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alc2008年3月号
マガジンアルク 2008/03

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 24 回

モンゴルの酒なし正月

月刊『マガジン・アルク』 2008/03号

要約:正月にモンゴルにいったが、なんと禁酒令が出ていた。おかげで夜遊び系が何もなくてつまんなかったし、あの寒さをモンゴル人たちは酒なしで乗り切れるんだろうか。


 掲載される頃にはもう時期はずれになっているだろうけれど、みなさまあけましておめでとうございます。これを書いているのは、正月早々の厳寒のウランバートル。最高気温(最高、ですぞ)が氷点下20度というのは、ほとんど正気の沙汰ではない。歩いていると、鼻毛が凍って鼻の中でくっつきあっているのがわかる。うっかり帽子なしで外に出ると、耳が寒さでちぎれそうになると同時に、脳みそが凍りはじめたのかキーンと頭痛がしてくる。また呼吸で粘膜がやられているようで、鼻をかむと鼻水に血が混じる。いやはや。珍しく仕事ではなく遊びで変わったところに行こうと思ったのと、以前に仕事できたときの知り合いたちに、またくると約束してはや8年。最近はあまり連絡もとっていなかったけれど、約束は約束だし、それにウランバートルもかなり変わったとも聞いたのできてみたんだが……

 もともとかなりすったもんだした旅行ではあったのだ。もっと早めにくるつもりだったんだけれど、秋頃は朝青龍騒ぎでモンゴル便が満席。さらにその後、査証がいることに気がついて、その申請が年末ギリギリ。スケジュール的にここしかなくて、まあ目先の変わった耐久勝負としゃれこんできてみると、かつての友人たちはだれも連絡がとれない状態で、やれやれ、いったいぼくは何しにきたのやら。この季節にくるバカは仕事でも少ないらしく、ホテルの宿泊客も朝食の人数から見る限り十組程度。それもみんな明らかに仕事。まあ当然でしょうな。

 仕方ないので一人でぶらぶらしているんだけれど、確かに変わったところもあれば、あまり変わっていないところもある。まず一見してわかるのは、高層ビルが増えたこと。でも増えたといっても、中国の一部都市みたいな、旧市街が跡形もなくなったような感じではない。高層アパートやオフィスビルが以前より目立つようになったというところ。ぼくが行った頃は、市場経済移行の動乱期でまだ経済がマイナス成長とかだった頃で、公共施設とかもボロボロだった。それがいまはかなり回復してきて、あちこちこぎれいにはなっている。崩れそうだったいくつかのお寺も改修されたようで、しっかりしたものになっていた。その一方で、かつてあちこちにあった社会主義時代のアイコンが半分くらい撤去されてしまい、ちょっと寂しいのだけれど、まあそれは仕方あるまい。

 そしてかつては数えるほどしかなかったまともなレストランが、ものすごく増えた。ファミレスみたいなものもできたし、また人々も豊かになったようで、服装もこぎれいになっている。だが……

 今回きていちばん奇妙だったのが、まずバーがどこも開いていないこと。開いているところに入っても、酒が一切出てこない。スーパーにでかけても、酒の棚はすべて封印されている。最初はお正月にちなんだ宗教行事か何かだろうと思ったんだが、話を聞いてみるとぜんぜんちがう。なんでも年末に、店頭のアルヒのボトルに工業用アルコールが混入していて、それを飲んだ人が十人以上も死ぬという事件があり、その原因が解明されるまで政府が全国に禁酒令を敷いたんだとか。

 うーん。厳寒の中をクラブにでかけたのに閉まっていたのはそのせいか。でも問題はウォッカだけなんだから、ワインやビールはいいじゃん! と店の人に愚痴ると、国民みんなそう思っているがお上の命令とあらば仕方ないんだ、とのこと。やれやれ、他の法律はろくに守られてないくせに、こういうのだけ厳格に守られるのがすごいなあ。そんなこんなで、夜は早々に引っ込んでこんな原稿書きだが、新年早々これでは先が思いやられる。それに、あのウォッカなしでモンゴルの人々はこの厳寒をどうやって乗り切るんだろうか?



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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