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汎用の美学:エミュレーションの夢

(朝日パソコン 連載、1994年あたり)

山形浩生



 二種類の美学がある。一つは単一の機能を極限まで追及する特化の美学、そしてもう一つは、逆に一つのものですべてをカバーしようとする汎用の美学。前者は軍用品やF1にしびれるセンス、後者は・・・現実にはスイス・アーミーナイフとシステム手帳くらいだろうか。しかし子供時代に「万能なんとか」というインチキ商品に胸おどらせた覚えのある方ならわかるはずだ。「これ一つでなんでもできちゃう!」というあの感動。統一場理論なんて代物を物理屋さんたちが夢見るのは、こうしたコンプレックスの発現だし、ソフトウェアがひたすら多機能化を続けるのも、実はこの美学が背景にあるのかもしれない。

 そして1995年2月。パソコンの世界は、この汎用の美学の新たな一ページを迎えつつある。エミュレーションである。ウィンドウズ上でマッキントッシュが走り、マック上でUnixとウィンドウズが共存し、そのすべてがアミーガ上で並んで動く。すべての世界が、一つの箱、一つのスクリーンに共存する。そんな環境が、明日にも実現しようとしているのだ。しかも、開発製造元の倒産で、もはや死んだも同然と思われていたアミーガ上に。

エミュレーションのイロハ

 エミュレーションとは、あるソフト/ハードで別のソフト/ハードの機能を再現する技術だ。たとえばマッキントッシュ上でウィンドウズの環境を再現し、ウィンドウズ用ソフトをそのまま走らせてしまうといった話。決して新しい発想ではない。仮想マシンの考え方は昔からあるし、古狸ユーザなら、 AppleII の ROM に入っていた 16 ビット CPU エミュレータ Sweet16 をご記憶だろう。が、まともなドキュメンテーションもなかったし、まあ好き者の遊び以上の存在ではなかった。それ以降も、教育市場をマッキントシュに移行させるための、 MacLC 用 AppleGS エミュレータなんてのがあった。パソコン史上最大のベストセラー機 C64 のソフトを、マックやアミーガで走らせるエミュレータも、かなり昔から出まわっている。 3DO のソフト開発も、マック上のエミュレーションで行なわれている。

 とはいえこれらは、上位機種が下位機種の仕事をこなす例。われわれがほしいのは、隣のマック野郎が使っている環境を、こっちのウィンドウズで遜色なく実現するエミュレーションである。が、これは話がやっかいだ。たとえばマックでウィンドウズのソフトを実行するには、ウィンドウズ側の命令を読み、その働きを考えて、それをマック側の命令に翻訳するという余計な手数が必要となる。初期の遅い CPU にとって、このオーバーヘッドはあまりに重かった。

 この分野の老舗 SoftPC を見ればその苦労はよくわかる。マックや NeXT 上で IBM PC 用のソフトを動かすエミュレータだ。ごく最近までは快適とはお世辞でしか言えない、たまに使うだけなら我慢すべぇという代物だった。やっぱりエミュレーションは重くて遅いし、ハードを直接アクセスするお行儀の悪いソフトは走らないし、しょせんは一時しのぎの代用品にすぎないのかな。みんなそう思った。

 それが最近、事態が一変した。実用に耐える、本物に匹敵するエミュレータが、この一年ほどで一斉に登場してきたのだ。マック用ソフトを Unix 上で動かすMAE(Macintosh Application Environment)。MIPS や Alpha 用ウィンドウズ NT の MS 製 OS エミュレータ。また Linux のウィンドウズ・エミュレーション WINE プロジェクトや、 PC/AT 上でマックを走らせる Executor も、完成は当分先だが、人前に出せるくらいの存在にはなりつつある。特に PowerMac で使われた 680x0 エミュレータは、 PowerPC 自体の性能もあってオリジナルに比肩するほどの優秀さであり、「重い、遅い、使いものにならない」というこれまで認識を一変させるだけの力を持っていた。

エミュレーション天国アミーガ??

