アメリカ電脳雑誌事情

山形浩生
 

 アメリカのニュース・スタンドに行くと、三方の壁一面にそれこそ無数の雑誌がひしめきあっていて、見ているだけで圧倒されてしまう。無数のファッション雑誌やビジネス雑誌、モロだし巨乳洋ピン雑誌、ゲイ雑誌にレズ雑誌に刺青雑誌、音楽雑誌に主旨不明雑誌の山をかきわけて進むと、たいがい店の左手奥あたりにコンピュータ雑誌が群れをなしている。上の方には開発者やエンジニア向けのMSJだの C Journal だのDDJ(おなつかしや)だのが並んでいるけれど、手近にはしごがないのでそっちは端折ろう。手の届く範囲にあるのが、素人に読める雑誌集団だ。

 その中で、PC業界最多シェアをバックに一番目につくのが、白地の表紙に赤タイトルのPC/AT互換機雑誌の群れだ。PC World, PC Magazine, Windows Magazine などいろいろあるけれど、誌名同様、表紙も中身も似たりよったりの互換機比べっこ雑誌。「Pentium搭載機徹底比較!」「カラーラップトップ120機徹底評価!」「Windowsグラフィックアクセラレータのすべて!」互換機は毎月のように新製品が出るのでネタは尽きないが、まじめに読むのは直近で互換機を買う予定のある人だけ。しかし、そういう人が結構いるのでこういう雑誌も成り立つ。個人的にはどんぐりのナントカだと思うが、一応PC Magazineのお墨付きが一目おかれている。

 こうした雑誌の存在意義の半分以上は、通信販売の広告にある。その点で他の追随を許さないのがComputer Shopperだ。巨大カタログ通販雑誌。判型も厚みも大きすぎるので、棚の横の床に平積みになっている。数百ぺージにわたる広告の中に、チョロッと記事がはさまっているのを知らない人は多いが、時々「マック自作法」とか変なネタが出るので、気が向いたら目を通すのもいい。でも、重い!

 さて互換機雑誌の物足りなさは、まさにそれが「互換機+Windows」という成り行き物量世界に安住しているところにある。とりあげるのは、「どういう製品が出ているか」という話だけ。何か新しい見通しがあるか? ない。

 Byteにはそれがある。正当派ストロング・スタイル。メインフレーム以外のコンピュータに関するほぼすべてをカバーし、常に地に足のついた読みごたえのある(でも平易な)記事を載せる。一定レベル以上のコンピュータ関係者のほとんどは、何はなくともByteだけには目を通す。またこの雑誌の製品比較テストは、他誌より根拠が明確で有益。日本版はもっと頑張れ!
 雑誌の動向で、コンピュータ事情の一端が見えることもある。UNIX関連雑誌がいい例だ。かつてUNIXを冠した雑誌は三誌あった。それがいまはUNIX Review一誌。他の二誌はOpen ComputingOpen Systems Todayに改名。むろんUNIXがすたれたのではない。先日バークレーのUNIX開発団体CSRGが、4.4BSDのリリースで解散したように、UNIXというOS環境が転換しつつあるということだ。UNIXが常識化し、UNIX自体より、それを含めた環境に関心が移りつつあるのだ。雑誌の表紙だけで、そんなことも見えてくる。

 その点マッキントッシュは安泰だ。代表的なマック雑誌はMacWorldMacUserMacWorldのほうが老舗で格調高く、記事も広がりと深みがある。互換機のように、どこがイニシアチブを取っているかわからないといった悩みはなく、「アップル社は何を考えておるのか」といった程度の問題意識でじゅうぶんに将来が語れるのは強みだ。MacUserは商品比較が売り物。優劣に応じたネズミマークで親しまれている。広告でも「MacUser誌上でネズミ5つ!」というのをよく見かける。

