離れるようになるため、かえって監査の精度は下がる可能性がある。そしてこれを一歩進めれば、二重帳簿や不正会計まですぐそこだ。そして現在の社会は、いろんな場面でひたすら監査を強化しろ、という話になっているし、粉飾会計が起きたら、監査を厳しく、という話ばかり。でも、可能性としては監査を厳しくするが故に不正が起きるのかもしれない。なるほど。ただ理屈はわかるが、それをどうしろというの? その部分の提言がまったくない。結局、そこそこのところでやるしかない、という結論は変わらないんじゃないか。というわけで、放出。
- ダライ・ラマ『ゾクチェン入門』
- チベット仏教ゲルグ派の親玉であるはずのダライラマが、異端のはずのニンマ派の最高奥義ゾクチェンを説くってどういうこと? 宮崎哲弥経由で、山口瑞鳳的な考え方しか知らなかったために非常に疑問に思って読んだ。さて、書いてあること自体の是非は不明ながら、その後部室やその他のところで結構説明してくれる人が出て、なんとなく事情がわかってきた。山口瑞鳳は、極度にゲルグ派マンセーの立場で結構変らしい。中沢新一はニンマ派の修行をして、それがインチキだ、的な言われ方をしたけれど、そういうわけでもないらしい。また、ダライラマはニンマ派の修行もそれなりにやっているし、また政治的にも多くの派閥を統合しようという腹もある。てなことで、この周辺の知識は多少ついたけれど、書評できるような状況ではない。というわけで、放出。
- 井田茂『異形の惑星』
- これはなかなかおもしろい。太陽系外惑星ハンターなんていう趣味があるんだねー。ただ、前の人が放出した後で読んで、すでに期限がかなり迫っていた一方で他に書評したい本が詰まっていたので、見送り。残念。
- 山上たつひこ『追憶の夜』
- 長い小説で、まあ一応読ませるんだが、なんだか全体に構成がよじれているというか、ずいぶん当初の思惑と離れた方向でオチをつけた感じ。あと依頼人の妹とのからみがちょっと見てられない。
- 『燃える氷』
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メタンハイドレートをめぐる小説だと思って読み始めたら、途中で富士山が噴火して難民右往左往、政治家がえらそうにあれこれ、という感じ。クライン・ユーベルシュタインをちょっとほうふつとさせるけど、最後になるとメタンハイドレートはどうでもよくなるという……そりゃあないでしょ。
- 九 丹 『ドラゴンガール』
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中国から男探しにシンガポールにきて、留学生の身分でまあ売春っぽいことをしつつ、いい暮らしのためなら殺人さえも、という女の子と話で、シンガポールではなんか大騒動になってベストセラーになったそうだけれど、しょせん風俗小説。日本でわざわざ騒ぐほどの本じゃない。
- 伊藤元重『グローバル経済の本質』
- 可もなく不可もない。伊藤元重は、どうもなんか通俗エコノミストを目指してはいるけれど、へっぴりごしで手遅れになってからやってきたあげく、書くこともいつもつまらなくてあたりさわりのない、常識的な線しか書けない。IT 革命の旗を最後になってふってたのを、ぼくは忘れないぞ。この本もそう。特にとりあげたいと思わなかった。
- アクセルロッド『複雑系組織論』
- つ、つまらん。すごく期待していただけにがっかり。日本のおばかな複雑系経営とかその手のしろものと大差ない。多様性が大事だとか、淘汰が重要とか、だれでも思いつくようなキーワードを並べて、それがゲーム理論や進化論でも似たような議論が一部で見られることを指摘して、それでおしまい。
- コートライト『ドラッグは世界をいかに変えたか』
- まあ世界各地にはいろいろと、認められるドラッグ(コーヒー、タバコ、一部では酒等)と認められないドラッグ(大麻/ハッシシ、カット等)があって、その利用は実は政府の市民コントロール手段でもあり、ドラッグと社会は密接に結びついていた、という本。おもしろいといえばおもしろいが、書き方がニュートラルすぎて、結局なんなの、という印象をまぬがれない。というわけで、放出。
- 野口旭『経済論戦』
- 野口旭は最近似たような本をたくさん出しすぎているような気がする。その中で特にこれをとりあげるべきかというと、うーん。迷ってうまく答えがでなかったので放出。
- 『事故は語る』
- 各種の事故の事例をあげて、その原因を探るというとてもおもしろい本。お勧めではあるんだけれど、ほかにいくつか書評したい本があって、それに負けた感じで放出。
- 松本 正生『世論調査のゆくえ』
- 世論調査の実態とその影響についてまとめており、だんだん世論調査があてにならなくなってきた一方で、新聞などが妙にそれに依存するようになってきて、かなり状況が歪んでいることを的確に指摘したよい本。これは、書評しきれなかったのが残念。
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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)