 だが、そんな議論をとうに終え、数年以上も実用レベルでエミュレーションを使っている世界があった。そう、ろくな表計算ソフトすらないくせに、この種のいかがわしいことに限ってヘラヘラできてしまう、あのアミーガの世界である。

 アミーガはもともとマザーボード上にISA スロットを持っていて、ボードの追加で IBM 用ソフトが動く。アップルの DOSボードみたいなものだ。一方、ソフトによるエミュレーションのターゲットは、同じ CPU を持つマッキントッシュである。草分けは Ready Soft 社の AMax 。これを使うと、アミーガがモノクロのマックになる。その後の改良で AppleTalk やカラーも追加。これと前後して、 Utilities Unlimited International (UUI) 社が、カラー、 AppleTalk 、SCSI 搭載の Emplant を発表。これは衝撃だった。こいつを使うと、マックがアミーガのタスクの一つとして動いてしまう! アミーガ側で CGワ ワ のレンダリングをしながらマックでエクセルを走らせる、なんて朝飯前(「それがどうした」と言うなかれ。これをすると、いかにも効率良く仕事をこなしているような気がして嬉しいのである)。発表直後は不安定だったソフトも、週一ペース (!!) の猛バージョンアップで、現在は本物のマックより互換性が高い( !?! )と言われるほどの完成度を誇る。

 そしてこの UUI 社が一年以上前からアナウンスし続けているのが、この Emplant 用の 586DX モジュールである。

本物より速いエミュレーション ?!??

 これは単なる DOS/Windows エミュレーションではない。もちろんアミーガ側とマルチタスク。ハードレベルまで面倒見ていて、 OS/2 でも NeXTSTEP でも、互換機上で動くものはすべて動く!しかもプログラム全体をまとめて読み込み、一挙に翻訳して最適化するトランスクリプト方式の採用により、 40Mhz の 68040 アミーガ上で 486DX2 66Mhz 級のスピードが出る!と開発者は豪語する。アミーガ版の後には PowerPC 版も出すとかで、「こいつが出たら SoftPC は壊滅!わっはっは」だそうな。

 ホントかよ、とだれしも思う。だがこの UUI 社の実績を見る限り、こいつらならやりかねんのである。現にかれらの Emplant は、恐ろしいことに同じ CPU を積んだ本物のマックより速いのだもの!

 ウィンドウズやマッキントッシュのシステムは、過去の効率の悪いコードを大量にひきずっている。また大人数のチームによる開発体勢は、どうしても継ぎ目に無駄を残してしまう。クアドラのROMは半分近くが空で、空いたところにはクアドラ開発チーム顔写真の GIF ファイルが入っている (!!) とか、 PC 系某社の XX には実は公開されていない裏口がたくさんある (!!) とか、「どうもアップルさんのコードは無駄が多くていけねぇや」というわけで少数精鋭の UUI 社が書き直した結果、浮動小数点演算では本家の数倍という速度が出てしまった。ハリウッドの CGワ ワ スタジオ群は、レンダリングの速度が全然ちがうので Emplant にとびついたという。アップルをコケにできるなら、あの荒唐無稽な主張もあるいは・・・

 というわけで、アミーガ /Emplant ユーザたちは「まだか」「まだか」の大合唱を繰り返しつつ、祈るようにしてこの一年耐えてきた。そして今週、ついに出荷が開始されたという。手元には届いていないし、まだ実際の使用レポートも出回っていない。はたして予告通りのパフォーマンスは実現されているだろうか。ウィンドウズとマッキントッシュとアミーガと、ついでに OS/2 と NeXTSTEP が一つの箱で同じスクリーン上にマルチタスクで共存する美しい世界。このアミーガが朽ち果てて死ぬ前に、一度でいいからそんな環境を我が物としてみたい。そう夢見つつ、われわれはひたすら待ち続けている。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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