 マックとちがってアミーガは危ういこと限りないが、その専門雑誌Amazing Computingは異常だ。ほかのどのコンピュータ雑誌が、「コモドール社有価証券報告書分析」だの「アミーガのマーケティング戦略のあり方」だのを論じるものか。嫌う人もいるが、個人的にはMBA的コンピュータ雑誌と思って楽しんでいる。NeXT Worldもその気があるから、先行き不安なマシンやソフトに共通な現象なのかもしれない。

 棚の周縁部は、境界領域雑誌が多い。派手な表紙で目を引くMondo2000は、サイバー雑誌だと思われているが、実態は一知半解テクノ神秘主義者たちの妄想と、自己満アーティストの駄弁り垂れ流し雑誌。本来はこんな立派な体裁で出す雑誌ではない。冗談としてはまあまあだが、役には立たないな。こういう雑誌だけ読んで聞いたふうな口をきくバカが多いので要注意。

 Mondoとセットで語られることの多いWIREDは、その点ちゃんとした取材に基づいた記事が多く、ずっと読める。日本のインターネット事情のルポなど、的を射た耳の痛いもので感心した。ハイテク万能的な雰囲気はアレだが、中身のあるいい雑誌だ。ただし、ニューズウィークの通俗記事とこの雑誌だけで情報テクノロジーを語りたがるバカがビジネス・スクールなんかに徘徊していて、困ったものだ。

 2600はハッカー向け実用誌。と書くと、ハイテク最先端の華やかな感じがちょっとするが、実態は八割以上が電話ただがけ情報という泥臭くてせこい世界。「ソフト会社は高価格販売でソフトウェアのエリート化を狙っている! 民衆のソフト利用権を守るため、プロテクト破りと違法コピーを促進しなければならない!」とかいうとんでもない主張が堂々と載っていて笑える。

 マルチメディアの旗を振る雑誌はいくつかあるが、この業界も「ネコも杓子も」的流行が去って混乱のきわみにある。多くがCD-ROM紹介雑誌になり下がった中、New Mediaだけが広い技術・社会的な視野を保ち続けていて読ませる。またMultimedia ReviewVirtual Reality Worldに生まれかわった。が、VR界も発展途上の地道な世界なので、この手の一般向け雑誌がどこまで続くことやら。一方でPCVRは、同じVRでもお手製ホビイストVRの世界を追及するすばらしい雑誌。「糸巻き式ヘッド・トラッカ製作記」などアメリカDIYの健在ぶりを見せつけてくれる記事ばかりで感動的だ。研究者にはPRESENCE。ガチガチの専門誌だ。

 BBS(パソコン通信)雑誌も多い。一番面白いのはBoardwatch Magazine。メジャーな商業ネットの話題や草の根BBS紹介にとどまらず、人工衛星やケーブルTV経由でのBBSなど、扱う範囲が広くて楽しい。最近話題のインターネットについては、イギリスの3WがWWWとそのMosaicブラウザを中心に扱っていて、親切で役にたつ。「インターネットは面白いぞ!」「Mosaicはすごいぞ!」的な、若い世界特有の熱気と親しみでいっぱい。同じインターネット雑誌でも、Internet Worldのような流行り便乗型の魂胆の見え透いた雑誌とは格段の差だ。

 さて最後に、コンピュータ雑誌の棚からずっと右手のあたりに、さっきから気になっていたアダルト雑誌の棚がある。気はずかしい(ほとんど正視したくない)エログロ大股開き禁縛生本写真雑誌の集団の中にあるのが、Future Sexだ。うーん・・・これは、コンピュータとバーチャル・リアリティとセックスという三題噺にオチがつかなくて困っているような変な雑誌だけれど、まあ要は気取ったアダルト雑誌だなあ。どうも見ていると、本物のアダルト雑誌を買う勇気のない人が「いや、ぼくはエロ雑誌を買ってるんじゃない! これはサイバー雑誌なんだ!」と自分にいいわけしつつ、これを手に取っているような・・・ま、わたしはなにも申しませんわい。うっふっふ。

朝日系インデックスに戻る
YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)