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alc2012年01月号
マガジンアルク 2012/01

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 73 回

ベトナムアパートの張り出しのヤバサ

月刊『アルコムワールド』 2012/02号

要約:アパートを勝手に増築するのがベトナムでも始まっているが、あれは実に危険なものなので近づかないように。


 最近ベトナムをまわっていると、ああ、始まったなと思うことがあった。写真で見えるだろうか? ハノイのアパートになにやら、張り出し小屋のようなものがひっついているのだ。  実はこれ、かなりヤバイシロモノなのだ。

一般理論  何が起きているのか? それはまず、普通のベランダや出窓から始まる。どこにでもあるものだ。でもやがて、そこからちょっと棒を張り出させて板を置き、その上に植木鉢を並べたりしはじめる。やがて一枚だった板が二枚になり、三枚になり、張り出しが増えてきたところで、なにやらベランダにひさしがかかってくる。側面がだんだん板張りになる。気がつくと、開放されていた前面も板でふさがれて、そこに窓がつき、いつのまにかそのアパートは部屋が増えているのだ。中に入ると、元のベランダの手すりはとっくに撤去され、周辺の壁も消えている。

 それだけならまだいい。だが次に何が起こるかというと、その上の部屋の人が、下の人の増築分に乗っかる形で、自分も増築を始めるのだ。この写真でも、すでにいくつかその例が見られている。その上の人が、自分なりに張り出しを作るところから始めてくれればまだいい。だが、そうすると費用もかかるし空間も少し無駄になる。だからそのまま下の増築部屋に乗っけてしまう場合が圧倒的に多い。

 それがだんだん増えてくるとどうなるか、見当がつくだろう。だんだんいちばん下の部屋にかかる荷重が増える。そしていつか、どこかの部屋が上の部屋の重みを支えきれずに座屈する。するとその上下の部屋はすべて道連れになって、一気つぶれるわけだ。当然そのときその張り出し部屋の中にいた人がどうなるかも、言うまでもないはず。当然、タイミング悪しく近くを歩いていた人がどうなるかも。

 実はかつて香港でやたらにこれが行われた。狭い家を少しでも広くしたいのは人情だ。が、あちこちで事故が起き、数十人単位で死んだ。そして当然、規制が行われてこういうのはダメ、ということになった。ぼくも、香港では実物を見たことがない。

 でも、ベトナムはまだそこまで行っていないようだ。だからいまだにあちこちでそれがおおっぴらに行われている。ちょうどハノイも不動産開発ラッシュで、物件が高騰していることでもあるし、放置すればますます増えるだろう。風景としてはそれなりにほほえましいし、土着的な創意工夫の発露として評価したい部分もあるのは確かなんだが、こういうときこそ国がなんとか規制しないと……

 このときいっしょにいたのは、ベトナムの外国投資関係の役人だったので、この写真を撮ったときには「うひー、あれは危ないけど、規制とかないの?」と尋ねたら「詳しくは知らないが、みんなやっている」とのこと。実はその当の役人も、自宅でやりつつあるとか。「それは死ぬから絶対にやめるように!」と強く言い聞かせたんだけれど、あまりピンときてないようで、「でも上に部屋ができてたら自分だけ引っ込めるわけにいかないだろう」と、ピントはずれな返事をするので、非常に強く言い聞かせたつもりなんだが、彼はちゃんと理解してくれただろうか。

 できれば早めにベトナム当局も、こいつの危険性に気がついて何とかしてくれればいいと思うんだが。でもホントこういう安全策って、どこの国でも実際に事故が起こって何か大きな被害が発生し、それがメディアで取りざたされるまでは放置されてしまうのだ。バイクだらけのベトナムで、ヘルメットが義務化されたのも、交通事故で娘を亡くして泣き叫ぶ母親の写真が新聞に掲載されてからのこと。

 というわけで、最近ぼくはベトナムに行くたびに、ヒヤヒヤしながら張り出しの増殖するこうした建物群を見ているんだが、どうなることやら。読者のみなさまも、ゆめゆめ近づかれませぬようご注意を。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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