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alc2011年04月号
マガジンアルク 2011/04

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 61 回

不自由な発展と自由な貧困:北アフリカ動乱の選択

月刊『アルコムワールド』 2011/04号

要約:みんな北アフリカで起きた民主化要求デモで、やたらに民主主義はすばらしいというけれど、独裁時代だってそんなに悪くなかったし、今後政治の騒乱で直面する経済的な苦境とどっちがいいんだろうか。


 執筆時点では、エジプト情勢が膠着して先行き不透明。民主化要求デモというべきか反政府デモというべきか、その一団が気勢をあげてはいるけれど、ムバラク大統領退陣しろという以外に何を求めているのかよくわからないし、反政府側の代表と呼べるのがだれなのかもわからず、だれと話をしていいかもよくわからない感じだ。ついでにエジプトの話ばかり伝わってきて、先行したチュニジアの状況もさっぱりわからない。暫定政府ができて、それに文句があるといってまたデモが起きたりして、こちらもよくわからない感じ。これを皆さんが読む頃には、どっちも少しは進展しているだろうか。

 さて、この件についてツイッターなどで少々議論したりもしたのだ。で、その際にかなり基本的なところで認識のちがいというのがあるな、と始終感じさせられたのだった。それは、民主主義や自由というものの意味や役割ということについてだ。

 多くの人は、民主主義や自由をそれ自体として追求すべき目的だと考えている。かれらにとって、今回のエジプトやチュニジアの一件は、独裁者の圧政に対して自由と民主主義を求めた人民が立ち上がった革命であり、したがって無条件でよいものであり、それを少しでも疑問視するやつは反動抑圧勢力だ、と考える。

 一方、ぼくを含むこれまた多くの人にとって、民主主義や自由というのは、生活をよくするための手段の一つにすぎない。したがって、民主主義が実現できただけでは意味がない。それによって生活がよくなるか? それを考えなくてはならない。そして、その考え方に基づくと、今回の騒動は明らかにまずい。勢いだけで動いている愚行で、必ず後悔するとしか思えない。

 この両者の間で話をしようとすると、ときどきまったく議論がすれちがいになり、お互いむなしい思いをすることになるのだ。

 前者はわかりやすいし、シンプルな価値表明だから説明不要だろう。これに対し、後者の考え方はちょっとわかりにくいかもしれないので説明しよう。

 今回の騒乱の一つの背景は、食料価格上昇に伴う貧困者の不満とも言われたし、また大学生の失業率が高いことだとも言われた。さて、デモをしていまの大統領を打倒したら、その状況は改善するだろうか? 食料価格は下がり、大学生の就職先はできるだろうか?

 たぶん……できないだろう。食糧の流通は国内の騒乱で支障をきたすだろうし、社会不安が高まれば投資は逃げる。現に日産は、エジプト工場を一時止めている。

 そうすると、このデモをやったことで、デモ参加者の生活はよくなるだろうか? 少なくとも、中短期的にはかえって悪くなるだろう。

 そしてそうなったら、生活不安や就職難から今回のデモを起こした人々は「こんなはずじゃなかった」と思うだろう。その幻滅はもっと社会不安を招き(この手の民主化運動が往々にして内ゲバになるのは歴史の物語る通り)、せっかく中進国になりかかっていた両国がいっきに凋落するのでは? そうなったら何のための自由や民主主義なの?

 それでもいい、と思う人もいるかもしれない。独裁者に自由を奪われた豊かなブタであるよりは、貧しくとも自由な存在でありたいという人もいるかもしれない。でも、ぼくはたいがいの人はちがうと思う。そういう書生まがいの理想論を言えるのは、自分は喰うのに困っていない人ばかりだ。実際にデモをしている人たちは、大統領がやめれば、なんか知らないけど自分の生活が向上すると思ってるんだと思うんだ。

 さて、これはある意味で信念の問題だ。どっちが正しいわけじゃない、と言っておこう。ただ他のいろんな状況について考える際にも、自分がどんな信念に基づいて動いているかを把握しておくのは重要なのだ。あなたは、この議論のどっちに賛成だろうか?  



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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