Valid XHTML 1.1! クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

AERA 書評 2007 年 9-12月

 

AERA 2007/10/1号AERA 2007/10/1, 表紙は福田赳夫
AERA 2007/10/1,
表紙は福田赳夫

ファンタジーの根源を否定するファンタジー

ムアコック『軍犬と世界の痛み』(ハヤカワ文庫)



 時は戦乱の中世ドイツ。軍犬こと傭兵として破壊と虐殺の限りを尽くし、地獄行きは必定だったフォン・ベック隊長の前に堕天使ルシファーが現れて取引を持ちかける。自分は天に戻りたいのだ、と。神との和解のために、聖杯を見つけてくれたら魂を救ってやろう……

 懐かしい本だ。四半世紀前に訳出された本書は、このぼくの進路選びにもちょっと影響を与えたのだけれど、いま読んでもその魅力を失っていない。陰惨な流血の世界、印象的な登場人物、波瀾万丈のドラマ。だが、本書の最大のポイントは、そのラストだ。  聖杯とは何だろうか? そしてそれが癒すという「世界の痛み」とは?

 それをここで書くわけにはいかない。その答えに至るフォン・ベックの遍歴にこそ、本書の意味があるのだから。だがそれを経たとき、読者は少しだけ、この世界についての自分の考えを見直すかもしれない。

 同時にこの世界ではないものについても、何かしらの感慨を抱くことだろう。本書はファンタジーの終わりを告げるファンタジーだ。最後に至り神と悪魔の争いはもはや消える。すでにこの世に魔法はなく、奇跡もない。ファンタジーの魅力は、実在しない(都合のいい)別世界の夢想にあるが、それは悪しき現実逃避の温床でもある。だからこそファンタジーは二流の俗悪なジャンルとされていた。だが本書はそのファンタジーの根源を否定する。別の世界などない。それ(の妄想)に伴う感動や驚異にもまどわされてはいけないのだ、と。

 もちろん、多くの読者はそれに気づくまい。かれらは作品そのものに目を閉ざしてつまらないキャラクター類型にうつつをぬかし、どのシリーズのだれが云々といった本書の解説にも見られる無意味な系譜学に耽溺し、まさに本書が否定したものにとらわれ続ける。著者も、わざとそうした嗜好に迎合したしかけを欠かさないのだから意地が悪い。

 だが本書は、そんな愚かしいキャラ萌え読者の慰みものにとどまる小説ではない。そしてその真価を理解できるのは、むしろなまじ著者の他の著作を知らない読者たちだろう。願わくばあなたもその一人に加わらんことを。そして共に悪魔の御業をなしましょうぞ。


AERA 2007/10/29号AERA 2007/10/29, 表紙は知らない役者
AERA 2007/10/29,
表紙は知らない役者

正しい理論が政策に反映されない理由

野口旭他『経済政策形成の研究』(ナカニシヤ)



 たまにはお勉強の本も読んでいただきましょうか。本書は経済の専門書だが、数式やグラフが並ぶような経済理論書ではない。経済理論がどんな具合に政策に反映されるか(またはされないか)を考えた本だ。

 日本はいま、(日銀が何と言おうと)デフレで景気がイマイチだ。そのせいで、貧乏人がひがむような形の悪しき格差も生まれる。まずデフレから明確に脱出して景気回復しないとどうしようもないぞ、というのは内外のまともな経済学者の間ではほぼ定説だ。

 でも、その常識が政策になかなか反映されない。なぜだろうか? デフレ解消策はいい加減、景気がちょっと戻り始めたらバブルが心配だとかでもとの黙阿弥。何度否定されても、「デフレは物価が下がるのでよい」「デフレ解消より構造改革を」なんていう妄言が何度も蒸し返される。そして政策はしばしばそれに流されてしまう。

 本書は、どこからそうしたダメな発想が生まれ、政策を左右するのかについて、多方面から分析する。明治期や昭和恐慌の分析から、現在のデフレを巡る新聞記事の分析、そして学会の常識のまとめ。

 学者の論文集だから、最終的に「じゃあこうしよう!」という提案はない。が、結論はすぐわかる。人間は卑近な例に基づく思いこみが強い。それが政策にも反映してしまう。一方、経済学者たちは学問の世界にとじこもって、みんなの思いこみを正す努力をしてこなかった。メディアに出るのは、株の予想屋もどきの自称「エコノミスト」たち。かれら(そして本誌のようなマスコミ!)は俗情にすり寄るほうが人気が出るので、まともな経済論議は無視する。こうして学者の正しい議論は顧みられないままだ。

 じゃあどうすれば? うん、学者はもっとみんなに説明しないと。実際、本書の著者たちは各所でその努力をしているので気をつけてほしいな。そしてみんなも、学者のいうことに少しは耳を傾けないと。目先の話しかしないお手軽な新書ばかりでなく、たまにはこういう本格的な代物も手に取らないと。そうでないと景気もなかなか回復しないかもしれませんぞ。ということで、日本経済のためにも是非ご一読を!


