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alc2010年10月号
マガジンアルク 2010/10

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 52 回

工作ホビーの効用と物作り文化

月刊『アルコムワールド』 2010/10号

要約:MAKE 誌などを通じて、何やらアメリカでは工作ブームが再燃していて、それでいろいろ草の根で変な物をつくろうという運動が出ている。これが長期的には物作りに影響するんじゃないだろうか。


 健康と仕事の効率と人生の有効活用の面から、YouTubeやニコニコ動画にはあまり近寄らないようにしているのだけれど、それでもときどき、はまる動画はある。で、ここしばらく見ているのが、SuperSylvia's Awesome Maker Show というやつなのだ。

 YouTubeでおもしろいビデオの常として、これもそんなにすごいことをやっているわけじゃない。八歳の女の子が出てきて、エレクトロニクスのキットを作って遊んだり、木工用ボンドに硼砂をまぜてスライムを作ってみたり、ペットボトルのロケットを作ってみたり、各種夏休み宿題的な工作をやるだけ。でもビデオの制作をしている両親がかなり凝って作っていて、テーマ曲から字幕からきちんと 10 分の番組に仕立てているので、見ていて飽きない。主役の女の子もまた、半田づけから各種の調合まで実に器用にこなすうえ、本人が自分で実際におもしろがってやっているのが十分に伝わってきて、大変にほほえましい。見ていると、ああオレもなんか作ってみようかなあ、という気になるし、コメント欄を見るとそれは他の人も同様らしい。

 で、彼女が見ているのが Make という雑誌。工作雑誌、ではあって、日本でなら「子供の科学」みたいなものだけれど、でも大人向け。ちょっとしたエレクトロニクスやおもちゃから、それこそガレージで車や飛行機や核融合炉を作る人向けの解説、あるいは趣味が昂じた怪しい装置メーカーのインタビューなんかもたくさんあって、楽しい物作りの可能性が感じられるよい雑誌だ。

 むろんいつの時代にも世界各地に、こういう工作に興味のある人はいる。日本では、地元のプラモデル屋さんと東急ハンズ、そしてもちろん秋葉原周辺がそういう人々のメッカではあって、日曜大工やアマチュア無線とかオーディオ、コンピュータ、最近ではロボットなんかをあちこちで作ってはいるのだけれど、日本では全般にジリ貧感がなきにしもあらず。それぞれの分野が孤立してしまって、一時的に盛り上がってもそれが続かない。むろん不景気でそんなお遊びにお金を出す余裕がないというのもあるんだけれどね。

 このMakeのほうは、プログラミング解説書で有名なオライリー出版が出している。プログラミングはもう洗練されすぎてきたので、ホビイストはずっとシンプルな機器制御用のコンピュータで、実際に動くものを作って泥臭く遊ぶ方面に向かい、それが工作屋から溶接屋からいろんな人々を巻き込むようになってきているわけ。

 むろんお遊びではあるんだけれど、一方でマラリア撲滅を目指すビル・ゲイツ財団が、飛んでいる蚊だけを識別してレーザーで焼き殺す家庭用装置(なんと物騒な)の開発にお金を出している記事とか、あるいはセグウェイで有名になったディーン・カーメンに発明家精神を聞く話とか、いろいろ変なものが出てきて、そしてまた、いろんな分野が相乗りしているだけに、その相互作用や中間分やでおもしろいものが出てきているのが見えておもしろい。日本はしばらく前から技術立国と言っている(最近民主党は忘れているみたいだけれど)。でも、企業の研究開発にお金を出す以上に、こういう草の根のものいじりのおもしろさを刺激するような活動がないと、裾野が広がらないんじゃないか。正直言って、途上国で苦労するのもそこで、楽しいものいじりの精神がなかなか広まらず、ちょっと事業でお金をためるとすぐに成金や不動産あさりに走ってしまうので、町工場などの技術が一向に高まらないという……

 で、Makeは日本版も出て、少し盛り上がりを見せているのだけれど、ここから日本でも何か出てくるといいなあ、と思うと同時に、これを途上国でおもしろいと思わせるにはどうしたらいいんだろう、なんてことも少し考えたりするのだ。こんなビデオでもはやらせればどうかなあ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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