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ビデオ・オン・デマンドとメディアの将来

(朝日パソコン 1995年8月くらい)

山形浩生



 その昔、といっても考えてみればわずか2年ほど前のことなので驚いちゃうのだけれど、アメリカではみんな情報スーパーハイウェイとか騒いでいたのである。それが今、みんななんだか結局初心を忘れて、くだらん企業広告ホームページをこしらえたり、通販に毛がはえたような代物でニュービジネスと称して大騒ぎしたりしてる。志が低いなと思う。

 むろん、昔も変な議論はあった。「情報スーパーハイウェイで500チャンネル!」とかいう議論は、昔からよくわかんなかった。ありゃいったいなんだったのかしら。単に回線容量の目安で出てきた数字が、勝手に一人歩きしちゃったんだろうけれど、それをもとに「500チャンネルもあると、番組探しが大変だからテレビガイドが大儲け!」とかみんなマジ面で言ってたもんねー。
 ただ一方で、全体としての夢はもっと大きかった。情報ハイウェイで、すべてのメディアが大変貌を遂げる――テレビも新聞も出版も、すべて変わる――アメリカでの情報ハイウェイ話初期の興奮は、そういうスケールの大きな産業転換の期待が背景になっていた。一時のメディア関連企業のM&A(合併・買収話)ブームだって、そういう文脈でとらえられ、話題にされていた。
 そういうでかい話が最近まったくなくなってしまっているので、寂しいと言うか何と言うか。山師は嫌いだが、一方でヤマっ気のある話は好きなのである。それが最近は、山師どもが神妙にスーツ姿でビジネスマンぶって、チンマリと現実論を説教するばかり。つまらないことおびただしい。「すべてはデジタル!」と相変わらず山師しているのは、ネグロポンテくらいではないか。彼の議論は古くさいし穴が多すぎて、とてもマジには受け取れないけれど、ヤマっ気という点だけは、この男は評価できるのだ。
 もちろん、ここらへんの話は現在進行形だし、いずれドカッと派手な話が持ち上がるかもしれないんだが、こういう低調さの背景には、騒いではみたものの、事業としての可能性が見えてこない、という事情がある。「情報ハイウェイ!」「メディア・コンバージェンス!(通信インフラの発達で、電話、放送、通信、出版などのメディアがだんだん統合される、という議論)」とはいうものの、具体的に何ができんの? というところでみんな口ごもる。新しいインフラさえできれば、とはいうものの、できてどうなのかわからないと誰もカネを出さない。

ビデオ・オン・デマンド (VOD):情報ハイウェイ期待の新ビジネス?

 かろうじて事業としての具体性を持っているのが、ビデオ通販(お茶の間ショッピングね)と、インタラクティブTVとかビデオ・オン・デマンド (VOD)というやつで、これはアメリカ(そして最近では日本でも)の大容量ネットの実験プロジェクトというと必ず出てくる代物。名前はかっこいいが、実験されているのは、まあいわば出向かなくていいレンタルビデオ屋だな。オンラインで「これが観たい!」というと、ネットワークでそれが転送されてくる仕掛けだ。出向かなくていいし、人気タイトルが貸し出し中ってこともなし、巻き戻さなくていいし、返し忘れの延滞料もなし、いいことづくめ! アメリカでの貸しビデオ産業は年商130億ドル規模。それをそっくり頂戴できる!
 なるほどいかにももっともらしい。しかし、まともに成功した例は皆無。
 結局、お金がかかりすぎんのね。住宅街に1軒ビデオ屋をつくるのとは話がちがう。各家庭にケーブル引いて、データをやりとりする設備も必要。採算をとるには、対象地域の全員が1人週4本くらい利用しないとダメなんだと。月に50ドル使わないとつらい。1世帯4人で、各世帯1日約2本、月2万円……そんなビデオ漬けのやついねーよ(そんなの、実験せんでもわかりそうなもんだが)。
 現実に、アメリカで300世帯くらいを対象に行った実験では、各世帯2週に1本、というのが平均的な姿らしい。まあそんなものだな。日本でも、京都あたりで実験が始まったらしいけれど、どうなんだろうねえ。日本だと、世帯当たり月4万くらい使わないと採算ライン割れ、という話になると思う。……どう? そんなにビデオ観る? しかも普通のテレビやビデオ屋がちゃんとあるのに?/p>

VODはテレビで救え?!