AERA 2007/11/26号AERA 2007/11/26, 表紙は新垣結衣
AERA 2007/11/26,
表紙は新垣結衣

だらしなくてもだいじょうぶ

エイブラハムソン他『だらしない人ほどうまくいく』(文藝春秋)



 読者のみなさん! 多少のだらしなさについて不当な弾圧を行わんとする悪しき風潮が近年あまりにひどいと思いませんか! 少々部屋や机が散らかっているだけで、ほとんど人格否定されんばかりにいじめられる。多少帳簿にまちがいがあっただけで、追求だ辞職だ問題だと騒ぐバカな政治家。杓子定規に賞味期限を守ってないとかで、一家お取りつぶしの大騒ぎ。それを避けようと何でもマニュアル計画。どれも「まあこんどから気をつけろよ」くらいですませるくらいのことを、鬼の首でも取ったかのようにぎゃあすかぴーすか。

 現場の連中は、世の中もっといい加減なのを知っている。片付けなんて、必要なだけやればいいのであって、あまりこだわるのは神経症の部類に属する。帳簿なんて、「正確に」つけるより、基準にあわせて現場で数字作りこむのが常識なの! 賞味期限なんて自分の舌で品質判断できない人用の単なる補助の数字なの! 計画マニュアルなんて、現場がそれに沿うようお手盛りしてやるから機能するだけなの! そんなのを金科玉条のごとくふりかざして、バカねえ。と思いつつも、そう広言するのはいささか肩身がせまい今日この頃。

 本書はそんなあなたのための一冊。乱雑さにこそ人生と人間の豊かさがある!(そうだそうだ!) そこにこそ新しい創造の源泉がある!(イェーイ!) 自己目的化した、整理のための整理、どうせ実現しない計画のための計画――それは余計なコストをかけ、状況変化への臨機応変さを減らし、百害あって一理な~し! むしろいかに適度なだらしなさを人生、社会、企業に導入するかということこそ、検討されねばならない!

 すばらしい。本書はそれを豊富な実例(だらしな屋の成功例も、整頓計画屋のぶざまな失敗例も)で教えてくれる、まこと溜飲のさがる一冊。日本版は原著から多少削られているのが残念だが、その分コンパクトで読みやすくもなっている。だらしない皆さんはもとより、整理整頓計画ファシズムに毒されたそこのあなた! 是非是非どうぞ。そして少しは身近な乱雑屋に優しくしてやってくださいな。あなたも知らず知らずかれらに救われてるのかもしれないんだし。


AERA 2007/12/24号AERA 2007/12/24, 表紙は知らない人
AERA 2007/11/26,
表紙は知らない人

本当の「天職」を見つけた人たち

バラード『バタフライハンター』(日経BP)



 自分はこんな仕事をしていていいんだろうか、こんな退屈で面倒でつまらないだれにでもできる仕事じゃなくて、どこかにこのあたしにしかできない、自分のすべてを発揮できる仕事があるんじゃないか。自分はまだそれに出会っていないんじゃないか――そんな妄想を弄ばなかった人はいないだろう。本誌のような女性誌(え、ちがうの?)でもしばしばその手の記事は載る。

 そういう人は、本書を読みなさいといふのだ。

 これは変な情熱や関心や才能を持った人が、通常の人は存在すら知らないような変な職業についた各種の例を集めた本だ。スカイウォーカー、目玉職人、きこりレディ、鉄道模型製作者、仕事学者、声のセールスマン――みんな自分の好きな道を追い続けるうちに、自然とこうした職業がかれらの目の前にあらわれて、そして本当に適材適所で文字通りかれらは「天職」についてしまった。その楽しそうなこと。

 出てくる人間はみんな、とてつもなく変な人たちばかりで、それを読むだけでもフリークショーさながらだし楽しめること請け合い。一方で、我が身を振り返って忸怩たるものが。なんか自分の知らない天職が、なんてのは都合のいい妄想でしかなくて、はまるだけの中身が自分にあってこそ、それに応じた天職なんてのがあるんだなあ。自分がつまらない仕事に就いているのは、ある意味で自分自身のつまらなさを反映しているだけで、それはそれで分相応なのかもしれないなあ。変人たちの変な天職を取材した本書の著者も、掃除機の営業その他各種職業を経てはいるが、むしろぼくたち凡人側の人だ。その人が、各種の変な仕事をいっしょにやって、その変さ加減をまざまざと教えてくれる。

 この手の各種職業の人物インタビューとしては、比較的普通の仕事を集めたスタッズ・ターケルの名著『仕事!』が有名だけれど、それとはちょっとちがった切り込み方の本だ。それでもやはり、自分と仕事の関わりを見直すうえで、いろいろ示唆があるはず。某元サッカー選手のように自分探しの旅に出てしまう前に是非ご一読を。幸せの(仕事の)青い鳥は、案外近いところにいるのかもしれませんぞ。




AERA 書評一覧 山形日本語トップ


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。