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alc2007年9月号
マガジンアルク 2007/09

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 18 回

アボリジニの「すばらしき新世界」

月刊『マガジン・アルク』 2007/09号

要約:オーストラリアは、酒やポルノをやめられないアボリジニーに対して、警察を投入してそれをとりあげるという施策に出た。でも人は不幸になり自分に有害なことをする権利もあるのでは? 最善の選択しかしてはいけないのでは「自由」に何の意味があるのか?


 オーストラリア先住民のアボリジニーたちは、現在あまりよい状態にはない。長年にわたり狩猟採集生活を続けてきたかれらは、オーストラリアが二百年前に白人の流刑地となって以来、ひたすら追い立てられ、見下され、いまは一部の居留地に暮らしている。エアーズロック見物のついでに訪れた人は(よほどおめでたい土着民崇拝に毒されていない限り)、貧困と荒廃に満ちた状況に暗澹たる気持ちにならざるを得ないという。

 先日、その状況についての報告が出た。そしてそれは、その印象を裏付けるものだった。かれらはひどい状態にある。かれらの多くは酒に溺れ、ポルノに夢中だ。失業率は異様に高く、伝統文化などもはやないも同然。そしてすさまじい児童虐待や性的虐待が日常茶飯で行われているとか。特に酒の影響はあまりに大きい、とのこと。

 ここまではありがちな話だ。みんな一時的には顔を曇らせ、せいぜい生活保護でも増やそうか、というくらいで終わる。だが今回はちがった。オーストラリアのハワード首相が、どういうわけか今年になってものすごい強硬手段に出たのだ。

 かれはアボリジニ居留地に警察を送り込んだ。そしてかれらの住居を手当たり次第に家捜しして、酒とポルノをすべて没収。さらにかれらが持っていた、居留地への観光客を受け入れる権利も剥奪した。異文化汚染の元凶だといって。そしてその後も域内のパトロールを強化し、児童虐待や不登校などの兆候が見られる世帯はどんどん取り締まるようにした。

 その効果はまだわからない。だが結果はどうあれ、あなたはこのやり方をどう思うだろうか。

 オーストラリア国内のあらゆる派閥で、これについては賛否両論続出だという。もちろんここで行われているのは、アボリジニたちに対するすさまじい権利剥奪だ。自分の自由な意志にしたがって酒を飲む権利、ポルノを見る権利がここでは明らかに侵害されているじゃないか。自由を剥奪された警察監視社会ではないか。はい、おっしゃるとおりです。

 だがその一方で、そのために悲惨な目にあっている子どもたちがいるのも事実だ。かれらが自分の意志では酒を抑えられず、自ら(そして子どもたち)にとって明らかに悪い選択しかできないのであれば、外部からの介入は当然正当化されるべきじゃないか? はい、それもおっしゃるとおり。

 で、どっちが正しいの?

 この話をきいて、ぼくはハックスレーの有名な(でもあまりみんな読んでいない)『すばらしき新世界』を思い出した。未来の完璧な管理社会――遺伝子操作と条件付けで、人々は自分の能力を完全に発揮して幸福きわまりない生活をしている。そこへ主人公の野蛮人がやってきて、それを批判する。このシステムをやめたら、みんな病気になり、飢え、不満を抱き、不幸になるんだよ、不幸になる自由なんかだれがほしいかね、という管理者に対してこの野蛮人は言う。「ぼくはそれを要求する」と。

 もちろんアボリジニたちの場合との差は、酒を無理矢理とりあげたからといってかれらが幸せになるとは考えにくいという点にもある。でも原理的には同じだ。不幸になるのが確実な選択肢でも、自由の名の下に与えるべきなんだろうか?

 もちろん日和る人は「いやそういう狭い二者択一ではない、もっと教育を通じて状況の改善を」とか「もともとアボリジニの悲惨の原因は白人だから云々」なんて言い出したりする。でもそれを今言っても問題は何も解決されないのもまた事実。若い頃のぼくなら、迷わずに「不幸になる自由を与えよ、酒もポルノも自由に選ばせろ」と主張しただろう。でもいま、ぼくはかつてほどの自信がないのだ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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