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alc2006年7月号
マガジンアルク 2006/07

『山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 4 回

モンゴルのロシア車と経路依存型発展

月刊『マガジン・アルク』 2006/07号

要約:モンゴルでは燃費も性能も悪いロシア製の箱バンが主流だけれど、それはかれらが日本車などの優秀さを知らないからではなく、ロシア車なら全国にスペアパーツや修理技能があるのに対して日本車はそれがないからだ。こうした経路依存型発展は、ウィンドウズの普及などにも見られ、結構いろんなものを左右しているよ。


 その昔、モンゴルで郵便局改善の仕事をしていたときのこと。かれらが今どうやって郵便配達をしているのか、ついてまわって調べたんだが、これが一苦労なのだよ。だって、かれらの多くは遊牧民ですもの。通常の郵便は、私書箱にためておくんだが、ごくたまに急ぎの用があるときには直接届ける。

 直接届けるって、遊牧してるのにどうやって?

 意外なことに遊牧といっても勝手気ままに動けるわけじゃないのだ。水場や草場は限られている。だから町を起点に、コースは数種類しかない。町を出たのはいつ頃で、どのコースに向かったか聞けば(そして人口も少ないし、だれかは必ず知っている)、居場所はだいたい見当がつく。だから草原をつっきってそっち方面をひたすら目指せばよい……といってもこれまた大変で、という話はまた今度しよう。

 今回は、その郵便配達そのものの話じゃない。その車の話だ。

 そこで使われる車は、ほぼ決まっている。ロシア製の、4WD の箱バン(というのは日本の救急車みたいな形のやつ)だ。これは実に頼りになる車、砂漠も泥道もバリバリ踏破するし、泣きたいほど単純にできていてすぐに直せる。が、燃費は悪いし、シートは硬いし、排ガスは真っ黒だし……。

 実は関満博という優れた経済学者が、『現場主義の知的生産法』というとても元気の出るよい本でこの話に触れている。かれはひたすら現場を重視する人なんだが、一時モンゴルを調査していて、そこでこのロシア製の車を見て不思議がっていた。なぜ性能も装備も燃費もいい日本車がもっと使われないのだろう、と。

 ぼくも最初はそう思って、移動用の車を借りるときは日本車にしていた。が、あるときその理由を思い知らされた。

 こわれたとき、修理ができないんだよ。日本車のディーラーは首都にしかない。だからちょっとしたトラブルでも、ドライバーをはるばるウランバートルまで送り返さなきゃいけないのだ。これにはまいった。

 その点、ロシア製の 4WD バンは、ソ連健在なりし頃から出回っていて、全国に中古屋もあれば整備工場もある。燃費は悪いが、一方で値段も安いし下取り価格も高いから、トータルコストで見たらそんなに変わらない。何もない荒野の真ん中で車が壊れたときにも自分で直せ、最悪でも最寄りの町までいけばなんとかなる――これは圧倒的なメリットだ。

 もちろんすべて一からやりなおせるなら、日本車でかためたほうが燃料費もやすあがりで公害もなくていいんだろう。でも、歴史的にいったん全国的な整備体制ができあがると、もうロシア車の優位は当分揺るがない。その事情を知らない人は「この人たちは日本車のよさを知らないから」と思いがちだが、実はかれらだって日本車のよさは知っている。でも、いまの環境で総合的に考えると、ロシア車を買うほうが合理的なのだ。

 こういう状況は、途上国ではよくある。一見すると不合理な活動が、実は歴史的な事情で実際には合理性を持っているわけだ。ぼくたちはしばしば、その不合理さだけに目を奪われて、「じゃあ合理的になるように日本車をたくさん寄付しましょう」なんていうことをおもいつく。でも、そんな修理工場もないような車をもらって現地の人はうれしいだろうか? これは ODA で実によく見られる失敗の種だ。

 が、一方で実はこの現象、途上国に限らず、先進国でもよく顔を出す。人がウィンドウズを使う理由の一部は対応ソフトや機器が多いからだが。なぜ多いかといえばみんながウィンドウズを使うからだ。そして同じような形で生き残っている一見不合理な制度や習慣は、探してみると結構たくさんあって、実はぼくたちは途上国のことをあまり笑えなかったりするのだ。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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