 おれは……できると思う。問題はやっぱソフト。映画なんか流すからいけない。流すべきなのはテレビ番組なんだ。
 世の中で一番難しいのは、という冗談があって、それはビデオの録画予約である、と。「ロケット科学者でさえ難儀する」というのが英語圏の決まり文句。これ、通常はユーザインターフェースの問題にされるけれど、ちがうよ。予約したって、時計が狂ってて頭が切れてたり、野球が延長とかで、インターフェースとは無関係に録画予約って苦労の甲斐がないもの。それに番組が観たいのって、学校や職場で話題になって「しまった、見損ねた!」という時だもん。
 ここにつけこめるんじゃないか。いまのビデオ屋・オン・デマンドじゃなくて、本物のビデオ・オン・デマンド。注文に応じて、すでに放映済みの番組を回線で送ってくれるサービス。ビデオテープはコンビニで1本4-500円。これと張り合うってぇと、放映10分あたり100円くらいでみんな抵抗なく使いそう。これができたら、もう録画予約なんか絶対しない。何度でも気が向いたときに送ってもらえばすむもの。一般世帯で、週に5-6回は利用がありそうだね。月に1万円。成立すれば、徐々に家庭でのテレビ視聴の中心がこっちに移るはず。企業でも結構使いそうだから(「おい、昨日の『技術立国』は観たか?」とか「今朝のニュース観たか」とか)、これで平均2-3万くらい。うーん、あと一歩。
 で、さらに奥の手。著作権上、こういう商売ができるのは現在のテレビ局だけ。最初のうちは、注文で送り出す番組にもコマーシャルを入れて、その分スポンサーから巻き上げて料金を下げればいい。これでなんとか採算ライン! 慣れてきたら「料金割高だけどCM抜き!」という配給も登場し、やがてCMに頼らない番組製作も成立。料金もフラット制じゃなくて、山場はお高め、需要の大きい番組ほど料金も高くするといった知恵もついてくるだろう。
 そうなったら、放送業界は激変する。テレビ番組づくりも完全に変わる。NHKが生き残れれば、あの受信料とかいうふざけた代物(しつこいなあ、言ったでしょ、おれはNHKなんか観てないからそんなの払いませんってば!)も消えるし、広告屋ごときがでかいツラをすることも(ある程度)なくなる。
 アメリカのケーブルテレビなんてのは再放送の嵐だし、評判良ければすぐ「XXマラソン」と称してシリーズ一挙放映をする。そういうのと張り合う環境だと、この種の事業も成立しにくいけれど、日本だと話がちがう。日本なら、これはもっと現実性をもっている。

メディア世界変貌の予感?

 発展させると、最終的に出てくるのは映像の図書館のようなイメージだと思う。テレビ番組に限らず、本でも絵でも乗せてしまえるな。これはすごいよ。映画のビデオ屋・オン・デマンドも、その一部としてなら成立する。出版も乗らざるを得ないな。ある程度まで広がれば「情報アクセス権を担保」と称して、公共が補助金を出すことも正当化される。自画自賛だけど、すごいじゃん。できそうじゃん。採算(それとコスト負担の仕組み)はもっと詳しく調べたいけれど、これができたらホントに世の中の一部は派手に変わりそうじゃん。テレビ局2つと大手出版社/新聞社が3つくらい潰れて大騒ぎ。天下の朝日新聞社も安泰ではいられまい。『朝日パソコン』も生き残るのは……難しいんじゃないかしら。うっふっふ。どう? ヤマっ気あって、わくわくする話でしょ?

 さて、だれがこれに真っ先に手をつけるだろうか。今世紀中には何かしらの方向性は見えてくるだろうけれど、いやあ、おもしろい時代に生まれたもんです。
<終>

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YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>
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