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alc2010年09月号
マガジンアルク 2010/09

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 54 回

日本は銀行サービスの後進国

月刊『マガジン・アルク』 2010/09号

要約:日本は、金融先進国のようなつもりでいるけれど、タイや香港でとっくに行われていた 24 時間 ATM サービスもずいぶん長いことできず、あまり進んでいないのだ。


 ぼくがいまのように途上国めぐりをするようになったのは、1980 年代末あたりからだ。むろん、当時は仕事じゃなくて、お遊びだったのだけれど。外国旅行はそれまで、アメリカは何度か行ったことがあったけれど、途上国は経験がなかった。だから、最初にバンコクや香港にでかけたときには、ずいぶん緊張していて、日本からいろいろ持って行かなくてはいけないんじゃないかと心配させられたのだった。たとえば芯を抜いたトイレットペーパーを持っていけとかなんとか。

 ところが、実際に行ってみればわかるとおり、そんなものは全然必要ない。香港ではとっくに、そしてバンコクでも、コンビニかそれに近いものはたくさんあった。よほど特定ブランドにこだわらない限り、手に入らないものなんてなかった。

 それどころか、空港や商業施設、携帯電話など日本より進んでいるものも多かった。そうそう、当時は携帯電話なんて一般の人が持てるものではなかったし、その後長いこと、日本は携帯電話後進国だったのだ。いまの人は信じられないだろう。そして当時、ぼくが何より驚愕したのは、24 時間営業の ATM が当然のように、そこらじゅうにあることなのだった。

 こう書くと、たぶんこれを読んでいる若い人たちは何のことやらわからないだろう。だが、当時の日本では、それは全然あたりまえではなかったのだった。当時の日本の銀行は、窓口は三時に閉まる。そして ATM コーナーは、五時に閉まる。そういうものだった。七時まで ATM コーナーが開いている、というサービスを一部の銀行がはじめたが、それは驚異的なことだった。

 いまの感覚だと、そんなのATMの意味ねーじゃん、と思うだろう。ぼくもそう思う。でもそれまでは、三時までに銀行に行かないと、お金をおろすことも預けることもできなかったんだよ。それが五時まで! 文明ってすごいなあ、日本の銀行のシステム力って大したものだなあ、と無知でお人好しな日本人は思っていたのだった。そりゃアメリカやイギリスでは、24時間ATMとかあるらしいというのは聞いていたけれど、かれらは金融先進国だから別格でしょー。

 それがバンコクに行ったら、そしてその後チェンマイに行っても、24 時間営業の ATM が平気である。むろん香港なんて、そんなものは本当に腐るほどあった。最初見たときは、すげー、おお、信じられん、と大騒ぎをして、真夜中に強盗にあったりしないのか、なんだかタイは ATM だけは進歩してるんだなあ、と思った一方で、実はこれってセキュリティとか何も考えないずぼらな仕組みだというだけなのでは、と思ったりもした。それとも、金融部門だけ外資がてこ入れしたとか? でも、だんだん他の国に行くようになり、どこへ行っても 24 時間 ATM くらいあるのを見て、考えが変わっていったのだ。

 これ、こういう国が進んでいるというわけではないのかもしれない。日本が遅れてるだけじゃないのぉ??

 そしてまさにその通りだったのだ。当時、日本はバブルまっさかり。東京はアジアの金融センターで、東証はニューヨークもロンドンも越えた世界トップの時価総額を持ち、云々という話が当然のようにかわされ、日本の優れた金融システムは、といった議論が真顔で行われていた時代。でもぼくは、ずっと思っていたのだった。タイにすらできる24時間営業のATMができない国で、ホントに優れた金融システムなんて言えるのかなあ、と。そしてその後、留学にいって 24 時間ATMが当然の世界でしばらく暮らし、帰ってきて飲んだ帰り、タクシー代を下ろそうと思って銀行の前にでかけたぼくは、再び愕然としたのだった。え、日本ってまだ銀行 ATM は 24 時間やってないのか……

 いやぼくが先見の明があったというのではない。ただこないだ、夜中にコンビニ ATM で金を下ろしていて、ふとそんな時代のことを思い出したもので。歳はとりたくないものだなあ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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