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alc2007年1月号
マガジンアルク 2007/01

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 9 回

ハンガリーのデモと、経済発展の一段階としての動乱

月刊『マガジン・アルク』 2007/01号

要約:ハンガリーで、動乱 50 周年記念日に起きた暴動に巻き込まれかかっておもしろかった。フィリピンでも軍部のクーデターもどきに遭遇したりした。でも、これって社会が経済的に発展する中で必ず起きる何かのステージのような気もするのだ。タイのクーデターや日本の 60 年安保もそんな感じだったし。だとすればそれは社会不安ではなく、むしろ豊かさのあらわれなのかも。


 もちろん実際には単なる偶然でしかないんだけれど、ときどき自分に変な才能があるんじゃないかと思えてしまうことがある。動乱や騒動を連れてきてしまう才能だ。

 初期の長期海外出張先だったバングラデシュは、ゼネストのデモ隊が衝突を繰り返し、何日もホテルから出られなかったし、インドでも乗っていた車の目の前で発砲が起きて群衆がパニックに陥り車のガラスを割られたし、去年でかけていたスリランカはいきなり内戦状態に逆戻り。フィリピンでは現場のパラワン島が共産ゲリラによる誘拐騒ぎとかで、マニラで足止めを食っていたらそこでクーデターもどき。おかげで関わった多くのプロジェクトは途中で頓挫。毎回、ぼくが疫病神なのかなあと思わずにはいられない。

 そして最新のぼくの被害者(というべきか)はハンガリーだったのだ。

 いまを去ること 50 年、社会主義ハンガリーの人々は、ソ連が宗主国ヅラをしてのさばるのが気に食わず、ちょっとしたことをきっかけにブダペスト市民がいっせいに蜂起、一大反乱となったのだった。結局は鎮圧されてしまったので一般には動乱扱いだけれど、現地の人々にとってこれは「ハンガリー革命」なのだ。

 さて、たまたま会議ででかけたブダペストは、ちょうどその 50 周年記念日のお祭りで世界中から VIP を迎え、かなりものものしい警備に包まれていたのだが、首相の「四年間うそばっかりついて何もやってこなかった」という私的な会話のテープが流出したことから退陣要求騒動が数ヶ月前に起きていて、それがこのお祭りで再燃したのだった。お祭りに伴って一部の地下鉄駅が閉鎖されているのを知らずに、遠くからホテルまで歩いて戻るとき、単に賑やかな祝日の歩行者天国でしかなかったものが、次第に大演説大会から一大デモ集会となり、いきなり警官隊が出てきて催涙ガス弾と暴動鎮圧用ゴム弾をぶっ放しはじめたのだ。うひゃあ。

 その後、警官隊と群衆とがにらみあいになり、いい加減やばいと思って逃げ出した数時間後に、警官隊は本気で群衆排除に動き出して、あたりはとんでもない修羅場と化していたのだった。別のところでも似たような騒動が展開され、展示品のソ連戦車に乗り込んで街路に繰り出したバカとか(なんで燃料が入ってるんだ!)、もうすさまじいことになっていたようだ。50 年前の暴動が見事に再現されてしまったわけだけれど、マルクスが言ったように「歴史は繰り返す、ただし二度目は笑劇として」というわけだ。そして翌日、町はもう何もなかったように通常営業していた。

 さて今回はここまでが前置き。ここからが本論。この一件、日本ではあまり報道されなかったようだけれど、翌日のヨーロッパではニュースはこれ一色。順調に発展していたと思われたハンガリーに、実は深い亀裂が、といった報道がされていた。でも、どうだろう。幸か不幸かこの手のデモや騒動には人より多く遭遇しているんだけれど、こうした騒動の少なくとも一部はそんな社会不安というよりは人々の娯楽の一種になっているように思うのだ。フィリピンの定期的な政変しかり、先日のタイのクーデターしかり、そしてこのハンガリーの騒動しかり。一般人の生活には一切累の及ばない騒動のフェーズが、経済発展のある段階には必ずついてくるように思う。先進国で六〇年代に吹き荒れた学生運動の嵐もその一種だったんじゃないかという気がするんだが。多くの途上国が、ある経済発展段階ですばらしい小説や映画を生み出すように、ある種の経済発展段階に応じた社会文化類型がそこにあるんじゃないかな。それをきちんと調べると、経済の歴史にまた別の光があたるような気がするのだ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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