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行け行け、我らが腐れオヤジ!

――ハンター・S・トンプソン「アメリカン・ドリームの終焉」(講談社)書評
(週刊朝日1994年頭、かな)
山形浩生


 ハンター・S・トンプソンとは一言で、谷岡ヤスジまんがの現実アメリカ版である。「バーロー、ブッ殺したるけんね!」を乱発しつつ、何の勝算もなく殴り合いと撃ち合いと二日酔いの真っ只中に転がりこんで、事態をややこしくした挙げ句、逆にボコボコにされて放り出される、みっともない腐れオヤジ。だが野次馬の我々は、そのオヤジの蛮勇に惜しみない無責任な拍手と声援を送るだろう。ハンター・トンプソンも、同じく無責任な喝采にふさわしい、頭に血がのぼりやすいぶざまなおっさんなのである。

 それが証拠に、見よ、表紙の著者の勇姿を! 雪の中のタイプライターを撃ちまくる、短気で非生産的きわまるヤケクソ破壊衝動! これぞトンプソン博士の真骨頂であり、それは本書の隅々にまで充満しきっている。

 すてきなことに、このオヤジは決して懲りない。次々に時代の騒動の核心を嗅ぎあて、その台風の目に飛びこんでくれる。うぉーっ、ヘルズ・エンジェルズ! うぉーっ、ベトナム戦争! うぉーっ、大統領選! 特に六〇年代から七〇年代の本書の記述は、事態の中心近くで自ら手をそめていた者だけに許された活気と迫力を持つ。「ジャーナリズムには『行動』がある」というトンプソンは、自らそれを体現していたのだ。ヘルズ・エンジェルズとつるみ、陥落直前のサイゴンに赴き、大統領選ではヒッピー票動員の秘密会議を組織。首を突っこみ過ぎて毎度デスクや会社と衝突し、カッとなってやめてしまうのはご愛敬。が、やめる時も、罵倒とたんかをテンコ盛りにして楽しませてくれる。「バーロー、殺す! 体制ベッタリのブタ野郎め!」おっさん、いいぞ! やれ、やれ!

 政治的にはかれは、典型的なリベラル個人主義者だ。目新しい政治的洞察や視点はない。売りはむしろ、客観公正中立完全無視の、誇張と脚色だらけの直接参加型文体。人呼んでゴンゾー(無頼派)ジャーナリズム。「冷酷な醒めた視点」よりは、血走った喧嘩っぱやさ。もちろん主な敵は共和党系アメリカ政治体制だ。それを片端からこきおろしてくれる小気味良さは、ちょっと類がない。本書でもそれはたっぷり味わえる。

 ただし訳は、英文法と日米口語表現に関する無知のせいで粗雑。うんこタレとは言うけど「貧乏たれ」(十六頁)なんて言わないよ。貧乏はたれないもの。Bitchって普通は女の侮蔑表現で、「雌オオカミ」(十九頁)なんかじゃない。「だが、この問題はとても奇妙で、はじめて読んだときはどんな種類のジャーナリズム作品でも、作り話として書かれたものとして読むならある程度楽しむことができた」(百四十六頁)なに、これ?

 が、このハンデをもはねのけて、トンプソンの「バーロー!」はとどろき渡る。行け行け、腐れオヤジ! 時に本書は、深夜過ぎの酒場での、泥酔サラリーマンのはだか踊りにも似た絶望的な悲壮感を漂わせる。あれもこれも、結局はヘマしちまった。結局世の中、クズじゃねーか。クソーッ、バカヤロー! ヒッピー世代のグチだけど、でも、こいつのグチには妙にもっともらしいノリがある。本を閉じるまでの数時間しか続かないノリとはいえ、その時間のおひねり代と思えば、本書の定価二千八百円はお買い得。それに出し惜しみなんかすると、凶暴で野蛮な著者に何されても知らないぜ。

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